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第1話 籠城。

 首船プレゼピオの崩落より少し話は遡る。


 オリヴィア宮のテラスで四人の女が白い丸テーブルを囲んでいた。


 女帝ウルドは澄ました表情で紅茶に口をつけている。


 他方、彼女に相対する三人の女達は――、


 長女フェオドラ・オソロセアは緊張のあまり固まっている。

 次女レイラ・オソロセアは唐突な面会の目的は何なのだろうか――と思考を巡らせている。

 三女オリガ・オソロセアは落ち着きなく周囲に視線を動かしている。


「舞踏会では余り話す機会もなかったのでな」


 仮面舞踏会では三姉妹の誰もトールの手を取るという大望を果たせなかったが、それで良かったのだと冷静な次女レイラは考えていた。


「本日は陛下の奥所へご招じ頂く栄に浴し――」

「良い」


 ウルドは大儀そうにフェオドラの口上を遮った。


くつろげ」

「は、はあ」


 と、フェオドラが居心地悪そうに押し黙ると、テラスは再び沈黙に包まれたがウルドは気にする様子もなかった。


 三人娘の品定めに忙しかったからである。


 ――器量は並じゃな。

 ――醜女しこめではないが、どうしようもなく並じゃ。


 本人達の名誉の為に申し添えておくが三人娘は十分に美しい少女達である。


 ――何より、アレも――まあ――ホホ。


「ホホホ」


 突然、嬉しそうに笑声を上げたウルドに三人娘は怯えた様子で肩を震わせた。


 イリアム宮当時の恐ろしい噂は、父ロスチスラフから度々聞かされていたのである。


「実はな――」


 だが、ウルドの機嫌は完全に良くなっていた。


「――友柄を作ろうかと考えておる」


 ◇


 女帝ウルドの狙いは三つある。


 一つは、トール・ベルニクとオソロセアの三人娘が恋仲に発展しないよう監視と妨害をする事だ。


 女としての脅威は感じなかったが、古狸のロスチスラフが怪しからぬ策を弄する可能性はある。また、トール自身も先の読めない行動を取る男なのだ。


 今一つは、イリアム宮での愚を冒さぬ為である。


 内裏だいりに親しい者がおらず、道化で無聊ぶりょうを慰める日々だった。

 挙句、傍付使用人をいたぶり抜き人心を喪っている。


 当時の反省を活かし内密の相談を出来る者を傍に置こうと考え、侍従長や女官長とは毛色の異なる者を名誉近習に引き立てると決めていた。


 三つ目はオソロセアの離反を防ぐ事にある。


 筆頭元老ロスチスラフは新生派オビタル帝国の屋台骨──と女帝ウルドも理解していた。


 トール・ベルニクの派手な活躍が目立つとはいえ、経済、軍事ともに、オソロセア領邦を抜きにして新生派勢力は存立しえないのである。


 よって、彼の娘達を名誉近習として傍に置くのは理に適っていた。


 ――いざとはなれば、人質にもなろうしな――ククク。


 かような次第で、オソロセアの至宝達は、オリヴィア宮にて暮らす運びとなったのである。


 女帝からの打診を受けたロスチスラフが快諾した為、物事はつつがなく進んでいったのだ。


 長女フェオドラだけでも国許に残すべきでは、という側近の意見もあったが、ロスチスラフは以下の様に応えたとされている。


「目は多い方が良かろう」


 女帝ウルド同様に、ロスチスラフにも思惑があった。


 ◇


 三人娘が名誉近習となって幾週かが過ぎた。


 帝都フェリクス、そしてオリヴィア宮での生活は彼女達に大きな刺激を与えている。


 初めて親許を離れただけでなく、良きにつけ悪しきにつけ権力の中枢で日々を過ごすのだ。尚且つ、祖国を代表しているという自負もある。


 中でも次女レイラは受け答えの明晰さを買われ、いつしか女帝ウルドのお気に入りとなっていた。


 近頃では、どこへ行くにもレイラを伴い、また奥所にて相談する機会も増えている。


「――トール様からの吉報はまだですのね」


 ショートボブの横髪を耳にかきあげながらレイラが言った。これは、慎重に言葉を選ぶ際に出る彼女の癖である。


 名誉近習に叙されて直ぐレイラは女帝ウルドの前でトールの名を出す際は十全たる配慮が必要と理解したのだ。

 自分達がオリヴィア宮に召された真因に気付いていたからである。


「まだじゃ」


 そう言うウルドの表情には、少しばかりの翳りが見られた。


 遥かな蛮族の地で戦うベルニク艦隊及び聖骸布せいがいふ艦隊とは少し前からEPR通信が通じなくなっている。

 斬首作戦は順調に進み大詰めであるとの報を最後に音信不通となってしまったのだ。


 幼い頃のレイラは父から戦場の話を聞くのが好きだった。


 但し話の末は決まって次の言葉で締められた記憶がある。


 ――戦とは最後まで何があるか分からぬ。


 父が経験した戦いと、此度の戦が質的に全く異なるであろう事は、敏いレイラには分かっている。


 だが、人が真剣に命のやり取りをする場に通底する真理であろうとは思っていた。


 ――まさか――とは思うけれど――。


 根拠の無い言説でウルドを気落ちさせる必要もあるまいと考えたレイラは口を閉ざした。


 そこへ――、


「陛下ッ」


 奥所へ駆けこんで来たのは、侍従長シモン・イスカリオテである。


「し、至急の報告があると、ホーク艦隊司令より――」


 ホーク艦隊とはランドポータルで防衛陣を敷くベルニク派出の艦隊である。オソロセア派出の艦隊をウルフ艦隊、マクギガン派出の艦隊をベア艦隊と呼称していた。


「出せ」


 ウルドが短く応えると、シモンが照射モニタを宙に映す。


「畏れ多くも――」

「止めよ」


 と、シモンを黙らせると、ウルドは艦隊司令に軽く頷いた。


「ホーク艦隊司令ギルベルト・ドレッセルであります」


 ベルニク軍木星方面艦隊司令のギルベルト中将は、ホーク艦隊司令としてランドポータル防衛を任ぜられている。


「ウルドである。端的に申せ」


 海賊の拠点へ単身乗り込んだ武勇伝を持つギルベルトは、落ち着き払った声音で危機的状況を伝えた。


「ランドポータルを破られ、カドガン領邦軍の艦艇凡そ二万がフェリクスへ向かっております」


 漏れそうになる悲鳴をレイラは必至の思いで堪えた。


 他方のウルドは眉一つ動かさない。


 ――なんというか、陛下って大したタマよね……。


 そんな女帝に対してレイラは内心で舌を巻いた。


「三万の艦艇で防げなんだか?」


 数が全てでは無いが、ポータル戦において防御側は圧倒的に有利なのだ。


「マクギガンが裏切りました」


 マクギガン領邦を治める野人伯爵ディアミドは、元老を務める新生派勢力の支柱である。


 ロスチスラフとは旧友であり、レイラ自身も幼い頃から何度か面識があった。


「なるほど」


 負け戦の仔細を質しても意味がないと考え、ウルドは相槌を打つに止めた。


「四時間以内にフェリクスへ到着する見込みです。陛下におかれましては至急の退避を――」

「ギルベルト」


 フェリクスポータルを抜ければ太陽系である。


 火星方面管区司令パトリックの率いる艦隊が、退避する女帝を守護すべく向かっており――とギルベルトは話を続けるつもりだったのだ。


 話を遮られ、彼は初めて訝し気な表情を浮かべた。


「カドガンの狙いは読めておる」

「狙いですか? やはり、陛下と玉璽を──」

「否」


 と、ウルドは短く応えた。


 ――カドガンずれは城塞とやらを求めておるのだ。


 オリヴィア宮には城塞へ至る台座が残されている。


「故、余は引かぬ」


 グリンニスとウルドには因縁があり大いに互いを恨んでいた。


 おめおめと背を見せ逃げるなど沽券に関わると考えたのである。


「兵を用意せよ」

「か、艦艇を、どこに配されるおつもりか?」


 そもそもフェリクスで敵を迎え撃つには艦艇の数が足りないのだ。


「艦艇ではない。つわものよ」


 女帝ウルドは片頬を上げ、凄惨な笑み浮かべた。


「余は籠城する」

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