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第13話 ホワイトローズ。

 トールの知るジャンヌ・バルバストルは宇宙海賊である。


 「ブラックローズ」と名乗り、タウ・セティ星系を荒らしまわる事で有名だった。


 余りに接舷せつげん技術が優れていたため、元は軍人だったのではとされていたのだ。


 商船から軍艦まで、あらゆる艦艇が被害に遭っている。

 残虐性でも知られており、寝ない子供を寝かしつけるため、その名を使う母親もいたとかいないとか。


 だが、目の前の彼女は――、


「どうされましたか?」


 ホワイトローズのブリッジで、艦の説明をしていたジャンヌがトールに問うた。

 艦内の様子を見る事もなく、自分ばかり見ていると悟ったからであろう。


 ――ロベニカから聞いた通りのアホ領主ですわね。


「あ、すみません。少しボーっとしてしまって」


 彼は、自らの知る宇宙海賊ジャンヌ・バルバストルとの高低差に、思いを馳せていたのだ。


 ――完全にお嬢様じゃないか。


 軍服姿でありながら、溢れ出る優雅さにトールは驚いていた。

 軍服姿でありながら、溢れ出る――、


 ――巨乳――。


 この点についても、トールは感動している。

 大望でもあった、軍服姿で胸の豊かな女性に出会えたのだ。


 実に都合の良い話だが、ベルニク軍の制服は身体のラインが映えるデザインであった。さらに、女性兵士については、タイトスカートとなっている――。


 素晴らしい、とトールは思った。


 ――ロベニカさんとマリの間くらいかな。


 その事実を、トールは心の中にある大事なメモ帳に記入した。


「そうですか――では最後に――」


 ゾワリ、と背筋に寒気を一瞬感じたジャンヌだったが、さっさと視察を終わらせれば良いと判断する。


「突入艦にとって、最も大切な場所に参りましょう」

「お願いします!」


 色々とご機嫌なトールは、元気よく返事をした。


「――」


 どうにも分からない相手だと感じつつ、ジャンヌはブリッジを出る。

 ロベニカを問い質したい所だが――澄ました顏でトールの後についていた。


「お気をつけ下さい」


 急こう配の階段を下った先に格納庫がある。

 多数のパワードスーツが並んでおり、兵士たちはここで装備するのだ。


 格納庫の奥には、ひと回り小さな部屋があり、そこは壁面に多数の穴が空いている。


「ハチの巣みたいですね」

「私たちも、そう呼んでおりますわ」


 強襲突入艦は、艦前方の衝角を使い敵艦へと文字通り突貫する。

 次に、リカバリージェルによって穿った穴の隙間を埋めつつ、侵入用の空間を形成するのだ。


 侵入空間が出来た所で、パワードスーツを装着した部隊が――、


「ハチの巣から射出されます」


 格納庫から衝角までの距離は、300メートルほどある。

 迅速に敵艦内部へ辿り着き、橋頭保を確保するための構造なのだろう。


 敵艦乗船後は、帆船時代さながらの戦いとなる。


「――宇宙にまで進出して、このような戦いをするとは古代の方々も想像しなかったでしょうね」


 敵艦への移乗攻撃には、成功した場合に三つのメリットがある。


 1.敵艦を鹵獲ろかくできれば大きな戦利品となる。

 2.指揮官、乗組員を殺害、または捕虜に出来る。

 3.デブリが発生しない。


 鹵獲ろかくまたは敵兵を捕縛したければ、海賊のように乗り込むほかないのだ。


 ――ブラックローズのように。


「正規軍相手の戦闘では、さほど出番が無いのですが――」


 ――防衛戦に負け、オソロセア領邦やオリヴァー・ボルツの裏切りを知って激怒したのかもしれない。

 ――きっと、ジャンヌ・バルバストルは絶望したのだ。


「宇宙海賊を相手にする場合は、これほど有効な手段はありません」


 ――宇宙海賊に身を堕とし、タウ・セティを血で染めたのも……。


「ともあれ、非常に危険な艦艇である事は間違いありません」


 既にジャンヌの声は、トールに届いていない。


 ――やがて、救国の英雄となるエヴァン公により処刑される運命だ。

 ――なんと哀しい人生だろうか。


 ジャンヌに対する仕打ちを思い、悲しみと怒りが湧いていた。


「ですから、本艦に乗船されるのは――え――?」


 ジャンヌは驚愕した。


 ――な、なんなんですの?


「トール様」


 ロベニカも、上司の異変に気付き近付いた。


 創作という宿痾しゅくあに手を染めた人間は、フィクションや他者に対して感情移入し過ぎる傾向がある。

 あるいはそれは、因果関係が逆なのかもしれないが――。


 彼の目に浮かぶのは、溢れそうな涙だ。

 そして、何らかの決意を秘めた眼差しになっている。


 逃亡から戻って以来、呑気な顏しか見せてこなかった彼の豹変に、ロベニカも驚いている。


「絶対に――救ってみせる――」


 トールは決意した。


 ――夢から覚めたら、ボクの続編では修正するぞ。


「す、救う!?」


 ロベニカとジャンヌは勘違いをした。


 ――本当に変わったのかもしれない、トール様は……。

 ――聞いていた話とは、随分とお人柄が違いますわね……。


「そこまで――思っていらしたのね」


 領主の気まぐれなど、適当にあしらうつもりだったジャンヌは、真剣に検討しなければと思い始めていた。


「幾つか訓練は必要になりますが――」


 ジャンヌの声は、トールに届いていない。

 彼はずっと考えていたのだ。


 ――エヴァン公に処刑されたけど、復活させちゃおうっと。


 ◇


 セバスは、トールへ夜の挨拶に行こうとしたところで思いとどまる。


 ――そういえば、今夜は月にて一泊されるご予定でしたな。


 泊る必要も無い距離だが、セバスは気にならなかった。

 バスカヴィ宇宙港への逃避行より戻ってから、見違えるように働いている主人を嬉しく思っていたのだ。


 物忘れが酷いのは心配だったが、全ては女神ラムダの思し召しであろう。

 そう考えて自分を安心させたセバスは、やり残した仕事がない事を確認し自室に戻った。


 これから彼にとって至福の時間が始まるのだ。


 誰にも明かしていないが、彼は無類の読書好きである。

 ただし、好きなジャンルは娯楽小説に限られ、中でも異世界恋愛ファンタジーを好む。


 最近のお気に入りは「寝取られ執事と極悪令嬢。気付けば魔王と恋仲なので世間にざまぁします」である。

 長いタイトルと、「シンゾウ」という奇妙な著者名に惹かれ、EPRネットワークで読み耽っていた。


 ――聖剣を執事が手に入れたところでしたが、さて続きを読みましょうか。


 こうしてセバスの平和な夜は過ぎていく。

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