帝都フェリクスに多数の役者が集おうとしていた。
新生派勢力に与する事を明らかにした諸侯八名、教皇アレクサンデル・バレンシア、ルチアノ・グループ等の企業関係者、そして未だ秘事となっているグノーシス船団国の使節団である。
無論、復活派勢力に属する諸侯や風見鶏のような者達は姿を見せない。
故にこそ女帝ウルドは、目の前に座る客人を意外な思いで出迎えていた──。
「久しゅう御座いますわ、陛下」
幾世を経てなお生娘のような微笑を浮かべる女の名は、シャーロット・ウォルデン。
女帝ウルドの母、つまりは
「母君も、お元気そうで何より」
久方ぶりとなる母娘の再会は、平素ウルドが昼下がりに茶を愉しむテラスが舞台となった。
宮中百般が適用される謁見の間を嫌った
何より人目を忍ぶ訪問であった為、部屋付き衆のみが出入りする場所としたのだろう。
実の母とは言え、現状では敵方となった諸侯アーロン・ウォルデンの妻なのである。
「良く、父が──」
許しましたな、と言いかけたところでウルドは口を閉ざした。
彼女にとって父とは、几帳面で凡庸な男という印象のみである。
銀冠、爵位、領地──下々が羨む全てを継承しておきながら、凡そ全てにおいて覇気が無く、尚且つ強い態度に出られぬ性分であった。
召使い達の噂によれば、妙な偽名を使い子供騙しの娯楽小説を書いているらしい。
──かような男に、この母は荷が重かろうな。
許すも許さぬも無く、何も言えなかったはずなのだ。
「アーロンには内緒で来たの」
シャーロットは口端に片手を添え密やかな声音で告げた。
いつの間にか娘に対する口調となっているが、それを不敬と咎めるのも
イリアム宮の当時ならば、後先など考えず母すら道化と共に打ち据えたやもしれない。
「難しい事は分からないけれど、リヴィ──陛下とエヴァン様が喧嘩をしているでしょう?」
母の口唇から漏れたその名に、ウルドは微かに肩を震わせる。
──母君は──平然と──口にするのだな……。
母の
あれは悪質な噂に過ぎなかったのだろうか、とウルドに思わせるほどの落ち着きぶりである。
だが、エヴァン自身が認めた事実なのだ。
──娘でもありますからな
唇に感じた苺の感触が蘇り、ウルドはそれを払おうと頭をひと振りした。
「だからね、アーロンが知ったら、とても困ると思ったの」
アーロン・ウォルデン公爵は、
共に帝都で学んだ時代からの習性で、特段の考えなど持たず復活派勢力に与しているのだろう。
唯々諾々と周囲に従い、嵐が過ぎ去るのを待っているのかもしれない。
「困らせると分かり、それでも参られたか──」
現在の時勢でフェリクスまで至るには、幾ばくかの苦労と危険があったはずである。
──まさか、娘に会いたいなどと殊勝な思いが……。
「そうなの。だってね、リヴィ──」
話すうち、誰であれ相手との距離を詰めていく女である。
既婚で尚且つ
「──ああ──私、命を狙われているの!」
恐ろし気な様子で、自身を抱きすくめるよう胸を抑えた。
「この前もトリクシーのパーティで──あら、あなた覚えている? 泣き虫だったベアトリスの事よ。彼女ったら──」
「いや、母上。良い。もう宜しい」
ウルドは些かうんざりした気持ちで母の話を遮った。
彼女の置かれた状況が読めたのである。
シャーロット・ウォルデンを邪魔と判じた者がいるのだろう。
新生派と復活派は、勢力争いに伴いプロパガンダ合戦の
やがて
そのような情勢下で、女帝ウルドの出生の疑義が白日の下に晒された場合、より大きなダメージを受けるのはエヴァン率いる復活派勢力となるだろう。
ならば、消しておいた方が安全──と考える者がいても不思議ではない。
──だが、エヴァンでは無かろう。
彼本人が差配したならば、さすがに女一人を仕損じると思えなかったのだ。
──ふむん、事の仔細はロスチスラフに探らせれば良いか……。
腹の内で算段を立てたウルドは、 フェリクスの社交界はどうなっているのか、と下らぬ言葉を連ねる母を冷然と見据えた。
──
追い返すのは愚策である。
時期を見て使える駒──あるいは劇薬になり得る存在なのだ。
かといって傍に置くのも鬱陶しいと感じたし、無条件に保護するのも癪に障った。
「そういえばね、リヴィ」
娘の中で蠢く情動など意に介さず、機嫌良くシャーロットは話を続けた。
「もうすぐ、大きなパーティを開くのでしょう?」
「うむ」
世事には疎くとも、社交絡みの事柄については察しの良い女である。
「でしょう、フフ」
嬉しそうな様子のシャーロットは上目遣いで娘を見やった。
表向きはオリヴィア宮の改築が終わった事を祝う
「それでね、どんなパーティにするつもりなのかしら?」
娘の誕生会を計画するかのような口調である。
「どうと言われても──」
侍従長と女官達が仔細を決め、ウルドは抜かりがないか確認するのみである。
宴そのものには、さほどの興味が無かったのだ。
──三人娘の始末を考えるのに忙しいのでな、ククク。
ロスチスラフの娘達に己の立場というものを分からせる必要があった。
想い人の周囲を飛び回る羽虫など叩き潰して当然──というのがウルドの生き方である。
「やはり、何も考えてないのね」
シャーロットは、ウルドの表情を見て取った。
「え? うむ──まあ、特には」
「なら、私に良い考えがあるのよ、リヴィ。是非とも私に任せてくれないかしら? ほら、何もせずフェリクスでお世話になるのは申し訳ないでしょう?」
彼女の中では、当面ここで暮らす事は決定事項となっていた。
「母君の良い考えとは?」
少しばかり疑わしい面持ちで尋ねる。
「今回は様々な立場の方がいらっしゃるでしょう。だからこそ、いっそ思い切った試みを取り入れた方が交わり易くなると思うの」
そう語るシャーロットは、夢見る乙女の瞳となった。
「だからね、仮面舞踏会にしてはいかが?」