二〇一七年八月十六日。
山梨に戻ってから、胸の奥に不思議な感覚が広がっていた。
俺たちの夏は、初戦敗退という形で終わった。
新幹線の中、信二は窓の外を眺めながら、ぽつりと「後悔はないよ」とつぶやいた。その横顔はどこかすがすがしく、一度でも甲子園の土を踏めたことが、彼にとって何よりも大きかったのだろう。
それにしても、あの日の千沙先輩とのハグが、まさかこんなに話題になるとは思わなかった。
『【朗報】甲子園球児、彼女に慰められる』
そんなタイトルでネットに写真が拡散され、顔こそ隠されていたものの、周囲からは散々茶化された。特に信二には「俺の彼女を奪ったな」などと、冗談にもならない言いがかりをつけられる始末。その結果、りんややはじめたちに加え、まさかの監督からまで「工藤……。大人になったら、そういうの絶対やめろよ。これ、まじでな」と、冷やかされた。
だが、そんな話題も甲子園の熱気と共に次第に収まり、今は静かな甲府のお盆が広がっている。
ぼんやりとベッドに寝転び、天井を見つめる時間ばかりが増えていた。
妙な達成感と、何かを失ったような空虚感。その二つが心の中でせめぎ合っている。
そんな中で唯一の救いは、千沙先輩とようやく心から繋がれたこと。それだけが、今の俺を支えているような気がした。
「もう少しだけ、先輩と一緒にいられたらいいのに」
ふと、そんな考えがよぎる。
正直、今の俺は輿水大気としての意識が強い。それは、千沙先輩が近くにいるからだろう。でも、記憶の減退は気づかないうちに進んでいるはずだ。
そんなことを考えながらぼんやりしていた時、スマホが軽やかな通知音を響かせた。
画面に浮かぶ名前を見た瞬間、心臓が跳ねる。
『起きています! 今から出かけますよ』
何の迷いもなく返信を打ち、俺は駅へ向かい家を出た。
真夏の早朝、蝉の声が遠くに響いている。