至聖所を血と臓腑に沈めたベルニク兵は、休む間もなく神殿兵の背後から襲い掛かっている。
挟撃の憂き目に遇うと、さしもの狂兵達も堅守を維持できなくなっていた。
両面から磨り潰す様に殺されていく
「ようやく会えましたね」
煌びやかなトーガに身を包んだ男と、握手を交わすかの様な口調でトールが近付いていく。
死んだ氏族の下に隠れていたところを、
「ポンテオさん」
ルキウス・クィンクティを処刑した男の顔貌をトールが忘れるはずもない。
「い、いや――儂は――」
帝国には帝国の、船団国には船団国の正義がある。
故にトールは正邪など意に介さない。
いわんや、
「殺します」
一言のみを告げてトールが聖剣で男の額を刺し貫くと、刺しどころが良かったのか即死に至らず口を開いて喋り始めた。
「儂は大神官――おにぃちゃん――だよ――あれ――儂のぷりんは?」
「──おや?」
「閣下、ポンテオと大神官は双子だそうです」
トールの背後を守っていたジャンヌが人違いを正した。
ともあれ、大神官ピラト・ペルペルナは床に崩れ落ちて死んだ。
「となると――」
至聖所の祭壇を越えた先は雰囲気の異なる空間となっている。
飾り気のない白い壁面と、台座、そして階段があり、レギオン旗艦の神殿で見た光景と重なった。
「――悪いですけど、またマリに来てもらう必要がありますね」
斬首作戦は、残すところ後一名のみである。
◇
「とりあえず、元気出してね。オジサン」
「オジサンではない」
箱舟として使った
「コルネリウスだ」
銀髪の少女クリスを見下ろし、ミネルヴァ・レギオン総督――だったコルネリウス・スカエウォラは胸を張った。
「――それに落ち込んでいる訳でもない」
直ぐにずらかろう、と言うフリッツに急かされて行った先に、コルネリウスが太い腕を組んで数名のソルジャーと共に待っていたのである。
そのままサラを連れて宇宙港へ車両で向かい、
「ホントかしら?」
と、クリスは疑わし気な眼差しでコルネリウスを見上げた。
ミネルヴァ・レギオンの状況に大きな変化があったのは、フリッツが逃げようと言った前日の事である。
「EPR通信が使えねぇってのは痛いよな」
前日の朝――建物を揺るがすほどの咆哮で目覚めた。
レギオン艦隊に砲撃でもされたのかと、クリスとサラは二人で身を寄せ怯えていたのだが、数分で咆哮は止み街が燃えさかる様子も無い。
フリッツに連絡しようとしたところで、誰ともEPR通信ができない事に気付いたのだ。
「どういうカラクリだよ?」
「ECMだ。帝国が持つものより範囲も強度も桁が違う」
コンクラーヴェの執り行われた詩編大聖堂やトールの屋敷の地下室等となるが、コルネリウスの言う通り既存のECMで通信を阻害できる範囲は限られている。
「贈歌によらず
「そいつは否定しねぇけど、それがカラクリか?」
「全てを説明する時は無い。ともあれ、俺達がレギオン旗艦と呼ぶデカい貝殻は、本来は
「
「待針が神殿に戻った事で本来の機能を取り戻した。超広域ECMもその一つだ」
「チッ」
フリッツが舌打ちをする。
「ん、いや、待てよ。なるほどな――
「ほう?」
意外そうな表情を浮かべて、コルネリウスが顎を撫でる。
「
と、囁きながらコルネリウスは遠くを見る眼差しとなった。
「過去、同じ事を言う男がいた」
「やっぱ、そうだよな! EPR通信を広範囲で阻害するようなのを相手にするなら、他の通信手段で連携できないと必ず負けちまう」
「カッシウスの啓示だ」
「な、何? ちょっと待て──カッシウスだと? そいつは親父の──」
「待て、フリッツ」
興奮し始めたフリッツを、コルネリウスは穏やかな眼差しで見詰めた。
「積もる話は生き残ってからにすべきだ」
「まあ、そうよね」
腕組みをして二人の会話を眺めていたクリスが口を開いた。
「あなたの不良息子が──」
全周囲モニタには巨大な貝殻──ミネルヴァのレギオン旗艦が映し出されている。
「怖い顔で追っかけて来てる訳だし」
「いや、さっきも説明した通り、追われているというより目的地が同じなんだ」
「どうだか」
ミネルヴァ・レギオンでは政変が起きていたのだ。
コルネリウスは総督の座を追われ、息子のスキピオがレギオンの実権を握っている。
この反乱が、故ルキウスが企図した計画の一部か否かは、スキピオにしか分からない。
「兎も角、まずはお前達を無事にベルニクへ帰す」
自らに言い聞かせるかのようにコルネリウスは呟いた。
「――親のけじめは、その後に付ける」
◇
<< 台座に逃げたポンテオの始末はジャンヌ中佐に任せ、閣下は師団本部へお戻り頂けないでしょうか。 大質量体が迫ってきており──>>
照射モニタに映るケヴィンも必死である。
「レギオン旗艦ですね。ん? そういえば、フリッツ君から連絡が無いな」
<< はい。クリス嬢とも連絡が取れません…… >>
ミネルヴァ・レギオンへ潜入した二人とEPR通信が途絶えて久しい。
「それは困りましたが──でも、ボクが行かないとさらに不味い事になります」
「は、はあ?」
――ボクが行かないと、ポンテオさんを始末してる間にこちらの時が流れ過ぎてしまう……。
抗エントロピー場の影響で、台座の先は
だが、ベルツ、そしてミネルヴァでも、トールが行って戻った場合には抗エントロピー場の影響を受けていない。
――銀髪も無くならないし――ボクって何なんだろう?
「ケヴィン少将、いや戻ったら中将になってもらいますが――」
どこまで己を買い被ってくれるのだと、もはやケヴィンは怖くなり始めている。
「その為にも、しっかりと後方を守って下さいね」
「それは無論ですが──」
「レギオン旗艦の到着予定時刻は?」
「六時間後には十光秒付近となります」
その距離まで近付けば、FAT通信でもリアルタイムな意思の疎通が可能となる。
スキピオ・スカエウォラも何らかの意思表示を示すと見込まれていた。
「聖骸布艦隊は首船から五光秒付近まで退避させ、立体円筒陣にて相対距離を保ってもらいます」
「逃げられるように、でしょうか?」
「ケヴィンさんも追いかけないと駄目ですよ。彼等だけではポータルを通れませんから」
「閣下ッ!!」
ケヴィンの怒りを感じ取ったトールは真剣な表情を浮かべた。
「そうしない為にも、待針の森へはボクも行くほかないのです」
「――承知しました」
「では、ジャンヌ中佐、マリ。あ――あとはブリジットさん」
台座の傍には、呼び寄せたマリ達が既に控えている。
「行きましょう!」