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二〇一七年六月五日

 二〇一七年六月五日。

 練習が終わり、部室では二年生を中心に学園祭の話題で盛り上がっていた。この時期、山梨県内の高校は学園祭が六月に集中する。それにしても、野球部の大会スケジュールには、邪魔以外の何ものでもない。しかし、そんな事情はお構いなしに、りんやはじめを含め、みんな楽しそうに話している。

「いやね、皆の衆。今年の朱雀祭マジックに、俺は全てを賭けているわけよ。だって華のセブンティーンよ?」

「はじめ、お前が言うとマジできもい」

「おい、それ言うなって!」

 りんのツッコミで部室は笑いに包まれた。

 朱雀祭マジック。そういえば、そんな学校伝統の恋愛成就の儀式があったな、と俺はぼんやり思い出す。

 いや、待てよ。サプライズ的に、それで先輩に近づくのも悪くないかもしれない。最近、朝練前にちょっと話せたし。けど、何か気まずくなってすぐ逃げたが。

「あーでもいいよな、キャプテンは。そういうのしなくても余裕なんだから」

「え、そうなの?」

 俺は思わず声を上げてしまった。

 え、信二の奴、まさか彼女がいるのか? キャッチャーで、キャプテンで、打席が四番で、しかも彼女持ち? なんだそれ、化け物かよ。

 その反応を見て、はじめがにやりとした顔で突っ込んできた。

「あら~、気になるの? 光くん」

「うっさいわ。でもデートしているとこなんて見たことないけど?」

「そりゃそうだろ。千沙さんも吹部で忙しいからな」

「へえ……」

 俺の頭が一瞬フリーズする。

 千沙。千沙って、もしかして橘千沙先輩のことか?

 動揺を隠せない俺に、はじめが嬉しそうにさらに続けた。

「あ、光は知らないよね。橘千沙先輩のこと。吹奏楽部のエース的な存在で、めっちゃ美人。校内でも超人気あったんだけど、部活に集中したいからって、ほとんど振ってきたらしい。でも、今年の四月くらいだったかな? キャプテンと付き合い始めたんだよね」

 頭の中が真っ白になる。

 千沙先輩が、信二の彼女? 冗談だろ。いや、そうじゃない。はじめは本気で言っている。あいつは嘘が下手だ。

 俺は顔が熱くなるのを感じながら、何とか言葉を絞り出した。

「へ、へえ~」

 ぎこちなく返事をすると、はじめたちは俺の反応が面白かったらしく、腹を抱えて笑い始めた。ピュアかよって。でも、俺は笑えなかった。何も考えられなかった。

 その後、部室をどうやって出たのか、家に帰ったのか、全く覚えていない。ただ、千沙先輩と信二の名前が頭の中で何度もリフレインして、心の中に、もやもやとした気持ちが広がっていくのだけは、確かだった。


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