二〇一七年七月五日。
高校最後の学園祭は、劇的な終わり方を迎えた。最後のプログラムは体育館でのバンド演奏。全校生徒が一緒にジャンプして、大声で歌って、感動のフィナーレを迎えるはずだった。
なのに、まさかのハプニング。体育館の床が突然、真ん中から沈み、ガタンと音が鳴ると、会場全体が一瞬静まり返った。何が起きたのか、誰も理解できないままだったが、その後、どっと笑いが広がり、会場が爆笑に包まれた。
そして学園祭が終わり、気づけば週末からは野球部の県大会が始まる。だからこそ、大会直前の練習が終わった後、信二と軽くデートすることになった。
場所はイオン。フードコートで軽くご飯を食べた後、二人でウィンドウショッピングを楽しんだ。あちこちの店を覗きながら歩く信二の姿は、意外とリラックスしていて、大会前の緊張感なんて微塵も感じさせなかった。
「いや、あの体育館、伝説級だったよな」
「ね。呪いじゃない?」
「呪いって(笑)。千沙って、さすが天然」
「ちょっと! 私、天然じゃないから!」
「いやいや、入学式の時から変わっており……」
「……それは言わないで」
「あはは、ごめん」
彼の笑い声を聞いていると、自然と、こちらも笑いが込み上げてくる。
「これから忙しくなるね……」
「だな。でも、たまにはこうして息抜きしないとな」
「絶対勝とうね。お互い」
「当たり前だろ。千沙も負けんなよ」
信二の真剣な目が、私にまっすぐ向けられる。その目には確かな決意が宿っていて、私も自然とやる気が満ち溢れてくる。
「そういえば学園祭、他のクラス回った?」
「いや、あんまり。私、自分の縦割りすら、まともに回れなかったよ」
「なんで?」
「瑠璃たちの係がさ、思ったより人が少なくて。ほら、『朱雀祭マジック』ってやつ? お互いのクラスオリジナルのリストバンドを交換して、そのまま付き合っちゃうっていう、学園祭恒例の謎イベント。それでみんなデートに行っちゃって、係を放棄するのよ」
「それで人が足りなくなった、と」
「そう! 最後は私も手伝う羽目になってさ……ほんと、信じられないでしょ?」
信二は吹き出して笑った。
「みんな不真面目だな。そういや、うちにもはじめっていう後輩が、そのマジックで成功したらしいぞ」
「えっ、あのはじめ君が?」
驚いて聞き返すと、信二が不思議そうな顔をした。
「あれ? はじめのこと知っていたっけ?」
「うん、二組の占いの館でちょっとだけ話したんだ」
「そうか……。あいつ、放送部の子と付き合い始めたらしいけど、まあ、あれはすぐ別れるな(笑)」
信二がそう言って、クスクスと笑う。その不敵な笑顔を見ているうちに、ふと工藤君の笑顔が頭をよぎった。彼も誰かと付き合い始めたのだろうか。
「そういえばさ、野球部の転校生、工藤君って最近どう?」
「どうって、どういう意味?」
「いや、二組で話したからさ、気になって」
「へえ、光と話したんや」
信二はちょっと意外そうな声を出してから、ぽつりぽつりと語り始めた。
「光はピッチャーとして、すごくいいよ。球速がめちゃくちゃ速いわけじゃないけど、こちらの意図を汲み取って投げてくれるし、何より努力家だ。背番号を勝ち取るために、本当に頑張ったと思う」
「努力家かあ……」
「いつも朝一で学校に来て、練習しているらしいよ。千沙も朝早いけど、グラウンドには行かないだろ?」
「ああ、確かに。朱雀会館は校門の方だしね……。でも一回、彼とも校門の方で会ったけど、それ以降会ってないかも。何でだろう」
少し疑問に思いながらも、朝の空気を気まずくさせたのは、私のほうかもしれない。その原因が自分にあることを思い出し、疑問に思った自分が恥ずかしくなる。
「けどさ、あいつも大変だったと思うよ。転校生がいきなり背番号をもらうなんて、周りが簡単に納得するわけないだろうし。だから、行動で信用を勝ち取るしかなかったんだと思う」
信二の言葉はどこか重みがあって、私は黙って聞き入った。
「なんか信二、お父さんみたい(笑)」
「やめろって。……まあ、あいつってさ」
「ん?」
「......なんでもない。とりあえず俺たちは甲子園目指すから、吹部も全力で応援してくれよな!」
「うん、熱中症で倒れるくらい頑張る」
「おい!」