二〇一六年十二月十五日。
去年のあの日、私は甲府の湯村にあるカフェで待ち続けていた。
大気君からデートに誘われたことが、嬉しくてたまらなかった。普段自分から積極的に誘うタイプではない大気君が、私が行きたがっていたカフェを提案してきたのも驚き。
胸が少し弾むのを感じながら、店内の席に座り、彼との日々を思い出していた。
あの告白の日から、既に一か月が経っていた。
その間、二人で過ごした時間は、本当に楽しかった。特にプラネタリウムの日が楽しかったため、その思い出話を、何度も瑠璃にしてしまう。
「大気君がね、こう言ったの」
「でさ、大気君がね」
「そしたら大気君はびっくりしてね」
その話を聞きながら、瑠璃はため息をつき、「で、どうなの?」と一言。
私は何のことか分からなかった。瑠璃はそれを見て、さらにあきれ顔になり、「で、引き伸ばしてもらった返事はどうするの?」と言った。
正直、校内でも噂になりつつあった。でもそれは、嫌な感じはしなかったし、大気君と付き合いたい。けど、やっぱり怖いって思うところもあり、勇気を出せずにいた。
何せ、本当に大切にしたい人と思える人と出会えてしまった。私の人生にとって、そんな運命的な人、中々出会えないであろう。でもそんな人と、上手くいかなくなり、友達でもいられなくなってしまったら、おそらく私は立ち直れない。
そんな悩みに対し、瑠璃は「乙女ね~」と言いながら、また、ため息。
「でもさ、そろそろいいんじゃない? 千紗が真面目で心配性なのも分かるけど、もう既に上手くできてるじゃん」
「でも、ねえ……」
「彼だって勇気出して、告白してくれたし、真摯に応えてあげたら?」
「う、うん……」
「じゃなきゃ、他の女に取られるよ」
「え!!」
「最近の彼、明るくなって、親しみやすいって人気よ。そもそも野球部のエースで、メディア露出もたまにするし。いい物件でしょう、普通に。千紗と付き合っていないと他の女が知ったら、どうなることやら」
(大気君が、他の人に取られる……)
その瞬間、私は呆然とした顔をしていただろう。
それに気づいた瑠璃は、「言い過ぎた」と言わんばかりの表情で、弁解した。
「ごめんごめん。でも、もう大丈夫だよ。千紗の気持ちも分かるしさ。いきなり最初から上手く付き合えなくても、大気君となら、一緒に上手く付き合っていく方法を模索できるんじゃない? それができる相手だからこそ、好きになれたんじゃないの? 私は二人のことを応援しているよ」
その瑠璃の言葉で、ようやく決心がつき、今日返事をしようと決めた。
待ち合わせの時間を少し過ぎても、彼は来なかった。
信二に考えてもらった作戦をもとに、グラウンド整備が実現し、今日は部活が休みになったと聞いていた。だが、どうやら掃除が長引いているらしい。
「まあ、三十分くらいなら」と自分に言い聞かせていた。
それでも、告白の返事をすること自体が緊張する。
ちゃんと上手く返せるだろうか。
自分で『返事したい』ってラインを送っておきながら、やっぱり私は臆病だなと思ってしまう。
けれど、一時間経っても姿は見えず、ラインや電話も応答なし。
流石にちょっと、むむむ? と苛立ちが募る中、隣の席に座る女子高生たちの話が耳に飛び込んできた。
「ねえ、第二高校の近くで大きな事故があったんだって」
その言葉に背筋が凍りついた。
「まさか」と思いつつ、慌ててツイッターを開く。けれど、情報は断片的で詳細が分からない。部活やクラスのグループラインにも何の知らせもなかった。
それでも、先ほどまでとは違うタイプの、ざわめきが止まらない。
(まさか、うん。まさかね。またあの寝坊と同じだよ……絶対に)
そんな時、スマホのバイブレーションに気が付く。
びっくりして画面を見ると、信二から電話がかかってきていた。
(まさか……ね。うん……大丈夫なはず)
そう自分に言い聞かせつつ、でも、少し置いてから通話ボタンを押す。
「もしもし……」
「ばか! 何ですぐに出ない!」
その信二の様子から、全てを悟った。
「早く来い! 大気が、大気が、」
その一言で、全身の血の気が引いた。そして次の瞬間には、店の外へ、走り出していた。
とにかく、パニックだった。
訳が分からない、どうしよう、どうしよう、どうしよう。
向かう先は県の中央病院。ここから確か、一キロちょっと。すっかり暗くなった町を全力で走る。
走りながら、色々な思考が頭を駆け巡る。
(あ、お会計してない)
(あ、自転車置いてきた)
でも、そんなことすらすぐに忘れた。
別に捕まってもいい。とにかく今は、早く行かないと。そして、そして、そして……。
そして、病院に到着すると、すでにすべてが終わっていた。
病室の中で、大気君は全身血まみれで横たわっていた。顔にはシートがかかっていたが、残された輪郭や服装から、それが大気君だと分かった。
でも、一目で、それが「彼」ではなく、冷たく動かない物体になってしまったことを理解した。
横に立つ信二は、何とも言えない表情をしていた。瞳が潤んでいたけれど、声も涙も出ていなかった。
足元から力が抜け、私はその場に崩れ落ちた。
先程までは身体が熱く、息遣いも荒かった。でも、病室の入口の床は骨の芯まで染み渡るほど冷たく、ベッドに横たわるその物体のように感じられた。