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第6話 強襲突入艦がいいな。

 首席秘書官ロベニカ・カールセンは苦い表情を浮かべている。


 ソフィアが所属するエクソダスMは、有名な反政府系メディアだったからだ。

 平時なら招き入れるはずもないが、緊急対応が続き担当者のミスがあったのだろう。


「貴重な質問の機会を頂き感謝致します、閣下」

「あ、いえいえ」


 軽く会釈を返すトールに、ソフィアは舌先で唇の端を舐めた。

 獲物を見付けた猟犬といったところだろうか。


「避難計画について、大変興味深く拝聴致しました。ですが――」


 音も無く手を叩いた後、少し言葉を切った。


「結局のところ軍はどうするのです?貧弱な軍隊とお認めになったばかりですけれど」


 本当に領邦を守る気があるのかという問いなのだろう。

 勿論、トールの中には一応の腹案がある。


 ――それはまだメディアでは言えないよなぁ。


 彼にしか知らぬ情報はあるが、それを公にすれば意味がなくなってしまう。


「防衛体制は立案中ですし、決まっても公開できません」

「では私から提案があります。――いっそ降伏してしまうのも一案では?」


 ソフィアとて、心底から降伏が良いとは考えてはいない。

 伝統的に続くメディア特有の「意地悪な質問」ということだ。


「降伏ですか――」


 だが、素直な男は「意地悪な質問」を真面目に考えた。


 ――降伏すると艦隊戦が見られないしなぁ。

 ――それに、異端船団は降伏なんて受入れないはずなんだよね。


 トールの知る彼らの思惑からすると、降伏されても困るのだ。

 そのため、降伏など無視をして、無差別攻撃を図る可能性すらあった。


 戦わざるを得ないようにするためだ。


「――いや、降伏はしません」

「なるほど」


 ソフィアは、ニヒリストの笑みを浮かべる。


「――時間稼ぎのためだけに死地へ赴け、そういうわけですね」


 本来ならば、質、量ともに劣勢な軍隊に出来る事など限られる。

 敵の進軍を遅らせる捨て駒にしかなり得ない。


「ご自身と家臣方々が逃げるため、と私などは邪推してしまいますが?」


 あまりにストレートな物言いだった。

 幾らメディア規制が緩いとはいえ、本来ならば専制君主相手に許されない言動だろう。


 だが、トールはこの手の物言いに対して無頓着な男である。

 彼は後に多くの優秀な人材を自陣営に迎えるが、甘言よりは、いっそ雑言に長けた家臣を近くに置いた。


「逃げるつもりはないんです」


 トールは淡々と答える。


「ただ、ご迷惑はお掛けするかもしれません」

「はい?」


 何の迷惑だろうか、とソフィアは思った。


「迎撃艦隊には同行させて頂きます。けど、素人なので迷惑かなぁと」


 ――夢だし良いとは思うんだけど……。

 ――ともかく、ボクは艦隊戦が見てみたいしね。


 昨今の領主としては珍しく、トール・ベルニクは軍務経験が無い。

 若くして領地を引き継いだという経緯もあろうが、あまりに軍との関係性が希薄であった。


「な――!?」


 予想もしない返答に、ソフィアも二の句が継げなくなってしまう。


 現時点におけるトールの評価は、メディアそして領民からも芳しくない。

 放蕩ぶりは有名であったし、長らく続く経済的苦境は、領主と家臣団の無為無策の結果なのだ。


 そんな男が、この期に及んで大敗する可能性もある迎撃戦に出向く?

 にわかには信じ難い話である。


「き、旗艦に乗艦されると?」

「そうですね――」


 答えつつトールは考えた。


 巨乳戦記における艦隊戦は、いわゆる三兵戦術である。

 歩兵、騎兵、砲兵という役割分担で戦闘行為が行われるのだ。


 戦闘艇 ≒ 歩兵

 駆逐艦 ≒ 騎兵

 戦艦  ≒ 砲兵


 大雑把に言えば上記のような対応となる。

 超長距離兵器の無効化と、宇宙空間において航空支援、塹壕といった概念が失われた結果である。


 とはいっても、何れの艦種であれ、荷電粒子砲などの遠距離攻撃が主体であった。

 そんな中で異彩を放つ艦種といえば――、


「ボクの希望は、強襲突入艦ですね」


 強襲突入艦とは、敵艦に接舷せつげんし揚陸部隊を突入させるための艦艇である。

 主に海賊討伐で活躍する艦艇であり、海賊艦などと揶揄されていた。


 当然ながら領主が乗艦するような艦種ではない。


 ざわつき始めた会見場で――、


「と、とりあえず、本日の会見は以上とさせて頂きますッ!」


 ロベニカが取りなす様に宣言し、本日は終了となった。


 だが――、


 トールとしては、思惑があって強襲突入艦を選んだのである。


 帝国の、不名誉ではあるが正直な記録によれば、グノーシス異端船団国との会戦において勝利した実績が無い。


 彼らは未知の航路から現れ、帝国領土で略奪行為を働いた後、速やかに星間空間へと戻って行く。

 たまたま会敵した場合でも、彼らの一糸乱れぬ艦隊運用の前に、為す術も無く苦杯をめてきた。


 EPR通信という超高速通信を持たない彼らが、帝国側を凌駕する艦隊運用を行える理由は不明である。


 ――だけど、巨乳戦記には、彼らの弱点が旗艦にあるって書いてあったんだよね。

 ――ラッキーパンチで旗艦を大破させた途端に、残艦の運動が停滞するっていうエピソードがあった。

 ――その理由は書かれて無かったんだけど……。


 だからこそ、強襲突入艦による、旗艦への乾坤一擲けんこんいってきの攻撃を選んだのだ。

 どのみち領邦の現有戦力では、真っ当な艦隊戦になると火力で負ける。


 この判断が、後に意外な結果をもたらすとは、この時点で誰も想像し得なかった。

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