目が覚めたら、見知らぬ白い天井だった。
「ここ、何処だっけ?」
「鮎川さん、おはようございます」
「はい」
なにやら、周りを見ると個室の病室に自分はいたようだった。
「すいません」
看護師さんが入ってきたので、何故自分が入院しているのかきになったので聞いてみることにした。
「はい?」
「あの、僕ってなんで入院しているんですか?」
「覚えてないですか?」
「はい、すいません」
なんだか申し訳なくなってきたがどうしても気になった。
「鮎川さんは、脳卒中と心筋梗塞一方手前で手術する為に入院しているんですよ」
「二つも?」
「はい」
なんだか、昨日までの記憶やどういう経緯があったのかが分からない、なんで此処にいるのかは分かっても記憶がないことが怖く感じた。
「先生呼んでくるのでちょっと待ってください」
「はい」
颯爽と病室を出ていき、先生を呼びに行った。
なんだか太祖れたことになってしまったなと思いながらもなぜ、自分が入院した理由を思い出せないのかを先生が来るのを待つことにした。
程なくして、白衣を着た爽やかで若めな先生が病室に入ってきた
「鮎川さん、ちょっとライト見てください。眩しいけど我慢してね」
「はい」
眩しいなと思いつつ、何事かと先生が深いため息をついた。
「病状が進行していますね」
「病気?」
「はい、自分の名前言えますか?」
「えっと鮎川、なんだっけ?」
鮎川と言う苗字は看護師さんが僕に話しかけていたので分かってはいたがそれ以外は何も覚えていなかった。
「鮎川さんのお名前は鮎川翔と言う名前です」
翔、全くしっくりこなかった。
「他になにか覚えていることはないですか?」
少し何から覚えていないかと考えてこむが何も思い出せなかった。
「何も思い出せません」
「そうか、じゃあ家族のことも?」
家族自分の名前も覚えてないのに、自分の親がどんな顔をしているのか何人家族なのかも覚えていない
「すいません、名前も顔も分からないです」
「そっか、とりあえず自己紹介するね、僕は鮎川君の主治医をしています。原川雄一です」
「原川先生」
「とりあえず、病気の説明しますね」
「お願いします」
「鮎川君は此処に動脈硬化で倒れて入院して心筋梗塞の恐れがあると言う事で手術する為に入院したんだ、それから詳しい検査をしたら脳の萎縮によって脳卒中も併発してその影響で若年性認知症が発覚したんだ」
「三つの病気を持っていたんですね」
「そうだね、若年性認知症は進行が進んでいて脳卒中の手術の際に記憶を司る、神経に触れてしまいそれで記憶をなくなってしまったんだ」
「神経に触れて」
「この度は手術が成功せず本当に申し訳ございませんでした」
「先生が謝らなくても、若年性認知症によって記憶はなくなることに変わりはないですよね?」
「それはそうですが」
「若年性認知症はどのくらい進行しているんですか?」
「現在はそこまで深刻ではないけれど、この先、鮎川君は昨日のことも思い出せなくなる」
一気に先生や看護師さんの顔が曇る。
「そうですか」
「家族には私から症状について説明するけど、家族と面会する?」
「少し怖いです」
「そっか、じゃあそれも伝えておくね。もし心の整理がついたら教えてね」
「分かりました」
家族と雖も何も覚えてない、冷たいと思われてしまうかもしれないが今の自分にとっては他人と同じなんだ。
それなればいきなり会うのは怖いと感じてしまうのは、当然だろう。
原川先生は病室を出ていったが看護師さんは病室にとどまった。
ベットの隣の机にはスマホが置いてあった
スマホを確認するとパスワードを入れなくても、Face idで簡単に開いた。
一番にパソコンのパスワードが表示された、その下には記憶がなくなったらパソコンを見るようにと書いてあった。
「あの?」
「はい?」
「パソコンには何が書いてあるのでしょうか?」
看護師さんは自分の仕事をしながら答えてくれた。
「自分が記憶をなくなることが分かった日にね、鮎川君が過去の自分のことを詳しく書いているから見るようにって言っていたよ」
それから僕はパソコンを直ぐに開いて中を確認した。
そこには自分の過去が書いてあった。
「すいません!!」
「ちょっと結花ちゃん!!」
外から大声で話がしているのが聞こえた
「一言で良いんです、話をさせてください!!」
「今起きたばかりだからだめだよ」
「あの?」
「どうしたの?」
「外にいる人と話をさせてもらえませんか?」
看護師さんに結花ちゃんと呼ばれた人を中に入れるように促した
「大丈夫?」
「はい、混乱はしていますけどそれでもなんだか今会わないといけない気がして」
「分かった」
看護師さんは病室を出て外の騒いでいる人達に話に行った。
僕が結花ちゃんと呼ばれていた人に会わないと、と思った理由はパソコンの最初の行に書いてあったからだった。
『結花ちゃんと言う人は僕がどうなっても会いに来てくれるから、必ず何よりも先に会うように。それからできれば結ちゃんと呼んで上げてください。』
暫く、時間が経って。車椅子に乗った女の子が病室に入ってきた。
「結ちゃん、久しぶり?なのかな?」
「私のこと覚えているわけないよね」
女の子の顔が分かりやすく落ち込んだ、よく見てみると顔はとても可愛らしくそんな可愛らしい女の子と何処で知り合い、そしてなんで僕の為に会いに来てくれたのだろうか。
なによりこんなか弱く可愛らしい女の子に、こんな顔をさせてしまうことにとても心が傷んだ。
でもなんでこんな感情になるのか理解ができずに困ってしまう。
「ごめんね、覚えてないんだ」
「でも、結ちゃんって呼んでくれた」
「パソコンに結ちゃんについて書いてあっただけだけど」
「それでもいいの、私のことを結ちゃんって呼んでくれただけでそれでいいの」
名前を呼んだだけなのに何が、そんなに嬉しいんだろうと思ってしまったが、これ以上言うと結ちゃんを傷つけてしまうと思ったのでそれは言わないようにした。
「先生に数分だけって言われているからもう行くね」
「うん」
「また、来ても良い?」
「勿論、待っているね」
車椅子を動かしながら振り返り小声で一言言ったのを僕は聞き逃さなかった。
「今度は私が来る番になっちゃった」
「え?」
「なんでもない」
振り返りながら病室を出ていく結ちゃんの背中は、とても小さく少しだけ震えていた。
それから、僕はパソコンに書いてあることを見る毎日だった。
それは、長く、三日間見続けてやっと見終わるものだった。
以前の自分は、結構ネガティブで後ろ向きな性格をしていたらしい。
それに、過去いじめなどの経歴があることも名指しで書かれていた
『でも辛く、消えたくなって、死にたくなるくらい悲しい記憶でも、無くなってしまうと分かった途端に凄く忘れたくないと思ってしまうのは何故なのか。』
多分辛い記憶でも忘れてしまえば今まで自分が居なくなってしまうからなのかもしれない』
この様に書かれていたが、それも今では何も思い出せないしこの文面を見て名前を見ても、顔が思い出せないし辛さも何も感じないことがとても苦しくてなったのでパソコンを閉じた。
未だに病室の外には出られない。
スマホでSNSなども一切インストールされてないので、ネットニュースでしか世間で起きていることが分からないので退屈で仕方ないのだがそんな中、毎日数分間だけ結ちゃんが病室に来てくれた。
「翔君は昨日の何やったの?」
この様に毎日の経過を聞かれる。
本音は以前の自分について人からどう思われていたのかを聞きたいのに、それは話してくれない。
僕の記憶の混乱を避ける為に配慮したことなのかとか考えたけど、やはり過去の自分のことが知りたい。
記憶がなくなることは存在がなくなることと同義と課程していたし、記憶がないと言うのはなにか気持ち悪いので思い切って聞いてみることにした。
「ねえ?」
「なに?」
「記憶が無くなる前の僕について教えてください」
「それは先生に止められているから」
「原川先生には僕から言っとくから明日また来た時に教えてよ」
「分かった」
それから、原川先生に話をして許可を貰った。
翌日
「翔、来たよ」
「元気だね」
「病人だけど元気が一番!!」
「そうだね」
結花ちゃんといるとなんだか自然と元気になれるのは何故だろう
「それじゃあ、僕のことを教えてよ」
「でも数分じゃ話せないよ」
「時間は気にしなくていいって言われているから」
事前に結花ちゃんとどの様に出会って、関係性を築いてきたのかを知りたいと思った。
「じゃあ、話すね」
「うん」
一ヵ月前
僕は、動脈硬化で道端に倒れ救急車で運ばれた。
二十二歳で売れない小説家としてバイトをしながら、休みの日はパソコンで執筆しながら出版社から声がかかれば書くし、ネットでも投稿しているのでバイトがない日も家に一日中籠ることが殆どだった。
でも、周りは結婚して子供もいてそうでなくても彼女がいてインスタグラムには幸せアピールが散々としているクリスマスに僕は、バイト帰り原宿でイルミネーションで彩られ男女が交錯している中、妬みながら急に心臓が痛くなり立っていられなくなってそのまま意識が遠のいていくなか彼女がいない歴=年齢が唯一の心残りで目の前が真っ暗になった。
次に目が覚めると一転して目の前は真っ白だった。
「此処は?病院?」
「鮎川さん、大丈夫ですか?」
「はい、えっとなんで病院に?」
「先生呼んできますのでそのままで」
看護師さんは病室を出て先生を呼びに行った。
確か、心臓が痛くなったなとか色々自分で整理していると白衣をきた爽やかで若めな先生が入ってきた。
「鮎川さん、自分の名前言えますか?」
「鮎川翔です」
「では、生年月日と倒れた場所は?」
「2002年2月25日で確か、原宿だったと思います」
「うん、あっている」
そうして僕の目にライトを当てていたが、素人ではそれがどういう意味を成しているのか分からなかった。
「えっと僕はなんで病院に?」
「動脈硬化で倒れたんだよ」
「動脈硬化」
「これは様々な病気の恐れがあるからこれから、検査をしないとだめだから暫く入院だよ」
「急ですね」
「結構、重症だからね」
「仕事とかあると思うけど休んでね」
「はい」
ここは大人しくバイト先に連絡して休ませてもらうことにした。
程なくして家族が病室に来て面会に来た。
「貴方、一人暮らなんだから外で倒れて良かったね」
母さんが、一人で来て早速嫌味を言われたが不幸中の幸いと言うかそれは良かった。
「そうだね、亮は元気?」
「皆元気よ」
「そっか」
「あんたが小説家になるって言って家を出てからもう二年になるね」
僕の実家は父さんが大企業の社長で、弟の亮は会社を継ぐ為に大学に行きながら働いている。
僕とは出来が違うので昔から勉強もスポーツ出来て、挙句の果てにはルックスも良く彼女をとっかえひっかえしていたので親の前以外では素行はとても悪かった。
そんな亮と比較されて揶揄された。
「頼むからお前は、亮の邪魔だけはするな」
これが父の口癖で高校を卒業して小説家になりたいと思い、中学の時から父が所有しているマンションで生活していて、高校生でバイトしながらもう一人で生活出来るようになって幼少期は小説にはまり、中学生で小説を書き始めて高校在学中に賞に上手く入ってしまい、小説を出せるようになってそれから僕は小説にのめり込むようになって、それからバイトで生活費を賄いながら苦しい生活が待っているのも知らずに勘違いでこれでやっていくと断言して父のマンションから出ることを決意して、何年ぶりかも分からないくらい帰ってない実家に顔を出して両親に意思を伝えた時には母さんは尊重してくれたが、亮は鼻で笑い、父は口癖である。
「亮の邪魔しないなら好きにしろ」
これが父との最後の会話で結果は小説は暫く出してないし、賞にも入れない現状では二十二で彼女もいないバイトしながら家賃七万のアパートで暮らしている。
これは誰が言おうと失敗している売れない作家の現状だった。
でも自分は好きなことをやっているし嫌いな父の力を借りずに、生きているのでそれだけで満足していた。
「あの時に賞になんて取らずに、お父さんの会社で働いていれば嫁さんが家にいて家でも倒れることが遭っても大丈夫だったのに」
「それはそれで顔も見たくない父親の顔色を窺わなくちゃいけないじゃん」
「父親のことが嫌いなのは変わらないのね」
「当たり前だよ」
「あの人も今は、少し変わっているよ」
「今は変わっても過去は消えない」
「そうね、でも今回の入院費とかはこっちでやっとくからさ、ゆっくり過ごしてね」
「入院費くらい自分で何とかするよ」
「いいから、それにあの人が自分の意見を曲げないのも分かるでしょう」
確かに父親は一度決めたことは曲げない性格だしここは世話になるのも悪くはないと思えた。
「分かった」
「じゃあ私は行くから何かあれば連絡して」
「うん」
母は病室を出ていった。
やはり、何処まで行っても父からは逃れられないのか、そんな考えで頭がいっぱいになりながらパソコンを開く。
それから、執筆は全く集中出来ずにただ検査をする毎日だった。
執筆とは裏腹に検査はスムーズに進んでいく、そして衝撃の事実が明らかになった。
「鮎川さん、全ての検査が終わたので結果をお伝えしますね」
「よろしくお願いします」
「鮎川さんの病気は動脈硬化によって、心筋梗塞と脳卒中が起きる可能性があるのと脳の萎縮が見られ若年性認知症になる可能性が高いです」
「三つも」
「はい、心筋梗塞と脳卒中は手術をしないと危険な状態です」
まさか、手術をしないといけない状態まで進行しているとなんて。
今まで僕は風邪を引くらいだったので、重い病気を患ったことはないので大丈夫だと思っていた自分が甘かった。
「それは治らないんですか?」
「若年性認知症に関しましては、直すことができない病気の一つとされ、薬で進行を食い止めるしかないのでそれはもうどうしようもないです」
ショックだった、でももう起こってしまったものはしょうがない、後二つの病気を何とかしないといけない。
「心筋梗塞と脳卒中は手術を受けないと死ぬ所まできていますか?」
「はい」
こんなにも聞きたくない、はい。は今まであっただろうか
「じゃあ手術を受けます」
「じゃあ、手術の説明をしますね、MRI画像で見る限り海馬の萎縮が進行していて、今回の場合この部分は記憶を司る重要な場所なんだ。 そして手術では脳の海馬付近にアプローチする必要あり。
非常に繊細な部分なので、記憶や感情の処理に影響が出るかもしれません。リスクとしては記憶の断片的な消失、あるいは記憶の完全な喪失が考えられます。」
「記憶がなくなる?」
「はい、あくまでも可能性ですが」
可能性と言えど、完全に記憶が消えると言う事は自分がそこに存在していたと言う証明ができなくなってしまうようで途轍もない恐怖感に襲われた。
原川先生から今の状態を知らされてから数日。
直ぐに家族に連絡が行き、手術費はとてもじゃないけど自分では払えないと言う事で頼りたくはなかったがしょうがなかった。
どうしようもない虚無感に襲われている時に、病室に看護師さんが来て診察室に来てほしいと言われ診察室に向かった。
「鮎川君、ごめんね来てもらって」
「いえ」
「来てもらったのは、手術までの間とその後まで鮎川君の心のケアをする事になった後藤です」
「メンタルケアって事ですか?」
「そうだね」
「不安はありますけどそこまでしてもらわなくても」
「勿論、手術の不安は少しでも取り除けるようにするけど鮎川君の過去に問題があったりすればそれも解決出来るようにする事も出来るよ」
記憶がなくなる事はほぼ確定しているのにそれでも解決するべきなのか。でも自分の中からなくなっても過去は消えないしここですっきりできればいいかもしれない。
「記憶がなくなっても心に残っている事はありますか?」
「現実的な話をすれば可能性はある、ただ君の場合アルツハイマー型認知症だからそれを維持できるかは分からない」
余りにも残酷な現実だった、僕はもし手術が上手くいっても記憶の維持ができない、そんな絶望が僕を襲った。
「鮎川君、ちょっといい?」
その後、後藤先生と暫く過去の話をして僕は病室に戻ってこれからどうしようかと考え込んでいた所に原川先生が病室に来た。
「なんですか?」
「ちょっと散歩しない?」
こんな時に散歩だんなんてとも思ったが、それでも自分の中でもなにか気分転換になると思い承諾した。
「どう?率直に病気について聞いた感想は?」
「どうも何も衝撃的ですよ」
「だよね」
ちょっと他人事だと思って楽観的過ぎないかと思ったが、そのくらいが丁度いいのかもしれない。
病院の庭のベンチに座って一息つく。
「どうしても避けられないものだから、あんまり気に病ないでね」
「そうですね」
「ちょっと飲み物買ってくるよ、何が良い?」
「じゃあ珈琲で」
「分かった」
椅子に座って暫く考え込んで、やはり家族に伝えるべきか否かを考えていた。
母には言っても良いが、父に話しても何とも言われないだろうし、亮も同じだろう。
こんな家に生まれたのを悔やむ、病気のことを素直に話せないなんておかしいが家はそう言う家庭だと今までは理解してはきたが、今回ばかりはとても悩む。
そんな考え事をしていると、ふと隣から優しく若い女の子の声がした。
「あの?」
「翔さんですか?」
いきなり知らない人に声をかけられて、驚きで固まってしまった。
「すいません急に声かけてしまって」
「いえ、なんで僕のことを知っているんですか?」
「小説を読んでいて、それで...」
女の子は少し恥ずかしそうに言葉を続ける
「その、ファンです!!」
「ファン?」
「はい!!」
今まで自分にファンなんて付いているなんて思わなかったし、ネットで小説を投稿してもコメントなんてあんまり来ないし、それに書籍化できて浮かれてネットで検索しても感想を書いてくれる人なんていなかったので今何がおきているか理解できなかった。
そんな中、女の子は小声で、何かおかしかったかな?練習したんだけど。とそんな事を小声で言っていたので直ぐに頭の中から現実に戻る。
「えっと、なんて言えばいいのか分からないけど、ありがとう」
「ありがとうなんて、こっちが言いたいです」
「そっか、今まで自分はファンとか居ないと思っていたからびっくりしたよ」
「そうなんですか?」
「うん、あんまり評価されてきてなかったし」
「でも、いるじゃないですか」
「そうだね」
「隣、居てもいいですか?」
「うん」
女の子は車椅子で僕の座っている椅子の隣まで来た。
「そう言えば、翔先生はお見舞いとかですか?」
「翔でいいよ、それにため口でいいし
「いくつなんですか?」
「二十二だよ」
「めちゃくちゃ先輩ですね」
「君は?」
「結花です」
「え?」
「翔って呼んでいいなら、私も結花って呼んでください」
「結花ちゃんはいくつなの?」
「十八です」
「じゃあ高校生?」
「はい、JKです」
女子高生が俺の小説を読んでくれているなんて以外だった。
「なんで、俺なんかのマイナー作家読んでくれたの?」
「最初は表紙の絵が気になって、面白いって思ってそれからネットで小説を投稿しているのを知ってそれで今までの小説全部、読んでいます」
なんだか今まで自分では、ただ苦しい時間を過ごしていたし否定が多い人生だったが、それを全て肯定してくれる事がこんなにも嬉しくて報われたかのように感じた。
「なんかありがとう」
「なんか一方的でごめんなさい」
「いや、嬉しいよ」
「恥ずかしいですね」
「そっか」
「そうだ、サイン書いてください!!」
「いいよ、サインなんて書いたことないけど」
「じゃあ初サインですね」
「そうなるね」
それから僕と不思議な女子高生、結花ちゃんの話は数分続いてお別れする事になった。
「あの?」
「ん?」
「また会えますか?」
「勿論、また明日此処で待っているね」
「はい!!」
結花ちゃんは元気に返事をして、車椅子で看護師さんと一緒に病院の中に向かって行った。
「なんだか楽しそうだったね」
「そうですか?」
原川先生がいつの間にか隣に来ていた
「春が来たって感じ、じゃない?」
「勘弁してください、手出したら犯罪ですよ」
「そうかな?」
「流石にこの年齢になって女子高生に手は出さないですよ」
「年下より年上好きってことかな?」
「そう言う訳ではないですけど」
「恋愛に年齢は関係ないと思うけどな」
「仲人はやめてくださいよ」
ははっと笑って原川先生は缶コーヒーを僕に渡した。
そうして、一日また一日と病院の庭のベンチに座って話すことが日課になった。
「もう冬だね」
「そうだね」
話していくうちにだんだんと敬語も無くなりすっかり、一緒にいて気が楽にる仲になった。
「これからは病室で話さない?」
「いいけど」
「よし、そうと決まれば中入ろう。寒いし」
「そうだね」
病院の中は暖房が効いていてとても暖かかった。
結花ちゃんの部屋は個室でまるで自分の部屋かのように私物で溢れていた。
「あんまり女の子の部屋をじろじろ見ないで」
「ごめん」
僕は彼女どころか異性の友達もいなかったので、なんだか新鮮な気持ちだったがそれが失礼だと思ったし気遣いが足らず、こういう所が恋人ができない理由なのではとも思ってしまった。
「まあ、別にいいけど」
「最近は書いてないの?」
「何を?」
「小説」
「入院してからは書いてないな」
「書いてよ」
書くにしても自分の状態からして、書く気になれなかった。
それを悟ったのか結花ちゃんが病気について聞いてきた。
「翔はなんで入院しているの?」
「脳卒中と心筋梗塞一本手前で、脳の萎縮によって若年性認知症、アルツハイマー型になったんだ」
「三つもあるんだ」
「そうなるね、結花ちゃんは?」
「私は心臓が悪くて、小さい頃から此処で入院しているんだ」
「じゃあ、学校とかも?」
「うん、殆ど行ったことない」
直近での起きた僕にとっての絶望を、違いがあれどこの子は長く病気と言う絶望と向き合ってきたのかと感心してした。
「凄いね」
「何が?」
「そんな長い時間病気と向き合ってきたんでしょ?」
「まあ、もう慣れっこだよ」
「慣れか」
「うん、そんな事をより書いてよ」
「小説?」
「うん」
「でもさ、記憶がなくなってもそれが好きになるとは限らないじゃん」
結花ちゃんは僕の本音を、静かに聞いてくれた。
「それに、僕は書きたいものが変わってしまうのが嫌なんだ」
「じゃあさ、全部込みで書いてみれば?」
「込みで?」
「うん、もし記憶がなくなって自分が変わってもそれは翔が書いたものの訳だから変わりないよ。もしそれで変わったから読まないって人がいてもそれはその時考えたらいいじゃん」
こんな事考えたこともなかった、確かに変わってしまってもそれはどうしようもないことだし、もし人格が変わって書きたいもの書けるものが変わっても、それは書いた本人は本人なわけだから違う人間が書いたと言う訳ではないのかもしれない。
「じゃあ書いてみるよ」
「楽しみにしているよ」
それから、結花ちゃんの病室でパソコンを持ち込んで小説を書いて過ごす日々が続いた。
その際結花ちゃんは何もしない事もあれば小説、漫画読んだり。お互いの時間を過ごす事がありその空間が幸せだった。
それが何よりも大切な時間になって行った気がして自分としてはこのまま何事もなく、この時間が続いて欲しいと願ってしまう。
ある日、結花ちゃんの病室に行ったら先客がいた。
「お邪魔します」
「もしかして鮎川さんですか?」
「そうですけど、お邪魔なら行きますね」
「待って、今日は友達紹介したかったの」
「紹介?」
「初めまして、河南永華です。結花とは中学生の時からです!!」
河南さんは結花とは違って大人びた、印象だったが意外と人懐っこくどっちかと言えばギャル系だった。
「初めまして鮎川翔です」
「噂は結から聞いていますよ」
「ちょっとやめてよ」
結花ちゃんは恥ずかしそうに河南さんと楽しそうに話をしていた。
「ちょっと飲み物買ってくるね」
「私も行きます」
大丈夫だと言おうとしたが、三つも飲み物を持つのは大変かと思いついてもらいにきてもらった。
「結とはどうなんですか?」
「どうって?」
「いや、結花は学校に行けない事が多かったから異性の友達とかいないからそう言う話新鮮だよ」
河南さんと結花ちゃんの関係性はまだ分からないけど、距離は近いし友達と言うより親友に近い感じだった。
「結花ちゃんとは仲良いんだね」
「そうですね」
「どうやって結花ちゃんと会ったの?」
自動販売機の前でジュースを選びながら会話をする
「此処に風邪拗らせた時に一度だけ会った顔がいたから、話しかけたらそれが結だったんです」
「そうなんだ」
「はい、所で結の事どう思っているんですか?」
「どうって?」
「恋愛って意味で」
「そう言う事か」
「それ以外にあります?」
深いため息をついて、気づかないでいた、いや、思わないようにしていた事実を確認する。
「まあ、好きではあるよ」
「伝えないんですか?」
「伝える気はないよ」
「なんで?」
「だって、そもそも結花ちゃんが僕のことを好きな事も分からないし、もし僕のことを好きでくれても彼氏が記憶がなくなって覚えていられないなんて嫌でしょ?」
河南さんは、呆れた様子で言葉を続ける
「結がどう思っているかより、そもそも恋愛の間に壁を作っているのが彼女ができなかった原因だと思うけど」
「厳しいね」
「まあ、友達なんで」
友達としては当たり前の行動と言葉で呆然と立ち尽くしてしまった。
だがもう直ぐに結花ちゃんの病室まで近づいている所で、河南さんがラインを聞いてきた
「ライン交換しませんか?」
「いいけど」
「はい、駄目!!」
急にダメ出しされて驚いてしまったが理由はごもっともだった。
「女の子にライン聞かれても交換したらだめですよ」
「なんで?」
「結ともし付き合うなら当たり前です、でも結の事教えてあげるのでこれはノーカンで」
「勉強になります」
「二人で何話していたの?」
「いや、別に」
「なんか怪しい」
「もう、結は嫉妬深いね」
「そう言うのじゃないから」
この二人には、とてもじゃないけど入り切れない空気がある
次の日、僕は変わらずに結花ちゃんの病室に来ていた
「相変わらず、パソコンと睨めっこだね」
「中々上手くいかないんだよ」
僕はネットで投稿する小説を書いているが、これが中々いいように行かない。
「何処で迷っているの?」
「えっと、主人公が女の子に気持ちを伝える描写がどう書けばいいのか分からなくて」
「つまり、告白って事?」
「そうだね」
「ストレートに伝えるのではだめなの?」
「うん、最悪それでもいいけど何かインパクトが欲しいかな」
「告白にインパクトとか要らなくない?」
「そうかな?」
「そうだよ、翔は考えすぎ」
実際、僕は、告白とかしたことがないので恋愛については何も分からないままだった。
「でもさ、女の子はロマンチック気味なものが好きでしょ?」
「全員がそうとも限らないよ」
「そうなんだ。結花ちゃんはどうなの?」
「私は、そこまでロマンチックじゃなくても気持ちが伝われればそれでいいかな」
「気持ちか」
考えてみたら今まで自分の本心を、人に伝えた事はなかった気がする。
家族との関係は冷え切っているし、友達ともふざけあって本心を打ち明けた事はなかった。
だから今、凄く後悔している。
こんな大事な事なら経験していた方が良かったのに。
「ねえ?」
「うん?」
「外行かない?」
「今?」
「うん」
「でも、先生に話をしないと」
「大丈夫だよ、いつも散歩に出かける時間だから」
「そっか」
僕は結花ちゃんを車椅子に乗せて、後ろから取っ手を持ち押す。
外に出ると冬の寒さが体を襲った。
「寒いね」
「もう春が近づいているのに」
「この季節は寒暖差あるからね」
結花ちゃんはいつもより嬉しそうに見えた。
「なんか嬉しい事あった?」
「なんで?」
「いや、機嫌がいいなと思って」
「そうかな」
「うん」
ベンチまで移動して、椅子に座る。
「なんか久々に来たから楽しい」
「それなら良かったよ」
「あのさ?」
「なに?」
「私の事...」
此処で次何を言うのかを分からずにドキドキしてしまう
「名前で呼んで」
「え?」
「だからちゃん付けじゃなくて」
「それはいいけど」
思わずため息をついてしまう。
「なんでため息?」
「なんでもないよ」
少し浮かれていたのかもしれない、理想が砕けた気がして落ち込んでいるところに手で結花ちゃんが叩いてきた
「なに?」
「ほら、呼んで」
「結花?」
「なんかありきたりだな」
「じゃあどうすればいいのよ」
「なんか考えて」
「じゃあ結」
「うん、それで良いよ」
「ご満足いただけたなら、良かったよ」
「翔?」
声がする方へと向くと懐かしい顔がいた
「響?」
「そうそう!!」
「久しぶりじゃん!!」
「高校生以来か?」
「うん、多分四年ぶりかな」
「懐かしいな」
「翔、この人は?」
隣で置いてきぼりを食らっている結がポカンとしていた。
「結、この人は高田響。高校の同級生だよ」
「初めまして」
「初めまして、所でこんな可愛らしい子何処で会ったんだ?」
「病院で偶々」
「病院でね」
響きはニコニコして楽しそうだった。
「なあ?」
「何?」
「どういう関係性なの?」
「友達だよ」
「本当か?」
「本当だよ」
「その割には随分と楽しそうにしていたけど」
「見ていたのか?」
「いや、翔かどうか確認していただけだよ」
「良い趣味しているな」
「ありがとう、じゃあ俺ここいらで行くわ」
「おう」
「じゃあ君とはまた会おうね」
そう言うと響きは去っていった、ついでに結を口説いていきやがった。
響きはああやって何度も、女の子を口説いてとっかえひっかえしていたのを思い出して思わず笑ってしまった。
「なんか翔の方が楽しそうじゃん」
「そうかな?」
「うん、楽しそう」
「どうだった?」
「何が?」
「響は」
「ん-、ちょっとちゃらそう」
「そうだね、でも人は良いから」
「そうなんだ」
「冷えるから中戻ろうか」
「うん」
此処まで何度も車椅子を押してきたが、段々押す力が弱くなっていった気がする。
考えすぎかもしれないが、それでも結がいなくなってしまうのかもしれないと思うと考えてしまう、いつかはこの車椅子を押す事も叶わなくなってしまうのかもしれない。
ここ最近は自分の調子が良くない事に気づいた。
もう既に過去の友達の顔も名前も分からなくなっていった。
そんな中、響から電話があり会えないかと言われて今日は病院の庭で響と会っていた。
「ごめんな、急に呼び出して」
「いや、良いよ。で何?」
「それがさ、翔って高校の友達と連絡とっている?」
「いや、全く」
高校の友達など大学の友達も病気が分かった時に既に、連絡をするのをやめようと思ったので連絡はしてなかった。
「そうか」
「なんかあった?」
「いや、最近高校の友達とあってさ。それで皆んなに声掛けて集まろうって話になったんよ」
「そっか」
「そう言えば翔ってなんで、病院にいるの?」
病気に関しては、誰かに話すのを避けてきたが響にはなんか話してもいい気がした。
「心筋梗塞と脳卒中で若年性認知症なんだ」
「三つもあるのか」
「そうなんだよ」
「じゃあ難しいか」
「そうだね、それに皆には病気のことを話す気はないからよりね」
「なんでだよ」
「だって記憶が無くなってまた最初からみたいなのが嫌なんだ」
「そんなの気にする奴なんていないだろ」
「気にしない人がいても俺が気にする」
「そうか」
「考えてもみろ、久しぶりに会って素っ気ない態度とか最悪だろ」
そう言うと響きは少し黙って再び口を開いた
「そう言うって事はお前には時間がないのか?」
こいつはいつも、人の話しをちゃんと聞いて会話してくれる。
人でなしとか思っていたけど今の流れで分かってしまうとは、女の子が惚れる訳だとかそんな余計な事まで頭が回る事になった。
「正直言うとないよ、手術まで後数週間なんだ」
「そうなんだ」
此処で悩んでいた事をぶつける事にした
「なあ」
「何?」
「この前の子についてなんだけど」
「ああ、あの子か。それでなに?」
「自分の気持ち伝えるのってどうやれば良い?」
「好きなのか?」
「ん-、何というか気持ち伝える方がいいのかどうなのかが分からないんだ」
「病気だから?」
「それに、年齢の差もあるし」
「恋愛に歳とか関係ないだろ」
「でもさ、未成年と成人だと話変わってくるだろ?」
「そんなの、よくある話だろ」
「響ならどうする?」
「俺?」
響きは少し黙って考えて言葉を続ける、こう言う仕草がちゃんと話を聞いて考えてくれているとも思える。
「俺なら何も臆する事なく伝えるな」
「もし、記憶が無くなってしまって、それが相手の負担になるとしてもか?」
「そんなの、相手次第だろ」
「相手次第か」
「相手が病気を理解してくれて、それでも一緒に居たいって思ってもらえたらそれでいいんだよ」
「そっか」
なんだか、こう言う話は響きが適任だったと思える相談会だった。
そして手術まで残り一日になった。
「遂に明日だね」
「そうだね」
今日も俺は結の病室に来ていた。
「記憶なくならないように祈るね」
「明日は心臓の手術だから特になんともないよ」
「そっか」
結は自分も病気なのに、僕の事を心配してくれる優しい子だ。
「翔はさ、どう思っている?」
「何を?」
「記憶がなくなる事について」
「今はポジティブに問えているよ」
「そうなの?」
「うん、記憶が無くなっても誰かが覚えていてくれればそれでいいかもって」
「誰かが?」
「記憶って繊細で儚いものだから」
「どういう事?」
「凄く壊れやすくて少しの傷で楽しいものから、悲惨なものに変わってしまうだから大切で大事なもの」
「そんな風に考えていたんだ」
「うん」
「でも、それを無くしてしまうって結構辛くない?」
「大丈夫だよ、もし僕が忘れてしまっても誰かが覚えていてくれさえすれば、僕がそこに確かに存在したって事だから、それが結なら尚更僕は安心するよ」
「馬鹿」
結は涙を一粒流して、涙声で言葉を紡ぐ
「それじゃあ、記憶が無くなってしまうって思っているってことじゃん」
「そうかもしれない、本当は覚えていたいって思っていてもいつか忘れてしまう、それは確約されているから」
「そうじゃなくて」
「分かっているよ」
僕は結の頭に手を乗せて、安心してもらえるように話を続ける
「だから結は覚えていてよ」
「分かった」
「大丈夫?結は忘れっぽいから」
「馬鹿にしないでよ」
「はいはい」
こうして僕の手術まで時間が来た。
「おはようございます、今日は手術ですね鮎川さん」
「はい」
看護師さんが病室に来て手術前の健康を気にしていた
「調子はどう?」
「昨日から何も食べてないのでお腹が空いています」
「そうだよね、もう少しだから我慢して」
「分かっています」
「それじゃあ、行こうか」
「はい」
手術服に着替えて病室を出る。
睡眠薬で意識が遠のく、今までの自分の過去の記憶が流れていく。
今まで自分を事を嫌悪してきた父親や亮の顔から幼稚園、小学校、中学校、高校、大学それぞれの記憶が巡る、それが終わるとき現実に戻される。
目が覚めたら、ベットの上で酸素マスクをしていた。
頭がぼーっとしてまだ意識が飛んでしまう。
「鮎川さん、起きましたか?」
偶然看護師さんが病室にいて気づいた。
「原川先生呼んでくるので待っていてください」
声は上手く出ないので頷いた
「気分はどう?」
頷くしかなかったがいつもより強く頷いたら原川先生は気づいてくれた。
「良かった、手術は成功したよ。後はゆっくり休んで」
病室を見ると少し変わった所があった。
まず個室になっていた、今までは四人部屋だったが何故変わったのかは分からなかった。
でもこれなら隣のおじさんのいびきで困る事がなくなったから、それは良かった。
でも、僕の父がこんな事をしてくれるとは思えない、だとしたら誰がこんな事をしてくれたのか分からないけど今は会話が事は出来ないので確認しようがない。
そのまま、一日が過ぎて気持ち悪さもなくなり話す事も出来るようになり面会が出来るようになったので早速、結が部屋に来ていた。
「どう?気分は?」
「まあまあかな」
「そっか」
「それよりなんで病室が変わっているの?」
「それはねー」
結は嬉しそうにニコニコとしていた。
「お父さんに翔の事話したら、個室にしてくれたんだ」
「そうなの?」
「うん、なんだか私のお父さんと翔のお父さんが大学の同級生なんだって」
「え?」
「驚くよね、意外と世間は広いようで狭いって感じ」
「そう言うことじゃなくてなんでそれで、病室変えたの?」
「私がもっと一緒に居たいって言ったら、隣の病室にしてくれたんだ」
「隣、なんだか色んな情報がありすぎて、めまいがする」
「大丈夫?先生呼ぶ?」
「いや、良いよ」
「そっか、そうだ今度お父さん達と会ってよ」
「え?」
「お父さんもお母さんも一度会いたいって言っていたし」
「急だな」
「いいでしょ?」
「そうだな、なら来週までに会いたいかな」
「なんで?」
「もう来週には脳の手術があるから」
そう言うと結は寂しそうに顔を背けた、でも大事な事だ。
誰か分からない人の親御さんと会うより手術で記憶がなくなる可能性がなくならない内に会っておきたかった。
「分かった」
「今日は疲れたからもう寝るね」
「うん、じゃあお父さん達が来る日連絡するね」
「うん」
それから三日が経ち結の両親が病室に来た。
「初めまして、鮎川翔です」
「どうも、立花綾斗です」
「私は薫です、結花とは随分よくしてくれたみたいで」
「いや、結花ちゃんが仲良くしてくれているんですよ」
「そんなに堅苦しくしなくても大丈夫だよ」
「分かりました」
「太志から話は聞いているから」
「父から」
「うん、まあ太志もあんまり良いように育てられてないみたいだね」
「そうですね」
「ああ、ごめん君に悪意がある訳じゃないから」
「でも、それは真実ですから」
「でも、実の父に期待しされずに生きてきたのは辛いでしょう」
「期待外れと言われ続けたしそれに、いつも優秀なのは弟の方でしたから」
結の両親は僕を可哀想だと本気で思ってくれているのかもしれない、人を信じるのには時期尚早かと思うかもしれないが結の両親というだけでそれだけで信用に足りると思う。
「でも、どうして僕の病室を変えてくれたんですか?」
「それはね、翔君が結花にとって大事なものをくれたからだよ」
「大事なもの?」
「ちょっと待った!!」
結がいつも間にか病室にいた。
「どうしたの?」
「その話は待って」
「あらあら」
結花のお母さんは楽しそうにしていた
「取り敢えず君には、感謝しているんだ」
「そうでしたか」
「それはそうと翔君は高校ではサッカー部だったよね」
「はい」
「サッカーは好きなのかな?」
「ええ、今は見る専門ですけど」
「そうか、実は私もサッカーが大好きでね」
それから、暫くサッカーの話を続けた。
好きなサッカーのクラブやフォーメーションや戦術など詳しい話など、小一時間話を続けた。
「もうその辺にしたら、お父さん」
「そうだよ、綾斗」
「そうだね、翔君も病人だ」
「大丈夫ですよ」
「無理は禁物だよ。それに太志にもそうやって無理をしていたんじゃないのかい?」
「無理?」
「うん、自分の心に鞭を打って無理をしていたのではないのか?」
「自分ではそこまでのつもりはなのですが」
「そうかな?太志の育て方には問題があったから」
「父の印象は確かに良くはないですが」
「そうでしょう、自分の息子を家から追い出して違う家に住ませるなんて非常識ですよ」
「まあ、そうですね。でもそのおかげで一人で暮らせるようになりましたけど」
「そうか」
綾斗さんは少し寂しそうな顔つきでをしていた。
「じゃあ僕らはこの辺で失礼するよ」
「綾斗さん」
僕は病室のお礼をしようと綾斗さんを呼び止めた
「何?」
「病室の件、ありがとうございます」
「いや、いいよ。それよりこれから僕の事お父さんって呼んでくれないか?」
「え?」
「ごめんなさいね、翔君この人どうしても一度呼んでもらいたかったみたい」
「では、お父さん」
「うん、これからもよろしくね」
「はい」
「お父さん、もう行って!!」
「はいはい」
そう言って結の両親は病室を出ていった
「なんかごめんね、面倒くさいお父さんで」
「いや、面白い人だったよ」
「そっか」
「うん」
「あのね翔」
「何?」
「私、心臓のドナーが見つかったの」
「え?」
結は以前心臓が悪く長年ドナー登録をして、それを待っていた。
「良かったじゃん」
「うん、私はこのままドナーがなかったら後数か月で亡くなるはずだったの。
だからお父さんは自分の事を家族以外に父って呼んでくれるのを楽しみにしていたの」
「そうだったんだ」
「うん、これでもし翔が私の事を忘れちゃってもお揃いだ」
「お揃い?」
「うん、心臓が変わったら人が変わったりするみたいなの。それで記憶障害があった場合も人が変わったりするんでしょ?」
「まあそう言う説明はされたけど」
「だから、お揃い」
「そうだね」
「何笑っているのよ」
「ごめんごめん」
この、発送が多少子供っぽいと思うのと同時に愛おしいとも思えた
「失礼」
「どうぞ」
ここで、顔も見たくなかった顔が現れた。
「亮」
「俺だけじゃない」
「翔、その子は?」
「母さん、来るなら連絡くらいしてよ」
「そんなのいいでしょ、もしかして立花さんの結花ちゃん?」
「はい、初めまして」
「初めまして、翔の母です」
「じゃあ私は行くね」
「うん」
結は車椅子で出ていった。
「結花ちゃんか、可愛らしい子だな。兄貴には勿体ないくらいだ」
「どういう意味だ」
「そのままだ。お似合いだ」
「矛盾しているぞ」
「そうかもな」
亮はクスッと一瞬、笑顔を見せた。
亮の笑った顔なんて見たこともなかった。
「なんで亮がいるんだ?」
「兄貴が手術うまくいったって言ったから、顔見に来た」
「お前らしくないな」
「まあな、じゃあ俺はこの辺で」
「ああ」
亮は振り返ったと同時に、そうだと言って俺の近くであるものを手渡した。
「何これ?」
「お守りだ」
「は?」
手には、子供が好きそうなアニメのキャラクターの小さい手編みの縫いぐるみだった。
「なんだこれ?」
「もう、忘れたの?」
「何が?」
「これ、貴方が五歳の誕生日プレゼントに私たちがあげた物よ」
俺こんなもの好きだったっけと思いながらそれを見つめる。
「亮も小さい頃そのキャラクターが好きでね、取り合いの喧嘩になって壊れちゃったのよ。多分、亮にはそれが貴方の記憶から無くなって自分だけが覚えている事が嫌だったんじゃないかな?」
俺でも忘れていたのに、でも自己中心的な性格をしている亮っぽいと言えばそうかもしれない。
「お守りね」
「それからもう一つ、お父さんから言伝を預かっている」
「今更なんだよ」
「今まで悪かったって」
「は?」
「あの人、本心を面と向かって伝えるの苦手だから」
「今更、何を」
許してもらえると思っているのかなど、折角いい気分だったのに気分が悪くなった。
「違うの、元々翔に会社を継いで欲しかったのよ」
「え?」
「でも、翔が小説に興味が出てお父さんは会社を継ぐ未来が見えなくなったらしくてね。
それで将来どんな職に着いても、一人で生きていけるように貴方に一人暮らしさせていたの」
「でもあんなに俺の事嫌悪していたじゃんか」
「それは、貴方に人に頼らなくても生きて行けるように敢えて」
頭が混乱しそうだった、でも母さんは話を続る。
「当時、酔った時は翔の心配ばかりしていたわ」
「今更そんな事言われても」
「でも、最近は一人で翔の小説読んでいるわよ、それもネット投稿のやつも」
「だったら一言でも言えよ」
「そうね、でもこれだけは分かって頂戴、お父さんは翔の事を忘れた事もないし、いつも陰ながら暗示しているの」
「なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ」
母さんも、亮も嫌悪していた父すらも僕の事を考えていたのかと僕は勝手に嫌いになってまるで自分だけ子供のままじゃないかと思い涙が流れ、視界が歪む。
そして、体が自分の言う事を効かなくなった。
そこで視界が真っ白になり気を失った。
目を開けると、見覚えのある真っ白な天井。
そして、手に温もりを感じるので目で追うとそこに車椅子に乗った少女がいた。
「結?」
声をかけたが返事はない、どうやら眠っているようだ。
結の寝顔は幸せそうで、いい夢が見られていると良いなと願いながら窓を見る。
そこには満天の星空で都会の夜空とは思えない程に綺麗だった。
「綺麗だな」
「え?」
声の主は結だった。
「起きたのか」
「今の私の事?」
「違うよ」
「そう言う時はそうだって言うのがマナーでしょ?」
「そうなんだ、でも綺麗だろ星空」
「本当だ、あ!!」
結が食い気味にでかい声を出したので何事かと思ったら
「流れ星!!」
夜空を見ると確かに流れ星が見えた。
「本当だね」
「お願い事しないと」
「もう、遅いよ」
「いいの、こう言う時にやっとくのがいいんじゃない」
こう言う所が子供っぽく可愛らしさが見える。
「何をお願いしたの?」
「それは、言えないな」
「願い事だから?」
「うん、まあ翔には言っても良いよ」
「本当に?」
「うん、二つあるうちの一つだけ」
「何?」
「翔の手術が上手くいきますようにって」
「自分の事願いなよ」
「いいの、私は」
「良くないよ」
結は少し黙ってしまった。
「どうしたの?」
「いや、手術する前に言っとこうと思って」
「明後日の?」
「いや、明日だよ」
「え?」
「一昨日気を失ってから丸一日寝ていたんだよ」
「そうなんだ」
「私ね、翔の事好きなんだ」
「そっか」
「本当は翔の手術の前に言わないって決めていたんだけど、昨日気を失ったって聞いてちゃんと生きている内に言わなきゃって思ったの、だから」
「今は答えは出せないよ」
「記憶の事?」
「それもあるけどちゃんと手術が終わってから言うよ」
「本当に?」
「うん、僕も一つ秘密にしていた事があるんだ」
「何?」
「本当は記憶がなくなるのが怖いんだ。もっと色んな事を覚えていたい、忘れたくない。もっと色んな景色を見たい、あわよくば大切な人と」
涙が出るそれでも言い切らないといけない。
「それって」
僕は人差し指を口元に立てて答える
「まだ、秘密」
「泣きながら、言わないでよ」
そして、二人で笑いあった。
そうして、手術を迎え僕の記憶は戻る事はなかった。
「これが私達の一か月の出来事」
「そうなんだ」
「どう?何か思い出せそう?」
「いや、全く」
「そっか、じゃあ今日は行くね」
「うん、ありがとう」
「はーい」
パソコンを見ると、最後の一行に書かれていたのは結の車椅子はもう押せないかもしないでも生きていたら結には言わなきゃいけない事があるん。
そう、書かれていた。
そして一週間が経った。
その間、結ちゃんは毎日僕の病室に来てくれた。
病室は隣なので問題はないと言っていたけど、今度は結ちゃんの手術だと言うのに僕の心配をしてくれる優しい子だ。
「あのさ、結花ちゃん」
「何?」
「僕と付き合ってくれませんか?」
「急にどうしたの?」
「いや、なんか今言わないといけない気がして」
「それもパソコンに書いてあったの?」
「書いてないです、でも結には気持ちを伝えないといけないから」
「そっか」
結花ちゃんは泣きながら微笑んだ。
それから一か月後僕は退院する事になった。
そして、一年、また一年。僕は結ちゃんの手術がありそしてその後まで病院に通った。
「お父さんもう泣き止んでよ」
「これから娘と一緒に、バージンロードあるくのに泣き止めないよ」
「恥ずかしいって」
扉が開く、そして少女はすっかり大人になり二本の足でしっかりと歩き新郎の元へと向かう。
新郎はベールを上げた。
「もう車椅子を押さないでよくなったんだね」
「当たり前でしょ、翔」
「うん」