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17の夏
17の夏
夏坂ナナシ
現実世界青春学園
2025年01月26日
公開日
12.6万字
完結済
甲子園を目指した高校1年の大気は、吹奏楽部の千紗に心を奪われる。
台風の朝、偶然出会った二人は惹かれ合うが、告白の返事を約束した12月15日、大気は突然姿を消す。

失意の千紗は、大気の親友・信二に支えられながら、最後のコンクールに挑む。
演奏するのは、最愛の人を失った悲しみを昇華したバーンズの『交響曲第3番』。

音楽を通して過去と向き合い、成長していく切ない恋、突然の別れ、そして再生。感動の青春群像劇。

二〇一六年七月二十四日

二〇一六年七月二十四日。

「大気……また来年だな」

 帰りのバス。試合後特有の疲労感を感じつつも、親友の声には反応できる。一つ上の学年で、中学からバッテリーを組む三浦信二が、ぽつりと呟いた。

「……あぁ」

 甲子園予選の決勝。俺たち第二甲府高校は、強豪・甲斐学院に敗れた。

 力の差をまざまざと見せつけられ、自分の失投に打ちのめされる。決して気を抜いたわけじゃない。けれど、これまで経験したことのないプレッシャーに飲まれていたのは事実だった。そして、それ以上に胸に突き刺さるのは、バス車内に響く先輩たちのすすり泣く声。自分のせいで、彼らの夏を終わらせてしまった。その責任の重さが、痛いほどのしかかる。

 そんな俺の気持ちを察したのか、信二がさりげなく話を続けた。

「思い詰めても仕方ねぇよ。それに試合中、良かったこともある。七回のあの打席。よく打てたな、金丸さんのあのボールを」

 〇対三。七回、ツーアウト三塁での俺の打席。

 それまで金丸さんの投球に封じ込められ、まともにバットに当てることすらできなかった。気づけば、中学時代に植え付けられた苦手意識がじわじわと蘇り、焦燥感が胸を締めつける。

「あぁ……あれはきつかった。何せ今日の金丸さん、神がかってたし……。けど、応援歌のおかげだな」

「応援歌?」

 このままじゃ、やばい 。そう思った瞬間、トランペットの音が響いた。

 応援席から吹き抜ける音色は、いつもと少し違っていた。けれど、それが妙に心に馴染んだ。張り詰めていたものが、ふっとほどける。呼吸が深くなり、握るバットが手になじむ。

 冷静になった俺は、金丸さんの狙いを読めた。あの人なら、きっと、自分の得意な球で俺を屈服させにくる。誘いを裏切った俺を、力でねじ伏せるつもりだ。そう確信できた。

「あぁ。ランナー三塁の場面。普通ならチャンステーマだろうが、なぜかあの時は俺の応援歌の『必殺仕事人』。それに、あのトランペット。いつもと違う音だったけど、妙にしっくりきた」

「あ……あれね。お前の応援歌のソロ、たぶん俺のクラスの千紗だな」

「誰それ? てか、ソロって普通三年生がやるんじゃないのか? 二年が吹いてたのか」

「知らねえよ。吹部にも色々あるんだろ」

「ふーん……興味ねえな」

「相変わらず、野球以外への関心ゼロだな。でも、ほらこの子だよ」

 信二がため息をつきながらスマホを操作し、学園祭の写真を見せてきた。

 画面に映っていたのは、吹奏楽部のステージ衣装をまとった少女。輝くような笑顔と、自信に満ちた佇まい。その瞬間、思わず息を飲んだ。

 自分でも驚くほどの反応だったのだろう。信二は少し苦笑しながら言う。

「千紗はやめとけ。部活命で、恋愛に興味ないし、これまでも何人もの野郎どもが散っていったぞ」

「……うっせぇ、そうじゃねぇよ。ただ、珍しい衣装だなって思っただけだ」

 言い訳がましくそう返しながら、軽く信二の肩を小突く。けど、信二はニヤニヤしながら、「はいはい」と茶化してくる。それにさらにムカついた俺は、そっぽを向いて窓の外を見た。

 夕日に染まる甲府の空。

 俺たちの夏は、終わった。思ったよりも、あっけなく。

 けど、

(橘千紗先輩……)

 俺の何かが始まった。

 ちょうど、あと五か月だった。タイムリミットまで。


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