今日の部活動には、三年生の何人かが欠席していた。
理由は塾だと言っていたが、おそらくあの日の出来事が影響しているだろうと、誰もが察していた。
三年生の微妙な気まずさは、そのまま一年生や二年生にも伝わり、部全体に重苦しい空気を漂わせていた。
しかし、良いこともあった。
瑞希の意見に賛同する者も少なくなく、瑠璃をはじめ、何人かは積極的に動き、部の雰囲気を変えようと行動してくれた。
それでも、全体としては不安が残る。
このまま何人か欠けた状態で西関東大会に出るなんて、絶対に嫌だ。そんな強い思いが胸に渦巻いていた。
正直、この時どうすればいいか、とても悩んだ。だからこそ大気君にも相談したかったが、あのノートの内容を思い出すと、相談しにくかった。
大気君は今や完璧に大気君だが、いつまで大気君でいられるのだろうか。
おそらく私と接する場面が増えたため、工藤光ではなく、輿水大気として自分を意識する時間が増え、結果的に記憶を忘れさせないようにしている。
けれど、本当にこのままでいいのだろうか。
私自身は楽しいし、幸せだ。けれど、工藤光君自身にとっては、不憫に思えてしまう。
自ら命を絶った罰として捉えられるかもしれないが、それで本当にいいのだろうか。
そんな複雑なことを考えてしまった結果、大気君と過ごす時間は、楽しい時間として大切にしたいと思うようになった。
今日の部活も悲しさに涙を流してしまったが、それを隠して、お祭りを楽しむことに決めていた。
しかし、やはり大気君は大気君だ。
そのことに気づいた彼は、すぐに寄り添ってくれた。
その優しさに、私は嬉しく思いながらも、やはり彼は工藤光ではなく、輿水大気なのだと感じる。
「俺が思うには、まだ可能性はあると思います」
その一言に、私は驚きつつも、つい耳を傾けた。
「正直、俺だってよくぶつかることがあります。昨日なんて、矢部と大喧嘩したばかりです(笑)。あいつ、いやいや投手をやっているから、ずっと拗ねているんです。でも、東さんも引退したし、そろそろ本気でやろうぜって伝えました」
大気君は真剣な表情でありながら、どこか楽しげに語り始めた。
「そしたら、案の定ぶちギレました。『お前に俺の気持ちが分かるか』って。まあ、それも一理あります。矢部はもともと守備が好きで、外野手の方が得意だった。でも、チーム事情で無理やりポジションを変えられて、しょうがないから受け入れた。それで頑張ろうと思っていた矢先、転校生の俺がピッチャーとして来て、そいつに活躍の場を奪われる形になったんです」
大気君は少し笑いながら話を続けた。
「もちろん、今年の夏は死んだ大気、つまり俺のために必死だったから、何も思わなかったそうです。でも、その役目が終わった今、ふと考えちゃうんでしょうね。『俺はなんで投手をやっているんだろう』って。それで、そんな矢部に転校生の俺が『しっかりやろうぜ』なんて言ったら、そりゃキレますよね」
大気君は「分かる、分かる」とうなずきながら笑っていた。その姿が、どこか力を抜いてくれるようだった。
「それでどうなったの?」
私は少し不安を抱えながら恐る恐る聞いてみた。
「え? そこからは簡単ですよ。一緒に監督のところに行って、三人で話し合いをしました。最初は矢部、一人で行くのを嫌がっていましたけど、俺が『一緒に行こう』って言ったら、しぶしぶ同意してくれました」
大気君は軽く肩をすくめながら続けた。
「そしたら、監督も矢部の悩みに、全然気づいていなかったって謝りました。それで、これからの方向性を一緒に考えようとなり、矢部本人がどう思っているかは分からないけど、正直あいつ、めちゃくちゃいい球を持っています。それで、今後は投手と外野手の二刀流でやることになりました。冬のトレーニングで両方を磨く感じです。もちろん、一年生のピッチャーも育ってきていますけど、まだまだ経験が足りない。矢部には予備の投手をしつつ、本来好きだった外野手の道も探ってもらおうって話になりました! めでたしめでたし」
大気君の話を聞きながら、「そういうものか」とぼんやり思う私。そのぽかんとした表情を見たのか、大気君はクスッと笑いながら補足した。
「ですから、千沙先輩たちだって大丈夫です。本音で話すことで、道が開けることもあります。要は、前に進む勇気です。それだけでいいんじゃないですか?」
その言葉に、私は小さくうなずいた。
前に進む勇気。それがきっと、今の私たちに一番必要なことだと感じた。
夜空に大きな音が響き渡り、花火が咲いた。
大気君はその音に反応して顔を上げ、夜空を見つめた。
色とりどりの光が空一面に広がり、儚く消えていく。その横顔を見ていると、胸の奥がじんと熱くなる。
大気君がこうして隣にいてくれること、それが何より嬉しかった。どんな時も寄り添い、支えになってくれる。本当に、かけがえのない存在だ。
でも、どうしてもまた気になってしまう。あの日記に書かれていたこと。
おそらく、大気君が記憶を失うことは、避けられないんだろう。
あの後、私はいろいろ調べた。同じような事例はあるけれど、どれも最後にはその「前世の記憶」を失ってしまっている。だから、いつかは大気君もいなくなるのだと覚悟しなきゃいけない。
でも、いやだからこそ、今を大切にしたい。
今を大切にするって、青春だと思う。何かを得るためには何かを犠牲にする。それに気づかないまま、私たちは夢中で今を走り続けているんだ。
私は吹奏楽部に全力を注いでいるし、大気君は野球に没頭している。そのことで他にできるはずだったことを諦めているかもしれない。
でも、それを後悔したくない。この選択が間違っていたとは、絶対に思いたくない。
瑞希の意見に賛成することだって、誰かの反発を招くかもしれない。でも、それで得られるものもきっとあるはずだ。だから、私は迷わず前に進みたい。やらずに後悔するより、やって後悔したいと思うから。
「花火、綺麗ですね」
あとどれくらい、一緒にいられるか分からない大気君。だからこそ、ここも勇気を持って、思いっきり楽しみたい。
私は大気君が振り向く瞬間、した。