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二〇一七年七月七日

 二〇一七年七月七日。

「じゃあ、それでは来週、オーディションを行う。以上、解散」

 顧問の一言で部活が終わると、部室に一瞬だけ静寂が訪れた。普段なら、そのまま賑やかな会話が始まるはずなのに、今日は何も言葉が交わされない。誰もが楽器を手にして、ただ自分の練習場所へと向かう。何せ、今年のコンクールの自由曲は難しい。

 吹奏楽コンクールの高校A部門では、課題曲と自由曲を演奏する。課題曲は決められた候補から選択するが、自由曲は学校の特色を最も反映できる。

 私たちの今年の自由曲は、アメリカの作曲家ジェイムズ・バーンズの『交響曲第三番』である。顧問があのとき、急遽追加した候補曲である。

 この曲は約四十分にも及ぶ壮大な作品で、華やかさとドラマチックさで観客を圧倒する吹奏楽の名曲だ。同時に、演奏の難しさでも有名である。しかし、選曲は部員全員の多数決で決まった。ほぼ全員が賛成。もっとも、私は違う曲に投票したのだが。

 そして、この交響曲の中でも、演奏するのは第一楽章、第三楽章、第四楽章。特に制限時間に合わせるために、その各楽章の中でもどこを演奏するかが肝心。今回は顧問と瑞希と三人で相談し、九州の名門校が全国大会で演奏した部分を参考にすることに決めた。

 そして、今回の曲のポイントは「表現力」。

 作曲者の個人的な悲しみを強く反映させたこの曲は、愛する娘を失った悲劇を背景にしている。つまり、どれだけ感情移入できるかがカギとなる。そこで、部員全員で各楽章に自分達なりに物語を加え、イメージの解像度を上げることにした。

 まず第一楽章。

 ティンパニーの力強いソロから始まり、すぐに全楽器が一体となって、激しい演奏が繰り広げられる。この楽章の重く圧迫感のある音楽は、私たち全員に「混乱」や「絶望」といった感情を呼び起こした。だからこそ、この楽章は、大切な人を突然失い、その痛みで立ちすくむような瞬間を描くことにした。

 次に第三楽章。

 この楽章は、対照的に、静かで美しいメロディーが特徴的だ。音楽が流れるたびに、思い出の断片が浮かび上がり、懐かしさと温かさが胸を締めつける。そんな情景をみんなで共有した時、私は無意識に、大気君のことを思い出していた。

 大気君とより親しくなったのは、去年の十一月十五日。それから一か月後、十二月十五日に突然の別れが訪れた。短く、そして、濃密な時間だった。

 大気君は部活で忙しいはずなのに、私たちの時間をたくさん作ってくれた。朝練の前に顔を見せてくれたり、週末には一緒に遊びに行ったり。私たちが行く場所は、いつも限られていたけど、愛宕山にある小さなプラネタリウムで見た星空は、今でも鮮明に心に残っている。

 作曲者のバーンズが、第三楽章を書いたとき、彼もきっと、娘との思い出の中で、そんな風に感じていたのだろう。

 そして第四楽章。

 悲しみを乗り越え、前へと踏み出すような明るくドラマチックな楽章が始まる。

 パーカッションが心臓の鼓動のように響き、生きる力が湧き上がる。音楽が新たな一歩を踏み出す勇気をくれるかのように、前向きなエネルギーが感じられる瞬間だ。

 ストーリーが完成した瞬間、胸の奥がずんと沈むのを感じた。

 瑞希からこの曲の話を聞いたとき、どうしても大気君を思い出さずにはいられなかった。特に第一楽章と第三楽章の部分は、自分の経験と重なり、どうしても、心がモヤモヤしてしまう。

 瑞希や瑠璃、そして他の二、三年生も、私の過去を知っているせいか、ストーリー完成後、どこか遠慮がちな態度を見せたのも分かる。

 でも、もう私は大丈夫だ。

 大気君とのことには、ちゃんと、折り合いをつけられた。だからこそ、この曲を通じて、前を向こうと決めた。そのことを瑠璃にまず伝え、瑞希とも相談した。二人とも心配してくれたが、最後は、私の意志を尊重してくれた。

「先輩~! さっきの合奏の時の音、めっちゃ良かったです!」

 またそんな過去のことを考えていると、雪ちゃんが抱きついてきた。

「ちょ、やめてよ、雪ちゃん!」

「えー、だってほんとにすごかったんだもん! カッコいい先輩にはこうやって褒めないと!」

 その無邪気な笑顔に、いつも救われる。

 でも、正直に言うと、この曲は思っている以上に難しい。特に第三楽章と第四楽章のメリハリ。過去の儚い思い出と、切り替えた喜び。この二つをどう音色で表現するか。

「よし、もうちょっと練習していこう」

 そうつぶやきながら、朱雀会館を出て、いつもの入口の練習場所へ向かう。譜面台の前に立ち、汗を感じながら楽器を構える。グラウンドの方からは、野球部の掛け声が響いてくる。それが、まるで心地よいサントラのように耳に届く。


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