二〇一七年七月一日。
学園祭二日目。今日は模擬店のシフトがある。
準備をしていると、はじめが大きな声で自慢げに話してきた。
「なあ、聞いてくれよ! 昨日朱雀祭マジック決めたんだぜ!」
「お前、本当にやったのかよ……」
りんと俺が呆れ顔で返す。
「まあ、どうせすぐに別れるさ。そういう奴、去年も五人見たから」
「りんが言うと説得力あるわ」
朱雀祭マジック恐るべし。
俺も昨日、違うクラスの女の子から「バンド交換しようよ!」なんて言われたけれど、全部断った。
正直、ちょっと嬉しかった。でも、今はこれでいい。
恋愛より、こうしてみんなと過ごす毎日が楽しい。俺って、元々そんなに恋愛に興味ないタイプだったな。そんなことを、ふと思い出す。
そんな風にのんびり構えていた矢先だった。
「千沙先輩! こっちです!」
教室に入ってきたのは、先輩だった。雪が嬉しそうに声をかけている。
俺はその声を聞いた瞬間、反射的に教室の隅に身を隠した。
(どうして……どうしてここに千沙先輩がいる? )
ああ、そうか。雪の直属の先輩が千沙先輩だったんだっけ。
そう思いながら、バックヤードへ逃げ込もうとしたその時だった。
「光にやらせようぜ!」
「は?」
りんとはじめが勝手に役を押し付けてきた。
やめてくれ、普通に嫌だ。せっかく心を整理したのに。
けれど、先輩の視線が一瞬こちらに向けられる。少し困ったような顔をしていた。
結局、俺は断ることができなかった。
千沙先輩が、目の前に座る。
「えっと……。こういう機会で話すのは初めてだよね?」
少し緊張したような声が響く。その瞬間、心臓が跳ね上がる。
やっぱり、かわいい。髪型は変わらずショートだけど、少し伸びた前髪が大人っぽさを増している。まつ毛が長くて、目元が柔らかい。あの時よりも、少し雰囲気が変わった気がする。
占いのアプリを開きながら、どうにかポーカーフェイスを保たなければ。一度気合を入れ直し、先輩に振り向く。
けど、心の中ではドキドキが止まらない。こんな風に話すのはどれくらいぶりだろう。
占いなんてどうでもよくなってきて、無意識に占い結果を、少しだけ自分に都合のいいものに仕立ててしまう。
(気づいて欲しい……なんて、俺、何を期待しているんだ)
一瞬、千沙先輩の目がこちらを見つめる。その瞬間、息が止まりそうになる。けれど、すぐに彼女は視線をアプリに戻した。
やっぱり、俺なんかにはもう興味ないんだろう。千沙先輩は信二と一緒だし、きっと幸せなんだ。
占いが終わり、少しだけ意地悪をしながら、千沙先輩は軽く微笑んでお礼を言って席を立った。その背中を見送りながら、胸がぎゅっと締め付けられる。
(なんて、俺は浅はかなんだ)
彼女の幸せを願うって決めたのに。こんな風に自分の気持ちを押し付けるなんて、最低だ。暖かさと切なさが胸に残って、心がざわついたまま、教室の喧騒が戻ってきた。