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二〇一七年二月二十三日

 二〇一七年二月二十三日。

 とりあえず、今日からこの日記を書き始める。

 状況を整理するために、まず自分が何を考えているのか記録しておきたい。

 俺、輿水大気は、死んだはずだ。

 この言葉を書いているのに、自分で全く実感が湧かない。

 でも、事実だ。あの事故の記憶が確かにある。車が突っ込んできた瞬間、間違いなく俺は吹っ飛んだ。

 痛みも覚えているし、周囲の叫び声も思い出せる。

 それから……。そうだ。病院に運ばれ、治療を受ける中で、意識が遠のいた。そして、目が覚めたら、そこには病院特有の白い蛍光灯が静かに光っていて、自分が病室にいることに気が付いた。

 身体には、多少のだるさはあった。頭もぼんやりとする。でも、身体には痛みがなかった。どうやら、俺は助かったらしい。

 そういえば、意識が遠くなる瞬間、治療室に入ってきた信二に、恥ずかしいことを言ったような気がする。でも、それよりも、あいつが泣きじゃくっていたことが気になった。絶対に次に会ったら、いじってやる。

 思わず、「ふふふ」と笑ってしまう。

(ん?)

 その瞬間、何とも言えない違和感が体中に広がった。

 声が変。よくよく考えたら、口の中のベロや歯の感覚も違う。

 一瞬、薬のせいかと思ったが、よく考えると、全身に強烈な違和感を感じた。

(いや、これも事故の影響だろう)

 しかし、心の焦りは止まらず、仕方なくベッドから立ち上がり、窓から外を見た。

 そこに広がっていたのは、見慣れないビル街。自分の家や地元とは全く違う景色だった。

 驚きよりも焦りしか感じなかった。

 それはその風景もそうだが、窓にうっすら映った自分の顔。いや、明らかに自分じゃない顔に、恐怖を覚えた。

(俺じゃない。いや、どう考えても違う)

 心拍数が一気に上がり、冷静さを失いつつも、すぐに病室内のトイレに行き、鏡を探す。

 しかし、歩こうとしても上手く歩けない。しばらく寝込んでいた影響か。それとも、違う。そもそも目線の高さからしておかしい。背が高いし、バランスもおかしい。

 二、三回転びそうになりながらトイレに辿り着くと、その鏡に映ったのは、俺が生きていた時の面影すらない、全く別の青年だった。

(誰だ……こいつ)

 は? は? は?

 感情が爆発し、どうしようもなく叫びたくなった。

「だれだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 何で? 何で? なになになに? 意味が分からない。誰だこいつ。顔立ちは正直、悪くない。むしろ整っている。でも、俺じゃない。てか、なんで俺じゃないんだ。てか、ここどこだ。

 全身が恐怖に支配され、吐き気を感じ、便器にそのまま顔を突っ込んだ。

「うぇぇぇぇぇえ……」

 吐いても、胃液しか出てこなかった。

 その時、病室の扉が開き、一人の女性が飛び込んできた。

「光!」

 そう叫びながら、目に涙を浮かべたその女性は、俺が生きていた時には全く知らない人だった。誰だ、こいつ。

「あぁ良かった……光」

 そんな人に親しみのある眼差しを投げられても、ただただ困惑するだけだった。そのまま、俺はしばらく呆然としてしまった。



 数時間が経ったと思う。ようやく身体が落ち着いてきた。

 その女性、いや、この身体の「母親」だと言う人の話を聞くうちに、少しずつ、状況が分かってきた。

 この身体は、工藤光という高校生のものだ。そして、どうやら俺はその工藤光の身体に入ってしまっているらしい。

 訳が分からない。本当に訳が分からない。

 さらに追い打ちをかけるように、光の過去が次々と明らかになった。

 どうやら彼は、部活の先輩たちから執拗ないじめを受けていたらしい。そして、その末に自殺未遂を図り、この病院に運ばれてきたそうだ。

 つまり、俺は誰かの身体を借りて生き返ったのか?

 頭がぐちゃぐちゃだ。でも、こうして日記を書いている以上、これは夢じゃない。現実だ。

 まずは冷静に考えよう。焦るな。少しずつでもいい。

 でも、心のどこかで叫びたい。どうして俺が、こんな目に遭わなければならないんだ?


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