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第40話 斬首作戦。

「聞いてた話とは様子が違うな」


 贈歌巫女を人質にトーマスと台座に飛び乗ったまでは良かったが、その先に拡がる光景はフリッツが期待していたものではなかった。


「島どころか、肝心の城塞が見当たらねえぞ」


 鬱蒼と木々が生い茂る森の中で、足元には石畳の敷き詰められた街道がある。


 その街道を進んだ先に巨大な球体の建造物は見えるが城塞とは似ても似つかない。


「ふぁsfさfさあああ!!」


 トーマスは石畳の上で悲鳴を上げ続けている。


「――ちっ。うるせぇな。ちょっと待ってろ」


 腰に下げたバックから拘束帯を取り出したフリッツは、手慣れた様子で巫女の両腕の自由を奪い手近な大木に縛り付けた。


「こ、こんな事をして、無事に帰れると思っているのですか?」

「襲ってきたのは、そっちのイカレ女だろうが」


 そう応えながらアポロニオス結束体でトーマスに応急措置を施していく。


「可哀相に……。目ん玉が一つになっちまうぞ。一つ目トーマスだな、へへ」

「fdふぁふぁsf」

「安心しろ、トーマス。後少しで痛みは引いてくる」


 頭をひと撫でしてやった後に、大木に縛り付けた巫女の許へ歩み寄った。


「ふぅ――しかし、参ったな」

「どうするつもりなのです?私を伴わねば、ここから出られないのですよ」

「へぇ?」


 フリッツが興味深げな表情となった。


「あんたも、プロビデンスなのか――だったらトーマスは要らなかったな」

「な、なぜ――その言葉を――」

「へへ。死んだ親父のダチに物知りの蛮族がいたんでな」


 得意気な様子でフリッツは鼻の下を人差し指でこすった。


「まさか、あの男にもプロビデンスの恵みが?」


 トーマスはアポロニオス結束体の強烈な鎮痛作用の為かボウとした表情を浮かべている。


「だったら、どうすんだよ?」

「ど、どうもしませんけど──ここを出たとしてもミネルヴァの兵が待ち構えています。大人しく私を解放する他に――」

「出ねぇよ、バカ」

「はい?」

「──というより、待つんだ。ベルニクにもプロビデンスがいる。そいつが俺を迎えに来るのさ」


 フリッツ・モルトケには確信があった。


 ◇


 トールとアレクサンデルが率いる艦隊は、タイタンポータルを抜けて星間空間に至っていた。


斬首ざんしゅ作戦ですと?」


 旗艦トールハンマーのブリッジで、常の通りトールの話し相手はケヴィンである。


「ええ。万物を薙ぎ払うつもりはないので安心して下さい」

「は、はぁ――」


 さほど安心材料が増えたとは思えなかったので、ケヴィンは気の抜けた返事をした。


「船団国の巡礼祭では氏族の代表――つまりはレギオン総督が集まる習わしがあるそうです」


 各レギオンは遠く離れた場所で活動しており、全ての総督が一堂に会する機会は少ない。


「互いの権勢を示し合う場でもあるらしいですね」


 氏族会議は重要事を決める為だけの場ではなかった。


「ま、まさか?」


 斬首ざんしゅ作戦の意図を理解したケヴィンの額に汗が滲んだ。


「フフフ、一網打尽ですよ」


 トールの狙いは、各レギオンを率いる総督達の命である。


 巡礼祭を利用してグノーシス船団国の指導層を一掃しようとしているのだ。


 彼等がEPR通信を持たないことを考えれば、レギオンからの援軍が到着する前に片を付ける事が可能だろう。


「テルミナ室長の報告によると、既にルキウス執政官は拘束されています」

「なんと……」

「彼に代わってポンテオ・ペルペルナという――変な名前だな――アハハ」


 言語感覚の異なるケヴィンは怪訝な表情を浮かべた。


「ポンテオさんが執政官代理となっています」

「となると、既に我等との条約を破棄したと?」

「いえ。氏族会議でポンテオさんを臨時執政官に格上げしてからでしょう」


 その後の条約破棄に伴い、女帝による刻印の誓いを履行するのだ。


「首船近傍には守備艦隊がなく、プレセビオを守るのは自動防衛システムのみです」


 μミューポータルへの絶大な信頼の為か、艦隊配備は各レギオンの略奪部隊が優先されていた。


 首船を守るのは、プレゼピオのダイソン球外殻に装備された砲門のみである。


「とはいえ、結構な重武装らしいので聖骸布艦隊に潰してもらいます」


 いかに首船の火力が強大であろうとも、聖骸布艦隊を固定砲台のみで防げはしない。


「せ、聖下が露払いをされる……」


 教皇を蛮族の地に駆り出すだけでも畏れ多いが、その使いっぷりも破天荒だった。


 ――あの方が言っていた通りになるのかもしれない。


 老将パトリック・ハイデマンに、少将への昇進祝いとして招かれた晩餐を思い起こした。


 ――責任は重い、ケヴィン。閣下は帝国の支柱、むしろ――いや――これ以上は不敬に当たるな。ともあれ、閣下に万が一のことでもあれば……。


 言いながらケヴィンを見据える老将の眼差しは、彼を震え上がらせるに十分だった。


「となると、我々は――」


 ジャンヌ・バルバストルの顔を見た時から、いかなケヴィンとて覚悟はしていたのだが、念のため領主に最後の確認をする事にした。


「――またしても、揚陸するわけで?」

「はい」


 何が嬉しいのか不明だが、トールは微笑んでいた。


「ボク等はダイソン球上の都市に降り立つわけです」


 輝く瞳を向けられても困るのだが、とケヴィンは思った。


 ――ああ――駄目だ。この人は、ワクワクしている。どうしようもなくワクワクしているのだ……。


 トールという男を最も理解しているのはケヴィンなのである。


「恒星を覆う球体だなんて、人類――いや先史人類の英知に痺れちゃいますね。ただ、ボクが心配しているのは、足元が少しばかり熱いんじゃないかってことなんです」

「はあ――」


 何と答えれば良いのか戸惑っているところへ、照射モニタが割り込んで来た。


 << トール様 >>


 マリからのEPR通信だった。

 彼女の肩に猫型オートマタが乗っている。


「あれ、μミューフロントに居るんですか?」

「ぐ、軍の機密事項なんですが――」


 女男爵とはいえ民間人が入って良い場所ではなかった。


 << 私が誘ったんだよ~ >>


 猫の後を追ううちに辿り着いてしまったのかもしれない。


 モニタの奥に映る巨大な水着美女が水槽の中で手を振っている。船内であれば全ての事象は彼女の意のままとなるのだ。


「まあ、いいですけど。それで、どうしたんですか?」


 << ブリジットが――おかしいの >>


「へえ」


 元からおかしいけどね──とトールは思った。

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