二〇一六年十二月二十日。
その後の記憶はほとんど残っていない。
葬式があり、そして、あの物体はさらに骨になった。
クラスメイトたちは、「彼女だと思っている私」にどう声をかければいいのか分からないようで、視線を向けてはすぐにそらしていた。
けれど、そんなことはどうでもよかった。どうしてもあの無機質な物体が、大気君だとは信じられなかった。
葬式から帰宅した日の夜だけは、鮮明に覚えている。
祖母が居間でテレビを見ていた。夕飯前だったが、食欲はなく、ただぼんやりと隣に座り、一緒にテレビを眺めていた。
事故の日以来、テレビを見るのは初めてだった。画面に映る映像を冷めた目で見つめていると、あのニュースが流れた。
祖母が気まずそうにリモコンを取ろうとした。しかし、私は無意識にその手を制して、ニュースを見続けた。
「十二月十五日午後四時三十七分ごろ、甲府市飯田の新荒川橋で、暴走車が歩道に乗り上げ、男子高校生の輿水大気さん(十六)がはねられる事故が発生しました。輿水さんは病院に搬送されましたが、数時間後に死亡が確認されました。
警察は、イオンモール甲府昭和店付近で信号無視を繰り返す乗用車を発見し、停止を求めましたが、運転手はそのまま逃走。途中、アルプス通りを北上し続け、新荒川橋で車両のコントロールを失い、歩道に乗り上げた後、車は河川に転落しました。
警察によりますと、運転手は二十代の男性で、事故後に奇跡的に一命を取り留めましたが、検査の結果、基準値を超えるアルコールが検出されました。さらに、運転手は『人を殺したくなった』と供述しており、その背景には今年七月に発生した相模原障害者施設殺傷事件の 影響があったと話しているということです。警察は、危険運転致死傷罪を含めた容疑で捜査を進めています。
なお、暴走車にひかれた輿水さんは、第二甲府高校野球部のエースで、今年の夏の大会で学校初の決勝進出を果たした、プロ注目の選手でした。
事故当日は急遽部活動が休みとなり、帰宅途中だったということで、会見を開いた監督の高橋先生は、『自分の判断が彼の運命を変えてしまったのかもしれない』と深い後悔の念を語っています。
また、複数の目撃者によると、事故直前、歩道で身動きが取れずにいた男子中学生を庇う形で、輿水さんがはねられたという情報もあり、周囲からは悲しみの声が上がっています」
事故の現場や状況が映し出され、改めて事故の詳細を知ることになった。それは、想像以上にひどい事故だったようだ。
次に、犯人が警察署に入る映像が流れると、私の呼吸が止まった。奇跡的に軽傷で済んだ犯人は、満面の笑みを浮かべながら、
「俺、不死身〜。イェーイ!」
とカメラに向かってピースをしていた。
え? なぜ笑っているのか。どうして、大気君の命を奪ったその人間が、こんなふざけた態度を取れるのか。
そんな思いが頭を駆け巡り、私は目を背け、見たくない現実から逃げ出した。
「千紗ちゃん!」
祖母の声を無視し、そのまま自分の部屋へ駆け込む。咄嗟に扉を閉め、その時初めて、心から泣いた。
それまで、私は冷静でいようと努めていた。むしろ、冷静でいることが唯一の支えだった。
でも、その瞬間、すべてが崩れた。
見たくなかった事実。 それは、あの犯人のことではない。違う。そうではなく、気づくべき真実があったのだ。
「ねえ、大気君、このカフェ知ってる?」
「こんなところにあるんですね! 雰囲気が良さそうで、いい感じですね!」
「そうなの! いつか行ってみたいな〜」
自分の中から、「もし私が……カフェの話をしなければ……」という後悔の念が湧き上がり、それが胸を締め付けていく。
パン屋デートの時も、そうだった。私は卑怯にも、いつも遠回しに誘ってもらえるようにしていた。だから、今回も、意図していなかったけれど、でも、大気君がそうしてくれたら嬉しいなと思っていた自分がいた。
そして、今回の事実。
「私が……大気君を……殺してしまった」