高崎線の車内、窓の外に広がる群馬の風景が流れ去っていく。

「うぉ、初群馬だ」

　大気が目を輝かせて外を眺める。

　信二は軽く笑いながら、「お前、本当にのんきだな」と呟いたが、その表情にはどこか緊張が滲んでいた。

　今日は吹部の西関東大会当日。

「お前さ、新体制が始まっているのに、部活休んで来ていいのか？」

　信二が軽く窘めるように言うと、大気は肩をすくめてみせた。

「監督からちゃんと許可取ったってば」

「へぇ、意外と素直だな。何て話したんだよ？」

「全て」

　その一言に、俺は固まった。

「全てって……どういう意味だ？」

　信二の問いかけに、大気は目を細めながら静かに答えた。

「俺、もう分かってる。時間が、あんまり残ってないってこととかもね」

　一瞬、車内のアナウンスが響く。

『次は高崎～、高崎～』

　しかし、信二の意識は目の前の友の言葉にすべて集中していた。

「お前、それって……」

「甲子園の後も、記憶が少しずつ混ざり始めていた。千沙先輩のおかげで戻ったけど、やっぱりダメみたいだ。最近じゃ、中学のことも、去年の夏の大会のこともぼんやりしていて、代わりに工藤光の記憶が流れ込んでくる。俺の意識の無い時間も増えてきた。もう頭の中、ぐちゃぐちゃだよ」

「そんな……」

　信二は信じたくないように目を伏せた。だが、大気の言葉は止まらない。

「俺はもともと異物だ。この体は工藤光のもの。優しくしてくれる光の家族を見ていると、申し訳ない気持ちになる。特に母親なんて、俺が別人であることを察している。それでも自分の息子のように大切にしてくれる。だからこそだ。そろそろ返すべきだなって思う。このままあの人たちを悲しませたらいけない」

　思いの外冷静に語る大気の姿に、どうしても感情が追いつかなかった。

「だから、俺が輿水大気としていられるうちに、やるべきことを全部やったんだ。監督にも話したよ。事故は監督のせいじゃないし、俺は幸せだったって。それだけ伝えたかった」

　信二の心に浮かんだのは、千沙のことだった。

　彼女は知っているのか？

　怒りと焦りが入り混じる中で、思わず声を荒げた。

「千沙には？　言ったのか、それ全部」

「うん、祭りの後に、しっかり話した。でも、千沙先輩も薄々気が付いていたっぽい。本当は残って欲しいけど、それでも他人に迷惑かけながら私達のエゴを通すのは良くないよねって。千沙先輩って、やっぱり強い人だよな。辛くても、俺の意見を尊重してくれる。その上で、ちゃんと前を向いて歩き始めている。やっぱり、すごい人だよな」

　大気はそう言って微笑むが、その表情には微かな不安が見え隠れしていた。

『次は、新前橋～新前橋～』

　電車が減速し始める。

　信二は大気を見つめながら、覚悟を決めたように頷いた。

「分かった。でも、最後まで俺はお前らの味方だからな」

　その言葉に、大気はほっとしたように笑い、窓の外へ視線を戻す。

　流れる景色の中で、二人の会話は静かに途切れた。