食、というモノは生きる全ての物が行うべき行為だ。
食事をしなければ生きる為のエネルギーを確保出来ず、かと言ってし過ぎれば身体にとっては毒になる。
偏った食材のみで生きることが出来る生物もいれば、満遍なく食さなければ調子を崩す生き物もいる。
私は、それを知っていて。
しかしながら、暴飲暴食を繰り返す。
それが身の為にならないと分かっていながらも、繰り返す。
それが私の欲なのだから。
――――――――――
平日の真昼間。
私は何をするでもなく、街へと繰り出していた。
というのも、基本的に私の予定は夜に固まっていて、昼間は完全にフリーの時間。
本来ならば寝て、夜に向けてエネルギーを蓄えておいた方が良いのだろうがそれはそれ。
何をするでもなく、とは言ったが向かう先は決まっている。
都内某所、その路地裏にひっそりと経営している古いカフェ。
『準備中』という掛け札を無視しつつ。
カランコロンと鳴る鐘を聴きながら、私は店内へと入った。
「すまない、まだ営業時間前で――ってお前か……」
「やぁ、スキニットくん」
「
「あは、忘れてたよ。申し訳ないね」
ガタイの良いカフェのマスター……ゲームで知り合った友人である桐崎に挨拶をしながら、カウンター席へと腰をかける。
その姿に彼は少し眉を顰めたものの、特に何かを言うことはなかった。
私がそういう人間だと分かっているからだろう。
「で、何のようだ?さっきも言った通りまだ開店前なんだが」
「ほら、前に言ってたろう?私にオススメの新作があるとか何とか」
「……あぁ、そっちの話か」
私が来た理由がわかったのか、彼は開店準備の手を止め、一度店の裏へと入っていく。
桐崎が営業するカフェ『マーダー』は一般的には普通のカフェだ。しかしながら、店主である彼の趣味からか、一部の客にはメニューには無いものを販売、買取をしている。
それは、
「ほら、これだ」
「……なるほど、これは確かに私向きだねぇ」
私の目の前に1つのゲームのパッケージが置かれる。
タイトルは――『食人達へ祝福を 〜Bless of the Eater〜』。
桐崎が営業するこのカフェはこういった、顧客の趣味嗜好に合わせたゲームを提供する販売、買取店でもあるのだ。
「ちなみに聞くけど、これどういうゲームなんだい?見る限りVRMMOだろう?」
「あぁ。何でも……『
「あは、ますます私向きだね。良いよ買おう。ちなみにサービス開始は?」
「今日の夕方18時、つまりはこの後だな」
「丁度良いねぇ」
財布から代金を出して手渡しながら、私はパッケージを懐に仕舞う。
今から帰宅して家事などを済ませれば、丁度サービス開始時間には間に合うだろう。
彼に礼を言った後、私は店を後にする。
詳しい情報は仕入れない。
何もかも初見の方が楽しめるだろうから。
―――――
「……よし、時間だ」
そんなこんなで夕方の17時58分を回った所で、私は自身の愛用しているVR機器を手に取った。
既にゲームのインストールは終わらせており、サービスが開始されればすぐにでも起動できる状態となっている。
壁にかけられた時計に目を向け、進んでいく秒針を追いながら。
私はVR機器を被り、そして起動した。
特有の浮遊感と共に、水中へと沈んでいくような不思議な感覚を感じながら私の視界は一転する。
先ほどまで何もなかった黒一色だった空間に、様々な色が広がりモザイクアートのようになった後。
それらは固体として形をもっていく。
気が付けばどこかの教室の一室、それも私の目の前には懐かしい給食が机の上に置かれた状態で再現されていた。
『Welcome to ”Bless of the Eater”!この度は『食人達へ祝福を』を始めて頂き誠に感謝致します!
「うわっ、びっくりしたなぁ」
『ふふふ、こういう所で茶目っ気を出していく方が馴染みやすいかと思いまして!』
突然肩に手を置かれたかと思い振り返れば、そこには満面の笑みを浮かべたスーツの女性が立っていた。
茶色のショートボブに、フィクションでよくある教育ママがかけていそうな逆三角のメガネをくいっと上に上げながら、彼女……管理AIであるというオヘルは話を進めていく。
『さて、何はともあれ!早速キャラメイクを進めて行きましょう!何事も身体が出来てからでないと始まらないですからね!』
「それはそうだねぇ。ある程度決まってるから容姿とかの設定ウィンドウを全部出してもらっても良いかい?あぁ、詳細とかはこっちで必要な時に出すから大まかに決めないといけない奴を」
『了解しました!では各部位等の調整ウィンドウを出現させます』
オヘルが腕を指揮者のように振るう。
すると、私の周囲を囲うようにウィンドウが出現していった。
髪の毛の設定や、体型、果ては足の形など様々なものが調整できるのを確認しつつ、私が普段使っているアバターに近い設定を適用させていく。
「……ん?」
『どうされました?』
「いや、これって人間以外のアバターって無いんだね?最近のVRMMOって結構モンスター寄りっていうか、獣人とかそういうのになったり出来るの多いじゃない?」
『あぁ、成程。その点に関してはこのゲームの設定に関わってくるのですが……お聞きになりますか?』
「んー、じゃあ大丈夫かな。そう言うって事は何かしらの理由があるって事なんだろうしね」
別段、私はプレイヤーに人しかいない理由に興味はない。
というかそこら辺の設定に興味がある人は独自に調べているだろうし、そもそも私は今日このゲームを知り、面白そうだからと言う理由で今ここに立っているのだから。
「よし、大体設定終わったかな。変な所無いか確認してもらっても良いかい?」
『確認します!……問題はありませんね、アバター適用します』
瞬間、私の視界が少しだけ高く……否。
リアルでの視界に近い状態へと変化する。
それと共に長い黒髪が視界の隅に映ったのを確認し、少しだけ頬が緩む。
オヘルが気を利かしたのか、私の目の前に教室という場には似合わない豪奢な姿見が出現し、今のアバターの姿を映し出す。
そこにはしっかりと私の造った私の姿があった。黒い長髪に、リアルの私の顔を少しだけ変えただけ。着ている服は初期設定の物なのか質素な白い布の服ではあるものの、これが私であると言える程度にはしっかりとした出来のアバターがそこにはあった。
『うんうん、似合ってらっしゃる!ではアバタークリエイトも終わった事ですし、次は中身の設定にいきましょう!』
「中身、というと……あれかな?スキルとかそういうの」
『そうなります!まずはこちらをご覧ください』
そう言った瞬間、私の目の前の姿見が消え、新たにウィンドウが出現した。
そこには、
「ツリーシステム……?」
5種類の系統樹とも言うべきものが描かれていた。
『このゲームでは、プレイヤーの皆さんが扱う特殊技能……スキルは基本的にはこのツリー達を取得する事で発現します。それぞれを取得するのにポイントが必要になるのですが……そちらは今説明するとややこしくなるので、後で詳細説明をお送りしますね』
「それは助かるよ。で、私はこの中から自分が使いたいのを選べば良いのかな?」
『そうです!5種類のツリー……戦闘、狩猟、生産、神秘、そして料理ツリーの中から3つを選択してください。それぞれ概要が読めるので、じっくり選んで頂いても構いません』
オヘルの言葉の中に少しだけ気になる所があったものの、それより今はツリーシステムの方だろう。
戦闘、狩猟、生産の3つのツリー自体は名称から何を意味しているのかある程度分かっている。
しかしながら、その他の神秘と……恐らくゲーム名にも入っている『食』に関係しているであろう料理の2つのツリーは何が出来るのかが分からない為、私はそれらの詳細をチェックする。
「神秘は……うん、私好みじゃあないね」
まずは神秘ツリー。
これは所謂、魔術や信仰系のスキルを詰め込んだものらしい。
マジックユーザーになりたいのならばこのツリーは確実に取得したほうがいいだろうものではあるが……私が興味が惹かれるようなスキル等が発現するような説明もない。
そのままの流れで私はもう1つのよく分からない料理ツリーの詳細を確認する。
……ほう?
そこに書かれていたのは、このツリーを取得するとゲーム的なアシストとして料理のレシピなどが解放されたり、よく知らない要素である『ラーニング』に関するスキルが発現するらしい。
「オヘル、ラーニングっていうのは何だい?」
『ラーニングというのは、このゲームにおいてスキルを発現させる第三の方法ですね。自らの身体の中に取り込んだ相手の持っていたスキルを確率で手に入れる事が出来るコンテンツの事になります。ちなみに第一の方法はツリーシステム、第二は行動発現と呼ばれる、プレイヤーの皆さんそれぞれの行動によって発現させる方法です』
「なぁるほどね」
オヘルの説明によってラーニングについてある程度理解することが出来た。
それと共に、先ほどツリーシステムの説明の際に『基本的に』と言っていた理由も判明したのだが……恐らくそれ以外の2つによるスキル発現は中々に確率が低いのではないだろうか?
だからこその料理ツリーによる補助。
「うん、じゃあ私はこれで行こう」
『確認します……戦闘、生産、料理の3つのツリーですね。間違い無いですか?』
「あぁ、大丈夫」
『では適用致します……完了。では、最後に』
オヘルは視線を私の横へと移動させる。
そこには、いつの間にか退けられていた学校の給食があった。
献立は……分からない。否、目に見えてはいるのだが、それを頭が理解しようとすると途端に靄がかかったかのように何なのか分からなくなってしまう。
奇妙な感覚だった。
『そちらにある給食。それを召し上がってくださいな』
「ふむ、さっき言ってたラーニングの先行体験かな?」
『御名答!但し、発現するスキルはどれも始まった直後にラーニング出来る可能性があるものばかりというのだけ御容赦を』
「まぁ突然強いスキルとか貰っても活かせるかどうか分からないから丁度いいよ」
私は近くにあった椅子を引き寄せながら、給食の置かれた机の前へと座る。
いつの間にか箸やスプーンなど様々な食器が用意されているのに頬を緩めながら、私は両手を合わせ。
「いただきます」
今だ何なのか分からないソレを、スプーンで掬って口へと運んだ。
口の中に広がったのは、まず香りだった。
焼いた肉や、魚などの香りではなく、むせ返りそうになる程に濃い
直後、私の仮想の肉体に力が漲るのを感じた。
【スキルをラーニングしました:『危機察知』】
ログが流れるのを、視界の隅に出現したチャットウィンドウで確認する。
それと共に、周囲の空気の感じ方が変わったのを感じた。
スキルを得る前と得た後では、何というか空気の流れに対して敏感になった……そう言い表すしかない状態に私は成った。
「ん、ラーニング出来たみたいだ。『危機察知』だってさ」
『良いですね!では……おっと。これは私とした事が1つ忘れていました』
「あは、私の名前かい?」
『本当に話が早くて助かります。では、そのアバターの名前を、貴女のこの世界での名前を決めてください』
オヘルが言った瞬間、私の目の前に簡素なウィンドウとキーボードが出現する。
名前入力用のそれに、私は迷いなく決めていた名前を打ち込んだ。
『……えぇっと、よろしいので?』
「大丈夫大丈夫、私はこういう名前を使うって決めてるのさ」
『了解しました。では……マイヴェス様。貴女をこのゲーム『食人達へ祝福を』へ御招待します!貴女の征く先に良い食事が在らんことを……』
オヘルの言葉に小さくありがとうと呟くと、その次の瞬間には私は教室から別の場所へと移動させられていた。
そこは神殿。巨大な石像1つとその周囲に3つの一回り小さい石像が並んでいる神殿だった。
私以外にも数十人程のプレイヤーらしき姿が周囲には見え、今も増え続けている。
【チュートリアルを開始します。スキップする場合は――】
【Tipsが追加されました。確認する場合は――】
ログが流れるのを横目で確認しながら、私は独り頰を緩ませた。
ここから、新しい冒険が始まるのだから。