テュールの
「童子ッ!」
アレクサンデルから緊急EPR通信が入る。
「これは――」
と、言いかけたところでEPR通信が途絶し、口を大きく開いたアレクサンデルが照射モニタに残った。
ブリッジの全周囲モニタから全ての光学映像が消え、各種センサーから伝送される異常値に艦内アラートも激しく鳴動している。
ここから先は、全てが一瞬の出来事だ。
光速に等しい速度で波紋のように拡がる
破局の白光が三万を越える艦隊が交差した時――、
「勝った!!!」
首船防衛司令官の首を締め上げながらポンテオが快哉を上げた。
白光の消えた後に艦隊の姿は影も形もなく、広大な虚無が広がるのみだったからである。
「跡形もないぞッ!! 対消滅しおったのだ、クハハハ」
レギオン旗艦の援軍を待つまでもなく、未曽有の危難を乗り越えた英雄。
我こそが――、
「ポンテオ・ペルペルナである!」
◇
「もぉ、限界よう」
みゆうの声が響く。
「――ええと――よし、四光秒付近を通過しましたから――大丈夫です!」
アンチフェノメン・シールドが解除されると、艦隊を覆っていた闇が掃われ光学的に検知できる状態へ遷移した。
「全艦、通常ドライブへ移行――アレクサンデルさんもお願いします」
全周囲モニタには再び首船プレゼピオが映し出され、外部とのEPR通信も復旧した。
「どういう事だ?」
停止状態だった照射モニタ上のアレクサンデルは、手に掴んだ菓子を口に運ぶのも忘れている。
「
「――ふむん――対消滅か」
「ええ。全ての斥力が意味を為しません」
アレクサンデルは渋い表情となった。
反粒子生成に要する莫大なエネルギーコストは、恒星を覆うダイソン球という先史文明の遺した奇跡に支えられている。
――我等にニューロデバイスとEPR通信を与え、他方の船団国には全てを滅ぼしかねない破壊力を与え給うた。
トールの説明を聞きながら、アレクサンデルの想念は
「その点、アンチフェノメン・シールドはですね、
――よもや、
「持続時間が短いのと、何度も使える訳じゃないのが難点なんですけどね――」
――これでは、どちらが忌み子か分かったものではない。
――何を考えて――否、何を考えていたのだ。奴等は……。
「ともあれ、聖下には砲台を潰して頂き、ボク等は揚陸するだけです。揚陸後は宙域の確保をお願いし――えっと、あの、聖下?」
黙り込んだままのアレクサンデルに、トールは頭を掻きながら申し訳なそうな様子を見せた。
「もしかして、内緒にしてた事を怒ってるんですか?」
そう言われて、ようやくアレクサンデルは思い起こす。
確かに怒って然るべきである、と。
「うむ」
何の痛痒も与えぬだろうが、敢えて伝える事にした。
「童子を異端審問にかけねば我の気は晴れぬわ」
◇
強襲揚陸艦ホワイトローズ及び千隻の戦闘艇には、総勢で一万名の装甲歩兵が揚陸部隊として乗船していた。
なお、これがベルニク領邦の擁する全地上部隊である。オビタルの戦略及び戦術思想において歩兵部隊による軌道都市の占領は優先度が低いのだ
ともあれ、今次の作戦は特殊な部隊編成を採用し、大隊結節部を持たせず十個の連隊に分けていた。
各個拠点への独立した降下作戦となる為である。
連隊を束ねる師団本部は旗艦トールハンマーに置かれており連隊への指示と情報の提供を担う。
師団長はケヴィン・カウフマン少将だった。
――ケヴィン少将にお願いしますね。ボクは、ほら――アハ。
――か、閣下……。
という、例のやり取りがあったか否かは定かでない。
他方のジャンヌ・バルバストル中佐は、第一連隊千名を預かる連隊長となっている。
既にパワードスーツを装着しホワイトローズ格納庫に立っていた。
「皆さん」
頭部装甲を脇に抱えて凛々しく立つ彼女を、副官のクロエ・ラヴィス中尉はうっとりとした瞳で見詰めている。
――あぁ、ジャンヌ様――お、お姉さまとお呼びしたいッ。
ジャンヌが指揮する千名の部下は、ホワイトローズと戦闘艇に分乗しているが、閉域EPR通信にて映像は共有されている。
――ちょっぴり頬が朱色になっているのは、きっと緊張されているせいね。
「ケヴィン少将のご指示にあった通り、我々が担当するのは治安機構となりましたわ」
他の降下拠点は、執政府、民会院、神殿、梵我党本部等である。
中でも最優先としたのは治安機構だった。
ルキウスの情報提供に基づく斬首リストに従い
「今回は斬首作戦です」
帝国にとって都合の悪い原理主義者を強制排除するのが目的である。
「よって、民草の殺傷は厳に禁じます」
――さすがは正義の御方。本当に――ス・テ・キ♥
これより戦場へ降り立つはずのクロエは、先ほどから相好は崩れきっている。
「万が一にも邪魔を――」
――宇宙港ゲート接近中。これより強制着艦体勢へ移行します。
ブリッジから、副艦長の声が響いた。
「各員」
ジャンヌが頭部装甲を装着する。
「抜剣ッ!」
こ、これよぉ、と感慨を抱きながら、クロエは誇らしい気持ちでツヴァイヘンダーを眼前に掲げた。
「万が一にも、なのだが――」
――強制着艦まで、百八十秒。
「民草どもが邪魔となれば、致し方あるまい」
彼女は海賊になったかもしれないんですよ――と、トールは親しい相手にだけ笑い話として語る事がある。
「斬り捨てよ。
だが、トールの笑い話を聞いて、笑声を上げる者は少ない。
「我等の旅路を荒らし、数多の同胞をかどわした悪鬼共を血祀る日が来たのだ」
単なる事実に思えたからだろう。
「そして――なお誇れ」
司令官訓示で本人の口から聞いて以来、ジャンヌ・バルバストルの全身は苛烈に火照っている。
「蛮族共の地においても、閣下は我等と共に
己がツヴァイヘンダーを、さらに突き上げてジャンヌは吠えた。
「捧げよッ!ベルニクに」
兵士達の咆哮が格納庫を揺らすなか、クロエ・ラヴィスのみは失禁寸前となっている。
――ひ、ひぃぃぃ。
存外に、小心者なのであった。
◇
蛮族を超えた蛮族――ベルニク軍を招来してしまった首船プレゼピオだが、当時の状況を船団国の目線で記した史料は少ない。
FAT通信中継施設が破壊されていた事と、宙域を制圧した聖骸布艦隊により全ての通信がジャミングされていた為である。
とはいえ、史料が少ない根本的な原因は他にあった。
つまり、皆が死ぬのだ。
例外は無い。