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第6話 カリスマの予兆。

「本当に籠城する気なのね」


 軍用輸送機のタラップから降り立ったグリンニス・カドガンが唇を尖らせた。


「ひ、姫様――危険です」


 慌てた様子で、フォックス・ロイドが後を追う。


「あら、まだ大丈夫でしょう?」


 二人の周囲には装甲歩兵が立っており、尚且つオリヴィア宮正面に位置する格子門から未だ距離がある。


 主力となる地上部隊千名は、既に格子門前に陣取っていた。

 通用門側にも五百名を回しているが、敵兵力を分散させる事が目的である。


 加えて、五百名の地上部隊が、行政区画と庭園区画を抑えていた。


 これら二千名の装甲歩兵は、主として対海賊任務に就いていた兵士達だ。


「確かに、距離はありますが――」


 フォックスとしては、宇宙港で停泊する旗艦で吉報を待っていてくれれば――という思いがある。


 フェリクス宙域の支配権はカドガン領邦軍が握っており、オソロセアとマクギガンも自領の守備に追われていた。

 ベルニクの火星方面管区艦隊とて主人の帰りを待ってから動くはずなのだ。


 となれば、現在の最も安全な場所は旗艦の中となる。


 十分な兵力差があったとしても、城攻めなど何が起きるか分かったものではない。


「フォックス。指揮官の方を呼んで頂くのは迷惑かしら?」


 指揮官に激を与えて称揚を図ろうという意図である。


 敵地深くで経験の無い城攻めとなり、地上部隊に幾分かの緊張が見られた点はフォックスも気にしていた。


「ご名案です」


 彼の敬愛する領主は危険を顧みず前線へ来てしまったが、せめても有意に活用すべきと考えたフォックスは二つ返事で頷いた。


「早速、連隊長を呼んで参ります」


 連隊長と大隊長達は陣地後方で協議をしている様子だったが、格子門を破った後の段取りでも検討しているのだろうとフォックスは考えた。


 格子門を守るベルニクは僅かに百名程度なのだ。


「連隊長――」


 フォックスがそう呼びかけた時――。


 ◇


 トジバトル・ドルゴルは、少しばかりたぎっていた。


 否、大いにたぎっていたのだ。


 ――まさか、俺がかよ!?


 それは、自分でも意外な感覚だった。


 トジバトルは出自の悪さを拗ねて生きて来たつもりはない。


 腕っぷしと才覚を頼りに、それなりの金と名誉を得たのだ。


 とはいえ、忠義や忠誠といった感覚とは無縁である。


 彼にとって貴族とは何某なにがしかの代償を得る取引相手に過ぎない。


 剣戟けんげきを交えたトール・ベルニクは唯一の例外だったが──。


 ――けど、あの御仁のとは少し違うんだよな……。


 トジバトルがトールに抱いていたのは友情めいた感情なのだ。


 だが、女帝ウルドに相対あいたいし、不器用な彼女の答礼を受けた時――トジバトルの内奥に己の命をも捧げるのだという強烈な欲求が湧き起こった。


 その感情はサピエンスの適応戦略が生んだ錯誤であると同時、女帝ウルドが強烈なカリスマ性を発露し始めた兆しでもある。


 と、小理屈はともあれ、トジバトル・ドルゴルはたぎってしまったのだ──。


 故に、


「て、テメェら――」


 怒り心頭となった。


 トジバトルがウルドに呼び出されている間、剣闘士達は何の緊張感も抱かず部屋の中で完全に寛いでいたのである。

 持ち込んだ酒を飲み、カードでギャンブルに興じる者までいた。


「――ようく聞けよ、兄弟達」


 低い声で語り始めた。


 熱いコーヒーを淹れたり、ビジネスシーンで見せるトジバトルの顔ではない。

 コロッセウムで荒くれ者達を取り仕切る時の彼である。


「たった今からだが、一滴でも酒を飲んだ野郎は殺す」


 彼の本気が伝わったのだろう。


 幾つかの酒瓶が床に転がり落ちる音が響く。


 出遅れた間抜けもいたようだが、隣に立つ男に尻を蹴られて名残惜しそうに酒瓶を放り投げていた。


「よし」


 半眼で睨むトジバトルが重々しく頷いた。


「得物を持って、窓際に立て」

「そ、その――トジバトルの旦那。ほ、ホントにぶん投げるんですかい?」


 剣闘士が訓練施設で叩き込まれるのは、死んでも得物は手放すなという掟である。

 得物を地に落とした瞬間に、身体の一部か命を失うのだ。


 また、八百長試合であれ、ガチンコ勝負であれ、武器の投擲とうてきなどという行為は畜生にも劣ると蔑まれていた。


「そうだ。ぶん投げて、存分に叩き割る。ガチっと、上からドタマをかち割るんだ」


 女帝ウルドの下知を一部引用し、剣闘士向けに意訳した。


「試合で殺すのとは勝手が違う。客はいない」


 大衆向けのショウではないのだ。


 ましてや、軍属でもない彼等なればこそ、軍人としての矜持や決まり事など気にする必要もない──と言外に伝えたかったのだ。


「ともかく殺せばいい。相手より多くだ」


 そして何事にも見返りは必要である。


「勝てば女帝陛下より褒美も下されるぞ」

「ま、まじかよ?陛下から?」


 ベルニク食客の身で戦いに参じるならば義勇兵という立場になる。


 故に、ウルドはトジバトルの望みを尋ねた。


 ――何を所望する。申せ。


 爵位を望むなら、一代爵位とはいえ叙しても良いとウルドは考えていた。


 ――お、畏れ多き儀ながら他の剣闘士どもに――、


「金だ。一年程度は遊んで暮らせるだろう」

「やった、呑むぞッ、みんな!」

「バカヤロウ」


 トジバトルとしては彼等の働き場所――コロッセウムが完成するまでの繋ぎに出来ればと願い出たのである。


「オリ――いや、コロッセウムが出来るまでの食い扶持だ」


 ――して、其の方は如何する?爵位を望むか?


 ウルドは金銭の下賜を固辞するトジバトルに重ねて尋ねた。


 ――滅相も御座いません。


 黒髪のモンゴロイドが一代爵位に叙されては厄介事を招くだけである。人が持つ嫉みと偏見の怖さをトジバトルは骨身に沁みて理解していた。


 ――そ、その――唯ひとつ――少しばかり厚かましい願いはありまして……。


 トジバトルは、ウルドを前にして思いついた目論見を伝える事にした。叶えばコロッセウム建設の資金調達に良い効果を与えるのは間違いない。


 ――コロッセウムに、陛下の名を頂戴できればと。


 これが、我等の愛するオリヴィア円形闘技場の由来である。


 ◇


「姫様ッ!!」


 フォックスは彼の小さな姫君――グリンニスに覆い被さるようにして地に臥せた。


 格子門前に布陣する装甲歩兵の頭上へ外周部上層から投擲とうてきされたツヴァイヘンダーが降り注いだ。


 トジバトル率いる剣闘士部隊が、対数フィードバックを最大にして投じた刀剣は、何名かの頭蓋を打ち砕いた。

 実に不運な事に最初の一撃で連隊長まで打ち倒されている。


 グリンニスの激を受ける栄に浴す前にヴァルハラへと旅立ったのだ。


「盾を構えよッ!!」


 フォックスが声を上げると同時、第二撃が降り注いだ。


 連隊長を失い浮足立った兵士達は後ろへ下がり始めてしまう。


 そこへ、追い打ちをかけるかのように、格子門を開きベルニクの兵達が凶声を上げて押し出して来たのである。


 ベルニク、ベルニク――とは、聞く者によっては呪詛にもなろう。


 寡兵で亀のように守るかと思えば、逆に攻勢をかけて来た点もカドガン兵の恐怖を煽る結果となった。


「姫様、ここは――」


 一旦、引かねば――とフォックスが告げようとした時、地に臥せ守り抱いていた存在は強引に外へ這い出すと前方陣地に向かって全速力で駆け出していた。


「ちょ、バカな。姫ッ」


 慌てふためくフォックスを尻目にグリンニス・カドガンは生身のままフルーレを振り上げて叫んだ。


「我こそカドガンなりッ!!」


 小さな体躯に似合わず、意外なほどの大音声であった。


「兵ども引くな、敵は寡兵ぞッ!!!」

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