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第5話 嘘は言わない。

 トールは焦っていた。

 これほどの数の人間を前に、話した事など無かったからだ。


 多数のメディア関係者が集まり、手厳しい質問をしようと待ち構えている。


 ――専制君主制なのに、なぜかメディアが元気なんだよね。

 ――いや、ボクの夢だからかな?


 補足しておくと、オビタル帝国は、女帝の正統性と女神ラムダを侵さぬ限りは報道の自由を認めていた。

 帝国に臣従する各領邦も、それに準じているわけである。


「お集まり頂きありがとうございます。ご承知の通り事態は急を要するため、持ち時間厳守でお願い致します」


 司会進行はロベニカが勤めるようだ。

 首席秘書官の役目なのか、人材不足なのかトールには判断が付かなかった。


「まずは、トール・ベルニク閣下のお言葉から頂戴します」

「ぼ、ボクから?」


 救いを求めるようにロベニカへと視線を送った。

 当然ながら手を差し伸べる訳もなく、ようやくトールも腹を決める。


「何を話せば――あ、いやいや、誰かが書いてくれた原稿があったな。じゃあ、読みますね」


 ロベニカは頭を抱え呻いた。

 集まったメディア関係者からは失笑が漏れている。


「ええと――蛮族グノーシス異端船団侵攻の報告あれど、勇猛なる領邦軍にてこれを迎え撃つ。正義と女神ラムダの加護は我らに在る。よって無辜なる我が民は安寧に過ごすべ――」


 ここで、トールは口を閉じ難しい表情を浮かべる。

 何度か首をひねった後、手元に落としていた目を上げ前を向いた。


「原稿に幾つか間違いがあるようです」


 この時の彼は、映像で見た少年と母を思い出していたのかもしれない。

 美辞麗句と精神論では救えない民衆がいることを。


「残念ながら、ボクたちの軍隊は――」


 トールが哀し気な表情を浮かべる。


「――貧弱です」


 先ほどまで僅かに騒めいていた会見場は、完全に静まり返った。

 いったい、この男はこれから何を話すつもりなのか?


 集まったメディア関係者だけでなく、リアルタイム視聴している多くの人間が共通して抱いた疑問だったろう。


 この映像は、EPRネットワークにブロードキャストされ、銀河に拡がる帝国全土で視聴可能なのだ。

 先史文明の遺したEPR通信により構築されたEPRネットワークは、超光速な帝国の基幹ネットワークである。


「まあ、太陽系のモブ領主――いや、つまりはボクのせいなんですけどね」


 領主としての務めを果たさず、怠惰に過ごした日々。

 専制君主制において、君主の無能は国家の死を意味する。


 女帝が無能であれば帝国は死に、各領邦の領主が無能であれば領邦は死ぬ。


「だから、甘い見通しは話せません」


 トールの知る物語では、実際に敗北しているのだ。


 諸般の事情によって、最も近いオソロセア領邦の援軍も期待出来ない。

 女帝旗下にある艦隊とて、辺境の太陽系へとなれば編成準備を含め二カ月程度は掛かるだろう。


 ベルニク領邦が、単独で戦うほか無いのだ。


「とはいえ、敵が到着するまで、もう少しだけ猶予があります」


 正確には一ヵ月後となるが、それを明かす事は出来ない。


 侵攻する日と、侵攻経路を知っている事が、トールにとって数少ないアドバンテージなのだ。

 敵がこれを変更すれば、そこで詰みになってしまう。


「避難計画の策定と、防衛体制の立案中です」


 とは言ったものの、全員が納得できる避難計画は困難だろう。

 たった一ヵ月で、他星系への大規模な領民移動など不可能に思えた。


 ――だから、何とか防衛するしかないよね。


「皆さんは、もう少し家でゆっくりしてて下さい」


 お願いするだけで、統制が取れるとはさすがのトールも考えていない。

 トール・ベルニク子爵は、誰からも信用されていない領主なのだ。


「というわけで、ただ今より、全ての旅客宇宙船の発着を禁止します」


 ――専制主義なんだし、こんな無茶も通るよね?


 いきなりの命令で大丈夫なのかとも考えたが、宇宙港の混乱をまずは治めたかった。


 ――あれじゃ、グノーシス異端船団が来る前に死人が出るよ。


「避難計画の策定が終わるまで、家で待っててね――ということです」


 トールとしては、必要な事は話したつもりだ。

 だが、当然ながら聞いている側としては、まったく十分ではない。


「トール様――メディアからの質問を受けて宜しいでしょうか?」


 複雑な表情でロベニカが尋ねた。

 トールの背後に助け船を出せる官僚達が控えているとはいえ、一抹の不安があったのだろう。


「え、質問?別にいいですけど――あるのかなぁ――うわ」


 室内にいる全員が手を挙げていた。


「サンズベア通信社ですが、避難計画の策定時期を――」

「帝都からの援軍はいつ頃――」

「戒厳令の発令は――」

「いや、それよりオソロセアに援軍を頼むべき――」


 いずれの質問にも分かる範囲で答えはした。


 とはいえ、この時点の彼は国内事情にさほど明るくない上、官僚達に頼る事を一切しなかった。


 結果として覚束ない回答が多々あり、領民の安心材料となり得たかは疑問が残る。


 ――嘘は言わない、という印象は与えたわね……。


 最高の結果ではないが、最低でもないというのがロベニカの最終的な評価となった。

 正直な印象を与えた価値は、今後に活きてくるだろう。


 こうして、各メディアの質問が一巡し終えたところで、ひとりの女性が手を挙げる。


「エクソダスMのソフィアです」


 ――なんだかムチムチした女性だぞ!


 嘘を言わないトールの表情に、その思いが出たのだろうか。


 ソフィアは嫣然と微笑み、頭を下げた。

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