二〇一七年七月二日。
「こちらはブギーマンですよ~! 皆様、いかがですか~?」
学園祭は順調に進んでいたが、午前中の『ザ・1くみーず』は、かなりやばかった。問題は、校内にお化け屋敷が二つもあったこと。結果的に、同じ縦割り同士で客を奪い合う事態が発生してしまった。須賀君の立てた戦略は失敗し、普段ポジティブな松田君でさえ、「ジーザス!」と肩を落としていた。
しかし、そんな窮地を救ったのは、頼れる我らの信二のアイデアだった。
「お客様にブギーマン役を体験してもらう」という発想が大ヒットし、結果的にV字回復。今では何とか順調に進み、私は休憩時間に入った。
(せっかくだから、パートの後輩たちのお店を覗いてみるのもいいかもしれない)
そう考えると、学園祭で賑わう校舎を横目に、私は南校舎へと足を向けた。
華やかな装飾が施された廊下には、笑い声や楽しげな会話が響き渡り、まるで校舎そのものが元気を発しているかのようだった。
そして、二年二組の『占いの館』。
「あー! ちーさーせんぱーい! 来てくれたんですね~!」
「もちろん! 約束だもん」
田中雪が嬉しそうに私の手を引いて、館の中へと案内してくれる。
雪ちゃんはパートの後輩で、瑠璃とはまた違ったタイプ。小柄で可愛らしい外見に、誰とでもすぐに打ち解ける性格で、周りの人にすごく好かれている。
「お! 雪、お客さん連れてきたのか。さすがだな!」
雪は二人の男子と勢いよくハイタッチを交わす。
「あ、先輩。この二人はりん君と、はじめ君です。二人とも野球部なんですよ!」
「ちーっす。はじめまして!」
りん君と、はじめ君が揃って坊主頭を下げる。その姿がなんだか少し照れくさくて、つい笑ってしまった。
「ありがとう(笑)。私は……」
「いや、キャプテンの彼女さんですよね? 知っています。ん~やはり、かわいいっすね!」
はじめ君がからかうように言うと、また笑いがこみ上げた。
「もう! 私の先輩に、なんてこと言うの!」
「ほんとそれ。はじめ、調子乗りすぎだぞ」
「調子乗った方が……俺らしい」
なんだろう、この三人。絶妙に噛み合っていないのに、やけに楽しい。うん、いい。すごく青春っぽい。このノリ、嫌いじゃない。
「でー、さあさあ、かわいい、かわいい後輩さんたちよ。誰が私を占ってくれるのかな?」
「あー、そうっすね。はじめ、誰がいい?」
「光にやらせようぜ。おい、光!」
その声に反応して、視線を向けると、あの後輩、工藤光がそこにいた。
「え、俺?」
「お前、女性と話すの苦手だろ? これからシフトだし、先輩で練習しとけよ」
「ちょっと待てーーー! 私の先輩をなんだと思ってんの!!!」
「ううん、いいよ、雪ちゃん。ありがとう。せっかくだし、あのイケメン君にやってもらおうかしら」
「おい光、先輩かわいいけど、三浦先輩の彼女だからな。手出すなよ(笑)」
「ちょっと!!」
雪ちゃんはりん君とはじめ君を軽く叩きながら、三人で笑い合い、そのまま去っていく。
その後ろ姿を見送っていると、なんだか自分が歳をとったような気がして、ちょっと切なくなった。一年生の時は、瑠璃や信二とも、あんな感じだったな~って。でも、そんなことを思いながらも、私は工藤光の前に座った。
「えっと……。こういう機会で話すのは初めてだね。工藤君って呼んでいいかな?」
ちょっとだけ、気まずさを感じながらも、私は勇気を出して話しかけてみる。年上だし、一応。
「もちろんです! お願いします!」
あれ、なんだろう。前と同じ、少し嘘っぽい笑顔。
私の不安そうな空気に気づいたのか、工藤君も少しだけ、顔を引きつらせた。
なんとなく、彼が抱えている感情がわからなくて、少し怖くなる。
「で、でさ、何の占いをしてくれるの?」
それでも、どうにか会話を続けようと、私は問いかけてみる。すると、工藤君は「う~ん」と黙り込んだ。
(なぜそこで黙り込む?!)
もしかして、もうすでに占っているのか?
それにしても、真剣な様子が、さらに不安にさせる。心臓が少し早くなっていくのがわかる。そんな私をよそに、工藤君は何かを決心したように、勢いよく声を張った。
「よし!」
その姿に、少し驚いてしまう。
「なに今の?」
「あ、今、占いの神様を降臨させていました」
「へ?」
あまりにも唐突で、予想外の返事に、私は唖然としてしまった。その様子を見て、工藤君は少し笑いながら占いの準備を進める。
「ではでは、今回行う占いですが、こちら! じゃん! アプリ占い~」
おい、アプリかよ。さっき、そもそも占ってなかったのか。何か、さっきの不安が無駄だったなと、思わずため息が出る。
「先輩、どうしました?」
「いや、アプリ占いなんですね。しかも有名なやつじゃん。これが占いの館なのか……」
「すみません、不慣れなもので」
「ううん、不慣れというか、ツッコミどころは他にもあるけど。まあ、別にいいよ。じゃあ、まずは生年月日を記入だね」
「そうですね、先輩は九十九年生まれですよね?」
「あら、よくご存じで」
「いや、年齢が一つしか違わないので」
「なるほどね~。じゃあ、誕生月は分かるかな?」
「四月ですよね。そして十六日生まれ」
「え? なんで分かるの? かなり怖いかも」
「いや、三浦先輩のスマホのロックが『〇、四、一、六』ですから」
「あ~、なるほどねえ。よく見ている。さすがの選球眼? そういえば、ピッチャーだっけ?」
「はい、たまに三浦先輩にも受けてもらっています」
「そうなんだ。どう、信二は。いい先輩?」
「そうですね。たまに心配性を発揮しますが、ピッチャーの闘争心を煽る配球をしてくれるので、有難いです」
「煽られた方が好きなんだ(笑)。ちょっと意外だね」
「そう見えますか?」
「うん、ハキハキしているけど、わりと冷めてそうだし」
「んー、まあ、そうですね。逆に先輩にとって、三浦先輩ってどんな人ですか?」
「ん? どんなって? 普通に彼氏だけど」
その瞬間、工藤君は少し、動揺したように見えた。
「んー。本当に好きなんですか?」
その唐突な質問に、私は一瞬息を飲んだ。
工藤君は静かに私を見つめている。どうして、こんなことを聞くんだろう? それとも、冗談? でもその目を見つめていると、心臓が高鳴り始める。
「はは、冗談ですよ、冗談(笑)。これ、見てください。占い結果に『本当に好きな人がすぐに現れる』って出ていますよ。この後、三浦先輩遭遇注意報ですね~」
その瞬間、工藤君の唇にふっと笑みが浮かんだ。その笑顔が、なんだかずるいな。心の中で、そう思ってしまう。