目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

2食目 食の世界よ


ゲーム内に降り立った私が最初にした事は単純だ。

神殿から外へと出て、いつの間にか視界の右上に表示されていたマップを頼りに武器屋……否、金物屋・・・を探す。

目的は単純に、私が使う調理器具を調達する為だ。


街の中は活気に満ちており、そこかしこに私と似たような服装のプレイヤーが露店やらを冷やかしているのが目に入る。

ゲームスタートに相応しく、基本的な店などが集まっている街のようで、お金さえ有れば最初に必要な装備やアイテムなどは買い揃えることが出来るのだろう。


「いらっしゃい」

「鍋と包丁を売ってくれると嬉しいのだけど……包丁って種類があったりするかな?」

「あるよ、ちょっと待ちな」


見つけ出した金物屋の中へと入り、鍛冶場と売場が繋がったスペースに居た店主らしき男性に問いかければ、私の要望に応えるために鍛冶場の方へと歩いていく。

周りを見てみると、壁にはシャベルやクワなんかの農耕器具も立て掛けられており、正しく金物屋の様相を表していた。


「待たせたな。鍋は……これでいいか?普通の汁物なんかを作るようだが」

「うん、大丈夫。包丁の方は?」

「あぁ、これだ。普通の包丁に出刃、骨断ち用と果物用のちいせぇのもあるが……どれが良い?」


私が注文した道具をカウンター代わりの木製のテーブルの上へと並べてくれる。

普通のモノと出刃は現実にも存在している形状をしており、使い勝手もそう変わらないだろう。

残りの2本、骨断ち用と言われて並べられたのは所謂中華包丁のような形をしており、他と比べると刃が分厚く頑丈そうに見える。

果物用のものは、現実で言うなれば果物ナイフと似た大きさの薄い刃が付いたものだ。

どちらも持っておいて損はないだろう。


「うん、じゃあそれ全部くださいな。幾らくらい?」

「これくらいだな」


店主がそう言った瞬間に、私の目の前に半透明のウィンドウが出現する。

そこには購入しますか?』という文字と、キャラクターメイク時に配られたであろう初期資金のほぼ全てを使い果たす金額が表示されていた。

が、迷わずそれを購入する。

こう言うものはあって損にはならないのだから。


「まいどあり」

「また何か必要になったら来るよ、ありがとう」


店主に礼を言い、次に私が足を向けたのは……街の外だった。



「うーん、草原だねぇ……」


街と外の境界である門を、門番に軽く会釈しながらくぐり抜けると。そこは見渡す限りの草原だった。

どうやら特段何かの名称はないようで、ただただ『草原』とマップ上に表示されているのを確認しつつ。

私は周囲の状況を見て苦笑を漏らす。


人が、多すぎるのだ。

サービス開始直後、ゲーム開始地点のすぐ横という立地からか、草原には今も私に続くようにして多くのプレイヤーが雪崩れ込んでいた。

草原に出現するモブであろうウサギや狼、ネズミなんかと戦闘している姿が多く見られるものの、その中で獲物を横取りされた云々の喧騒も聞こえてきている。

つまり、ここは今現在狩りには向かないという事だった。


「仕方ない、移動しようか」


幸いな事に、少し離れた位置に森があるのが見えている。

そちらに向かうプレイヤーも少なくはないが、草原で狩りを行うよりはマシだろう。

それに確認しようと思って忘れていたこともあるのだ。丁度良い。


そう考えつつ、周囲の戦闘中のプレイヤーやモブとぶつからないように距離を取りつつ。

私は半透明のステータスウィンドウを出現させた。


「……結構表示される項目は少ないねぇ……それにPreference好みねぇ……」


――――――――――

マイヴェス レベル:1

Preference:なし

HP:100/100 MP:100/100

PoF:94/100


Equipment:【食人の服・上】、【食人の服・下】

Skill:【危機察知】

――――――――――


表示された私のステータスはかなり簡素なものだった。

それと共に新たに何枚かの文章の書かれたウィンドウが出現する。ちらとそちらを読んでみれば、それぞれのステータスについての説明が載っているようだった。


「へぇ、PoFは満腹度……0に近付けば近付くほどデバフが掛かる、かぁ。良いね」


その中でも私の目を惹いたのはPoFとPreferenceの項目。

PoFはそのままにアバターの満腹度を表す数値らしい。低くなればなるほどに身体アバターを動かす上で障害となるデバフが付与されていき、最終的には死に至る項目。


そしてPreferenceとは言えば、


「こっちは所謂クラスやジョブって言われるタイプの奴か」


その者がどんな役割ロールを担っているかを示すものだ。

種類は5つ。大食家、悪食家、偏食家、美食家、愛食家という、言葉だけで何を意味しているかはうっすらと分かるものの、説明を読まなければそれが普通のゲームでいうどの役割を担っているのかは分からない。


大食家はタンク。

悪食家は物理アタッカー。

偏食家は特殊アタッカー。

美食家はサポーター。

そして愛食家はヒーラー。

それぞれ『食』に関係している言葉でありながら、それらしい役割を与えられているようだった。


「……成る程、これらに就くと食べたモノの種類に合ったバフが掛かるわけか。それに加えて今この場でも就く事が出来る……」


読んでみれば納得のいく話だ。

この『食人達へ祝福を 〜Bless of Eater〜』……BoEは、名前の通り食をメインに据えているゲーム。

だからこそこんな風なクラス名であり、尚且つそれに見合ったモノを食べるよう推奨されているのだろう。

それが分かったからこそ、緩んだ頰をそのままに私は選択した。


【Preferenceを選択しました:悪食家】

【Tipsが追加されました】


既に森の目の前まで歩いてきていた私の身体に、今新しい力が宿ったのを感じた。

それはキャラクターメイク時に【危機察知】をラーニングした時の様に、私がこのBoEという世界から感じるモノを少しばかり変化させる。


「うん、良いねこれ。……この木なんかも食べる対象に変わった感じだ」


森と草原の境目にある1本の普通の木に手を触れ、鼻で匂いを嗅ぎ、そして少しだけ歯を立てて樹皮を削り口に含む。

植物特有の青臭さ、樹皮の硬さ、繊維の舌触りが口の中へと広がり、反射で吐き出そうとするのをぐっと抑え飲み込んでいく。

すると、だ。


【悪食家:バフを獲得しました】

【『防御力上昇』:15s】


ログが流れ、視界の左上に表示されているHP、MPのバーの下に盾のようなアイコンが出現した。

恐らくこれが悪食家になった影響であり、ログに流れた通り『防御力上昇』のバフが得られている証明なのだろう。

良いモノを貰ったと素直にそう思う。


「いいね、凄くいい。何より歯が丈夫ってのは素晴らしいね。……もう少しだけ君の皮を貰っていくことにするよ」


ふと表示させたままだったステータスに目を向ければ、PoFの数値が若干回復しているのに気が付いた。

ゲームシステム的にも、樹皮をそのまま喰らうというのは問題のない行為らしい。


インベントリ内から骨断ち包丁を取り出し、私が歯で削った周辺の樹皮を更に削ってはインベントリの中へと入れていく。

非常食、戦闘時のバフ用、名目はなんでもいいが食料が手に入るならば出来る限り採取しておくべきだろう。


【『木の樹皮』を入手しました】


そうして木の一部分が禿げ、内側の木材というべき部分が外に露出したところで私は手を止め、目の前の森へと足を進めた。

一歩踏みこむと同時、右上のマップ上に森の名称が表示される。


「『ダーギリ森林』……一気に雰囲気が変わるもんだね」


外から見る森と、内部に一歩入った程度の森で何がそんなに変わるかと言われれば普通はそんなに劇的な変化は無いだろう。

精々が涼しくなったとか、少しだけ木の陰に入った事で暗くなったように感じる程度だ。

しかしながら、今私が感じたものはそんなものではない。

森の中から、じっとりと。

何者かがこちらを値踏みするかのように、草木の陰に隠れて観察しているかのような……そんな感覚を覚えたのだ。


そしてその感覚は恐らく間違いではないのだろう。

何せ私はラーニングで発現した【危機察知】というスキルを持っている。だからこそ、自身の身に降りかかるかもしれない危険に対して敏感になっていると言えるのだ。


「あは、行こう」


しかしここで足を止めるわけがない。

勝てないかもしれないが、1度も戦闘を行わずに撤退などするわけがない。

インベントリ内から出刃包丁を取り出しながら、私は周囲を警戒しつつ森の奥へと向かって一歩一歩ゆっくりと歩き出した。


本来ならば取得したツリーのスキルを使う事で索敵しながら進んだ方が良いのだろうが……恐らく私の取得した3つのツリーはそれぞれに合った行動を行わなければスキルが発現しないタイプなのだろう。

当然だ。何とも戦っていないのに、何も作っていないのに、何も調理していないのにそれぞれに合っているスキルが発現するわけもない。

だからこそ、今回私は死んでもいいから最低でも戦闘ツリーのスキルだけは1つ発現させるつもりでこの森へと挑んでいるのだ。


そんな事を考えていれば、


「おっと……丁度いいお客さんだ。いや、この場合は家主かな?どう見たって私の方が外からお邪魔しているしねぇ」

「グァルゥ……」


唸りながら、こちらへとゆっくり近付いてくる狼が1匹。

大きさは大体大型犬くらいだろうか?

頭の上に薄らと『フォレストウルフ』という名前らしきものが一瞬表示される。

森の狼。そのままな名前だが、変に凝った名前よりシンプルな方が分かりやすくて私は好きだ。


勿論目に見える前から何かいる事には気が付いていた。【危機察知】による特殊な感覚によって、風の流れを掴んでいたからだ。

だから驚きはなく、故にゆっくりこちらも出刃包丁を浅く短剣のように逆手に構える。


「さぁ、戦ろうぜ。私のこのゲーム初めてのまともな食事たたかいになってくれよ」


口に出した瞬間、フォレストウルフはその口を広げながらこちらへと跳びかかってくる。

狙いは……首だろうか。そんな事を悠長に考えながらも、私は大きく身体を横へと2、3歩分ずらしてそれを避ける。


ほぼ一瞬の出来事ではあるが、そのまま私は特に何も考えず。狙いを外したフォレストウルフがこちらへと向き直る前に駆ける。

野生の獣との戦いは、基本的には先手必勝。

気取られる前に殺るが出来れば良いのだが、それが出来ないのなら隙を見つけて急所を狙うしかないのだから。


悠々と着地したフォレストウルフに出来る限りの速度で近付き、その背中へと出刃を突き立てる……ものの。

私が接近してきているのが分かっていたのか、こちらを見ずに先程の私の様に横へと跳んでその凶刃を避けていく。


足りていない。

狼の膂力による速さに、まだ一般人の域を出ていない私は追いつくことができない。

だが、だからこそ面白い。


「さぁて……長引くと何か寄ってきそうだし……」


頰がだらしなく緩んでいくのを感じながら、私はフォレストウルフから目を離さずにインベントリを漁る。

その中には先程採取した『木の樹皮』が存在し……手に取ると同時に口へと運んだ。


【悪食家:バフを獲得しました】

【『防御力上昇』:60s】


初めて食べた時よりも長い効果時間。

それに満足しながらも、私は出刃包丁を持たない左腕を前に出すように構え直す。

その瞬間、体勢を立て直したフォレストウルフが再度こちらへと口を開き跳びかかってくるのを見て、


「あはっ!」

「ッ!?」


左腕をその口へと差し出した。

強い衝撃が身体を襲い、耐えきれなかった私の身体は後ろへと倒れていく。

否、耐えきれなかったのではない。耐えなかったのだ。

左腕に噛みつかれ、そしてその勢いのまま決して柔らかくはない地面へと背中から激突していく。

決して少なくはない量のHPが削れていくのを横目で確認しつつ、しかしながら思ったよりも削れていない事に安堵する。

どうやら想像以上に『防御力上昇』というバフは私の命を護ってくれる代物だったらしい。


樹皮に感謝するというのもおかしなものだが、少なからず感謝をしつつ。

身体を捻り、自身の左腕を下に巻き込むように……フォレストウルフに馬乗りになるような形に体勢を変えながら、私は噛みつかれていない右腕を振り上げ、腕に噛みついたままのフォレストウルフの頭部に向かって突き立てる。

不味いと思ったのだろう。咄嗟に左腕に噛みついていた口を離し逃げようとするものの、それは許さない。

逃がさない為に私は左腕を犠牲にしてまで……今も逃げようともがくフォレストウルフの爪によって身体に無数の切り傷を作りながらも、出刃包丁を突き立てているのだから。


暫くして。

私のHPがほぼほぼ1割を切りそうになった所で、フォレストウルフは最後に大きく遠吠えをした後にその目から光を失わせ動かなくなる。

戦闘が、終わった。


【スキルが発現しました:【背水の陣】】

【スキルが発現しました:【包丁使い】】


それと共に2つのスキルが発現した事を告げるログが視界の隅に流れたのが見えた。

だが、それを詳しく確認している余裕はない。

何故ならば、


「【危機察知】の反応らしきものがあるんだよね……ッ!」


私は出刃包丁をインベントリ内へと仕舞い、次いでそのまま残っているフォレストウルフの死体を仕舞おうとするものの。

何らかのルールがあるのか収納することが出来なかったため、動く右腕で強引に抱え引きずるようにしながら森の外を目指した。

戦闘には勝ったというのに締まらないものだと、自嘲気味に笑いながら。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?