目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

二〇一七年九月九日 その3

「すごい演奏だったな」

 信二はつぶやくように言った。気がつけば、自分の頬に涙が伝っていた。それに気づいたまま、止めることはしなかった。舞台上の千沙の顔は、満足感に満ちた穏やかな表情を浮かべていた。一方、俺の横で、大気も泣いていた。いや、号泣していた。

「あ、あの」

 泣きながら、大気が声をかけてきた。

「ん?」

「三浦先輩、ティッシュ、持ってますか?」

 大気の涙声混じりの問いかけに、信二は一瞬驚いたが、すぐに肩を震わせて、泣きながらも笑いそうになった。それでも、顔を引き締めてポケットを探りながら、

「ああ、使え、馬鹿」

 ティッシュを取り出し、光にそっと渡す。

 その瞬間、信二は心の中で確かに感じた。

(これで、大気とも心の中で別れを告げられた)

 ありがとう、大気。お前が戻ってきてくれて、俺たちはまた一歩前に進めた。そして、これからも歩みを続けるんだ。

 ティッシュを受け取った光が、泣きじゃくりながらもお礼を言う。

 信二はその様子を見つめながら、じんわりと胸が温かくなるのを感じた。

 二人の間に流れる特別な時間。それは、何かが終わり、また新たな何かが始まる予感に満ちていた。



 記念撮影の最中、土橋は目を真っ赤にして泣き続けていた。

 その光景が珍しく、演奏を聴きに来ていた吹奏楽部の卒業生たちは、思わず笑い声を上げていた。

 近くでは、瑠璃が熊谷君を慰めながら泣きじゃくる彼を見守っている。意外にも、その姿がとても愛らしく感じられた。

「千沙」

 振り返ると、今回は、満面の笑みを浮かべた瑞希が立っていた。

「どうだった? 満足した?」

「もう、最高っ!」

 瑞希は間違いなく、純粋に音楽の喜びを感じ取っていた。

 周りの同級生たちとも楽しげに談笑していて、その光景が何とも微笑ましい。

「先輩!」

 隣の雪ちゃんが、何かに気づいた様子で声を上げる。

 そこには、信二たちの姿が見えた。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?