二〇二六年四月六日。
山梨県は相変わらず、人口減少が進んでいる。それでも最近は少しずつ明るい話題も増えてきた。
県内では、お笑いの大きなイベントが立ち上げられるらしく、地元メディアはちょっとした騒ぎだ。
その仕掛け人が、一番上の姉の高校時代の同級生だったと聞いて驚いたけど、どうやらそこまで親しくはなかったらしい。
そんなことよりも、私は自分の新しい一歩を控え、心を弾ませていた。
そして、この物語を書き終えたことが、どこか区切りをつけた気持ちにさせてくれる。
一番上の姉が吹奏楽部だった影響もあるのか、私は自然と芸術や表現に興味を持つようになり、中学では文芸部に所属した。
ある日、部の課題で、家族の話を題材にしたノンフィクションを書くことになり、姉を題材にすることにした。
当時、まだ幼かったが、姉は苦しんでいる様子だった。だからこそ、何があったのか、知ってみたいという気持ちもあった。
今回の作品を書きあげるために、色々な当事者にも話を聞いた。面白い事実もいくつかある。
まず甲斐学院の金丸、古橋、樋口は、全員プロ野球選手となった。しかし金丸と高橋は結果が出ず、引退。だが、樋口は粘り強く努力を積み重ね、今年とうとう一軍デビューを果たした。遅咲きではあるが、彼なりに決意が強かったのだろう。
また、輿水大気を殺した死刑囚について。弁護士を通して、話を聞くことができた。どうやら最初は、やってやったという気持ちで粋がっていたが、自分の妹が悲しんでいることを知り、段々と気持ちが冷めていった。そして今では反省し、事件を起こした当事者として、その経験を語り、若者への事件防止への協力を惜しみなくしていると言う。
そしてそんな当事者の中でも、工藤光が一番印象的であった。彼は前の高校で、その容姿のせいで、女性トラブルになったという。しかもその女性が野球部の先輩の妹だったため、いじめられてしまった。そのいじめは、かなり陰湿で、いじめの中心生徒の親が、教育委員会の一人であったため、教師も知らんぷり。そのため自殺しようとしたが、夢の中でとある不思議な体験をし、そのまま夢を見るように、第二甲府高校の生活を見て来たという。
その中で、何度か輿水大気と会話することもあり、彼から投球術やら野球理論やら叩きこまれ、非常に勉強になったと言う。
「春?」
部屋のドアが軽くノックされる音がする。
顔を出したのは、教師として働く一番上の姉、千紗だった。
「何?」
「もうそろそろ寝たら? 明日入学式でしょう?」
「もう寝るー」
姉は呆れ顔でドアを閉めたけど、どうせ私が夜更かしするってわかっているんだろう。
姉は今年二十七歳。ついに結婚が決まり、幸せそうだ。
それに関して言えば、実は生前、輿水大気は、工藤光にも、三浦信二にも、どちらともとある約束をしていたと言う。今回の結婚は、その約束を守った形のため、二人ともなかなか義理堅いと感じた。
ただ、結婚指輪を見せてもらったときは少し驚いた。思いっきり子どもっぽいデザインで、一瞬おもちゃかと思ったけど、宝石だけは本物らしい。姉曰く、「思い出が大事」なんだとか。
私はまだそんな感覚がよくわからないけど、いつかそういうのが素敵だと思える日が来るのかな。いや、やっぱりハリー・ウィンストンの指輪がいいな。
だんだんと眠気が襲ってくる。机の上のタブレットを閉じながら、私は静かに息を吐いた。
「これで、終わり」
明日から私は高校生になる。その前に終えて良かった。
でも正直言うと、姉と同じ高校に、さらに教師として姉のいる高校に行くのは、かなり恥ずかしい。
ただ、新しい友達、部活、学園祭、そして何気ない日常、どんな青春が待っているのだろう。期待と不安が入り混じる中で、胸が高鳴る。
限られた時間だからこそ、大切に生きたい。そして、最高の思い出を作りたい。どんな出会いがあるだろう。きっと素晴らしい日々が待っている。
「おやすみ。そして、ありがとう」
窓の外では、夜の空に春の匂いが漂い始めている。それはまるで、新しい物語の幕開けを告げているようだった。
『27の夏』へ続く。