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第18話 オリヴァーの置き土産。

「海賊モルトケの本拠地がクルノフに?」


 海上から陸地へ渡るタラップを、恐々と歩いていたロベニカが驚きの声を上げる。


 クルノフは不肖の息子ジェラルドが治めるマクギガンと、敬虔伯アイモーネの治めるサヴォイアに挟まれた小さな領邦だ。


 新生派、復活派、何れに与するとも公表していない中立勢力である。


「確か、インフィニティ・モルディブのリゾート業で成り立つ国柄でしたわね」


 つば広のストローハットとサマードレスを纏うジャンヌが言う通り、クルノフという家名よりインフィニティ・モルディブの方が世間では知られている。


 なお、彼女が同行しているのは、護衛官を嫌うトールに悩む統帥府長官ヨーゼフの図らいだった。


「カジノとか、えっちな場所とか――トール様も昔は良く行かれてましたね」

「アハ」


 と、トールはロベニカのジト目を軽く受け流した。


「モルトケ一家とクルノフの領主──ロマン男爵は、裏でガッチリと手を結んでいるそうです」


 宇宙時代の海賊に必要とされるのは、操舵技術ではなく政治力である。


 悪名高きモルトケ一家はロマン・クルノフ男爵の庇護を受け、ポータルを往来して他領邦の星系を荒らし回っていたのだ。


 そうして得た資金の一部は領主の私財と領邦に対する莫大な投資に変容する。


 インフィニティ・モルディブという一大リゾート都市の発展も、モルトケ一家による資本投入があってこそなのだろう。


「全く、許しがたい領邦ですね」

「う~ん、どうなんでしょうねぇ」


 素直に怒りを表明するロベニカに対してトールは頭を掻くにとどめた。


 ――これで全てが繋がったのかも……。

 ――原作だと、クルノフはエヴァン公に抵抗して、最後まで彼を苦しめた領邦だ。


 エヴァン・グリフィスは海賊に厳罰で臨む為政者である。


 ――ブラックローズ版のジャンヌさんも処刑してるし。


 つまり、クルノフに寄生していたモルトケ一家は、エヴァンに対して抵抗せざるを得ない。不正を暴かれては不味いロマン・クルノフ男爵も同様である。


 フリッツ・モルトケが、の地で参謀を務めたとされる経緯にもトールは得心がいった。


「か、閣下――」


 トールの背後で弱々しい男の声が上がる。


「ん――どうしました? ケヴィン中将」

「誠に申しわ――うぷ――ないのですが、もう少しゆるりと――うぷ」


 船酔いが未だに癒えないケヴィン・カウフマン中将である。


 蛮族の地より戻ってさらなる昇進を果たしたが、家族で祝う暇も無く地表世界に付き添わされる羽目となっていた。

 なお、ジャンヌ・バルバストルも、大功ありと評価され大佐となっている。


「わわ、これは大変そうですね。先に町で休んでいきましょう」


 船着き場には倉庫が立ち並んでいるが、その先にカラフルで綺麗な街並みが見える。


 また、多くの人で賑わう中央通りを進むと小高い丘があり、丘の頂きに巨大な白亜の邸宅が建っていた。


「今回は、ケヴィン中将が頼りですから」

「は、はあ――」


 果たして頼りになるのだろうか――とケヴィンは思った。


 木星方面管区で海賊討伐の任務にあった頃、フレイディス・モルトケを捕縛した因縁はある。


 故人となっていた大海賊エドヴァルドの妻という大金星に、同僚や上司からも大手柄だと肩を叩き祝福された。


 ところが、悪女フレイディスはヴォイド・シベリアへ移送されるのではなく地表世界に幽閉という、あからさまに政治的な妥協を生んだのである。


 これは、ケヴィンの胸に苦い思い出として残り、やがて裏切り者オリヴァー・ボルツと出会う。


 ――海賊一人始末できんのだ、我らが領邦は。


 酒席で堂々と自説を唱えるオリヴァーが、鬱々としていた当時のケヴィンには眩しく映った。


 ――変えねばならん。領邦を――このくにをっ!!


 そう唾を飛ばし雄叫んだ男が現在暮らすのは、憲兵司令部の留置所である。


 未だ軍法会議予審機関に送致されていないのだ。


「ここは、オリヴァーさんの置き土産みたいなもんですからねぇ」


 と、トールは呑気な声で告げた後に、アハハと楽しそうに笑った。


「――うぷ」


 ◇


「フリードリヒ」


 ソファに並んで座る二人の男は、異母兄弟とはいえ似ても似つかない。


 愛息トーマスは、非業の死を遂げた夫エドヴァルド・モルトケの面影を色濃く残しているが、他方のフリッツは憎むべき女の顔貌がんぼうをフレイディスに想起させた。


 髪を整え身綺麗にすれば、夫をたぶらかした女と瓜二つと言って良い。


「確かに坊やを連れて来た点は褒めてあげるよ」


 フレイディスから全てを奪った簒奪者の屋敷で息子が生かされ続けていたのは、彼女に対する牽制と脅迫だったのだ。


 だが、ようやく彼女の手元に至宝が戻った。


 後はこの檻を出て、血で血を贖わせるのみである。


「けどさ、何だって余計な客人まで招待したんだろうねぇ。アタシを虚仮にするつもりなのかい?」


 目を細めたフレイディスは、美しい鬼面となる。


 幼い頃から母に怯えていたトーマスは益々と身を縮こまらせた。


「お前は相変わらず考えなしの大バカだな」

「わ、若――」

「トーマス!」


 怒鳴るフレイディスが両手を鳴らすと、慌ててトーマスは口を閉じて俯いた。


「檻から出るって、どうやって出るつもりだよ?」


 美しい島の豪奢な邸宅に住んで何の不自由もなく暮らせるが、オビタルとして重力圏から解き放たれる事は叶わない。


「オリヴァー・ボルツのド阿呆が!」


 ヴォイド・シベリア送りを逃れる為、多額の金品と利権を掴ませた相手だったが、今となっては何の役にも立たぬ男となり果てていた。


 ――利害調整役としては使える男だったけどねぇ……。


 オリヴァー・ボルツはフレイディスを罠に嵌めた連中を懐柔し、さらにはベルニク領邦の司法機関も黙らせて、地表世界に幽閉するという妙案で全員を納得させたのである。


 表面的には領邦を非難しながら、裏で暗躍しているのは当のオリヴァーだったのだ──。


「もうお前のコネは役に立たねぇな」

「その代わりが盆暗領主なのかい?」


 フレイディスは不満気な声を上げる。


 トール・ベルニクに関する話は何度か耳にしており、彼女の評価もおのずと辛くなっていた。


「っとに、情報の旧いババアだな。死ぬぞ、それじゃ」


 苛立った様子でフリッツは声を荒げた。


 ――あいつをテメェなんぞがとやかく――ん――あれ――いや――。


 どうした事だろうか、と思った。


 愛妾の子フリッツ・モルトケは独立独歩で生きてきた。


 急場凌ぎでベルニクに雇われたいなどと言ったが、利用し終えた後は姿を消すつもりなのである。


 帝国の混乱を奇貨としてトーマスを送り届けたのも自身の目論見と合致したからに過ぎない。


 だが――、


「チッ」


 フリッツは、余計な思いを振り払うかのように舌打ちをした。


「ともかく会えば分かる。その後で、お前の足りない脳みそで考えろ」

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