目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第38話 撃て。

「どうされました?」


 案内役を買って出た憲兵司令ガウス・イーデンは、オリヴィア宮の格子門前で立ち止まった老将に尋ねた。


「この辺りか?」


 火星方面管区司令のパトリック・ハイデマン大将は感慨深げに周囲を見回した。


「ええ」


 合点の言った様子でガウスが頷いた。


 オリヴィア宮を襲ったカドガン軍と、ガウス率いるベルニク軍が攻防戦を繰り広げた場所である。


「君のキャリアを変えた場所だな」


 戦闘兵科への異動を願い出たガウスを拾い上げたのは、火星方面管区司令のパトリック・ハイデマン大将だった。


 艦隊参謀付きとしてガウスを招聘した上で、兵学校の座学を再履修するよう命じている。


 結果、オソロセアの兵学校へ留学する運びとなっていた。


「まさか、あの邦へ留学するとは思いませんでしたよ」

「隔世の感がある」


 帝都フェリクスの躍動感も老将パトリックには好ましく映っている。


 華美ではないが威容を示すオリヴィア宮のさまも良い。宮の主がかつてパトリックが懸念した性向を示していない事を意味するのだ。


 ──成長されたのか──やはり、閣下のお力か……。


 と、パトリックが益々トールに対する忠誠を深めているところへ──、


「パトリック殿ではないか」


 正面から歩いてくる一団の中から、独りの男が声をかけて来た。


 ──ん? 此奴、マクギガン領邦軍の制服だぞ……。


 ガウスにしてみればマクギガンは単なる裏切り者である。


「おお! 久方ぶりですな、バリー閣下」


 だが、老将は珍しく微笑みを浮かべて応えた。


「閣下は止めてくれ、パトリック殿。今は無職なのだ」


 そう言って徽章を外した胸を示した。


 彼の周りに立つ他の男達も、マクギガンの軍装とはいえ何れも徽章を付けていない。


 ──なるほど、亡命か。


 そうと気付いたガウスは心中で同情の念を抱いた。


 ジェラルド・マクギガンが領主の座を簒奪して以降、同領邦から亡命する政府及び軍高官が後を絶たない──とガウスも耳にしている。


 天秤衆による異端審問を待たずとも、マクギガン領邦は足下から崩れようとしていたのだ。


「陛下との謁見ですかな?」

「まさか」


 畏れ多いといった風情で、パトリックの旧知が首を振った。


「我々如きが会えるはずもない。仕官口でも無いかと宮中の伝手をもうでたに過ぎぬ。情けない話だが……」


 ガウス・イーデンは幾度か女帝と謁見しているが、本来なら将校程度では身分に差が有りすぎる。


 ──閣下にお仕えしていると、つい忘れてしまうのだが……。


「そ、そうでしたな」


 パトリックとしては迂闊に同情めいた言葉を放つのも躊躇われる関係性だった。


「パトリック殿は、如何な用向きで?」


 パトリック・ハイデマンは、嘘や誤魔化しと無縁の男であるが、


 ──ううむ、陛下に御目通り叶ったとは言い辛いな……。


 と、感じていた。


「お話し中、失礼致します、バリー閣下」


 シレとした表情で、ガウスが割って入る。


「旧帝都でご縁の出来たシモン・イスカリオテ殿にご挨拶をと参じた次第でございます。侍従長へ立身されたと聞き及び祝意も兼ねまして」

「おお、シモンか」


 亡命将校バリーは、シモンの名を聞いて相好を崩した。


「私も同郷として誇らしく思っていたのだ」


 そう言った後に、悪戯っぽい表情となる。


「街で一番の悪童が今や侍従長。人の生とは分からぬものよ、ハハハ」


 ◇


 パトリックが旧知と再会していた頃、イリアム宮のレオ・セントロマ枢機卿は頭の痛い報告に悩まされていた。


 まず、教皇アレクサンデルの動きである。


 公会議でプロヴァンス焼き討ちを宣したばかりか、同修道院の秘事をメディアで公言すると吠えているのだ


 アレクサンデルの暴走を止めるには、速やかに異端審問を執行し、天秤衆を聖都アビニョンに戻さねばならない。


「マクギガンには入ったのだな?」

「はい。アラゴン選帝侯領から入っております」


 三万人を越える天秤衆の一団は、凡そ千隻の艦艇で聖典とハルバードをいだき、マクギガン邦都を目指し宙域を進んでいた。


 当然ながら、彼等の行く手を阻む者などいない。


 ──ジェラルド伯は、もはや物事が分からぬ。主だった配下も散り、異端審問など造作もなく進むだろう。


 この点について、聖レオは不思議と罪悪感に苛まれていなかった。


 ジェラルド・マクギガンが親殺しの簒奪者であるという事実は、彼の信仰にとって都合が良かったのである。


 他方のクルノフについても同様だった。


 海賊と裏で手を結び、不道徳な街で暴利を貪って来たロマン・クルノフは、聖レオの基準で考えるなら背信者に等しい。


「クルノフの方は未だ睨み合いが続いております」

「ベルニクか」


 ゲオルクポータルに築城したベルニク艦隊は、天秤衆に対して引き返すよう要求していたのだ。


「進めば砲撃するとまで……」

「狂ったか」


 オビタルにとって異常な状況である。信仰の守り手たる天秤衆に指図するなど、その一事をもって異端と審判されても致し方がない。


「撃てる訳がない」


 仮に砲撃したとしても、せいぜいが威嚇であろうとレオは考えた。かような虚仮脅しに天秤衆の信仰が膝を屈するなど決して許されない。


「ベルニクの罪は後に問うとして、まずは──」


 聖レオは高らかに宣した。


「進むのだ。唯一、信仰こそが、全てを掃ういかずちであると世に知ろ示せ」


 ◇


 ゲオルク宙域で築城するベルニク艦隊と旗艦トールハンマーは久方ぶりに正統なる主を出迎えていた。


 みゆうの魂を宿す猫型オートマタは、常の如くケヴィンの肩からトールの肩へと飛び移る。


「おかえりっ」

「ただいま。あ、そういえば、みゆうさん」

「なぁに?」

「お友達が沢山できますよ!」


 少女艦隊を再始動させるべく、各拠点が再び活性状態に遷移したとの報を受けている。


 ──"因果独立フィールド?"


 トールの問いに、ユキハは嬉しそうに応えてくれた。


 ──"私の姉妹達は眠っていた、と解釈して頂いても結構です。"


 非活性状態にあった全ての少女シリーズが目覚めるのだ。少女シリーズの中核を為す少女Aは約十万人で、他人格と併せると総勢で十四万四千人となる。


 五万に及ぶ艦艇を動かすには少ないが、オビタルの持つ艦艇とは設計思想が異なるのだ。


「失礼します。閣下」


 女神との語らいを邪魔立てするのを詫びながら、ケヴィンが声を掛ける。


「はい」

「天秤衆方々が動き始めたようです」


 引き返すようにとの要請は受け入れず、ベルニクの艦隊を迂回してクルノフ邦都へ向かう機動を見せていた。


 ──こうなるとは思っていたけどね。


 天秤衆が要請に従うはずも無いのだ。


「では、ケヴィン中将──いや、やはりボクから直接言いましょう」


 この指示はオビタルにとってあまりに重く、そして文字通り異端である。


「全艦隊に告げます」


 トールの指示は閉域EPR通信によって固唾を飲んで天秤衆艦艇の動きを見守るベルニクの兵達に届けられる。


「残念な事に天秤衆方々へボクの願いは届きませんでした」


 この時の彼が、本当に残念と感じていたのか否かについては、ケヴィン・カウフマンの証言を付記しておく。


 ──"言い辛いのですが──閣下は、少し嬉しそうだったような気も……。"


「てすが、思い出して下さい。天秤の傾きで、どれほどの人々が苦しんだのかを」


 五十年前、ベネディクトゥス星系に吹き荒れた異端審問の嵐は、近隣のベルニクにとっては身近な記憶である。

 親戚や友人が非業の死を遂げた者も居たのだ。


「特に今回の動きは、エヴァン等による異端の政治利用に違いありません」


 教理局と天秤衆を動かせる聖レオは、太上帝の近習に取り立てられていた。


「ボクに対して大きな気遣いを見せてくれたロマン男爵が異端の濡れ衣で罰せられるのも良いですが──あ、いや、良くありません。見過ごせませんともっ!」


 つい本音が飛び出したようだが、幸いにも誰も気付きはしなかった。


 世紀の大博打に勝ってトールの借財が消えたとはいえ、それを手助けしようとロマン男爵が申し出た経緯は事実なのだ。


 総大将であるトール・ベルニクは、オビタルの禁忌を侵してでも、自身の恩人を救おうとしている──。


 信じたかっただけかもしれないが、多くの将兵はそのナラティブを信じた。


「ですから、この辛い決断をボクは下さなければならない……」


 ──まずいまずい。そろそろやらないとスタコラ逃げられちゃうよ。


「全艦全砲門開け」


 デブリシールドがスライドし、荷電粒子砲の砲身が宇宙空間に露出した。


「目標は、宙域の識別信号上位コードΛ911-001を示す全艦艇とする」


 こうして、あらゆるオビタルを震撼させる顛末は、次の単純かつ明快な指示により引き起こされたのである。


「撃て!」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?