私とルルシアが来た道を辿って戻って来ると、四年が過ぎた。急いで戻っていたわけじゃないのでそのくらいかかってしまった。
でもこの旅の往復九年は、私とルルシアの良い経験になった。
ルルシアは人間で言うと、十六歳くらいになったところだろうか? 背は私を追い越した。体つきも丸く柔らかく、エルフの私と違って出るとこは出て女性らしくなった。
「わあ……。自然が多いですね」
ルルシアは新しくできた町を眺めて言った。この丘を越えるとすぐだ。
人間の父と母が私に残してくれた家が見えてきた。私が旅に出かけた時より、周りに家が建っていて賑やかになっていた。町から離れたポツンと建った一軒家だけだったのに、時が経つと変わるものだ。
「あの家が、私達の住む家よ」
家を指さしてルルシアに教えた。結界とか色々魔法をかけていたので、劣化はしてないはずだ。
「すてき!」
ルルシアは駆け出して行ってしまった。もう大きくなったのに時々子供っぽくなる。悪いことではないけれど、ギャップに戸惑ってしまう。
結界を一時的に解いて、私達は家の敷地に入った。普通の人は、この敷地に入ろうと思わなくなる魔法をかけていたので、侵入して来た者はいないだろう。家も出て行った時のままできれいだった。自分がかけた、魔法のおかげだが。
玄関の扉を持っていた鍵で開けた。
「ただいま……」
中に入ると本当に出て行ったままで……。もしかしたら奥から二人が出て来て、私を迎えてくれるなんて思ってしまった。
リビングに飾ってあった、写真立てのナッシュとアリアに挨拶する。
「ナッシュとアリア……。ただいま」
懐かしい二人。――もうこの世の中にいないなんて信じられない。
「アルシュ。入っていい?」
ルルシアは遠慮して外で待っていたようだ。
「ごめん! 早く入って。ルルシア」
私はルルシアに駆け寄って、腕を掴んで家の中へ招いた。
「もうここはあなたと私の家よ。遠慮しないで」
「私とアルシュの家……」
ルルシアは感激したような表情をしていた。……長い間、旅をしていたから。
「家を改造するから、忙しくなるわよ。あなたの好きなように、模様替えしてちょうだい」
さて、部屋割りはどうしよう? もとの私の部屋に、ナッシュとアリアの夫婦が使っていた広い部屋。それにもう二つ、使ってなかった部屋がある。
「ルルシアはここの部屋を使ってちょうだい。誰も使ってなかったから、あなたの好きな部屋にして」
「……アルシュと一緒の部屋がいい」
「えっ」
ルルシアの思いがけない提案に私は驚いた。一緒の部屋? 個別に部屋があるのに?
私は戸惑いながらルルシアに言った。
「あなたも個室が欲しいでしょう? 私も魔法の研究やポーション作りをしたいし……」
もう小さい子じゃないし、個室がもらえると年頃の人間の子は喜ぶと聞いた。それなのにルルシアは不機嫌になった。どうして?
「魔力過多だから、アルシュに魔力を吸い取って欲しい。寝室は一緒がいい」
そうルルシアに言われてしまうと、頷くしかない。
「……わかった、わ。寝室だけは一緒にして、個別の部屋を使いましょうか」
「うん」
なんだかうまく言いくるめてしまったような? ルルシアの機嫌が直ったようだ。いつもは機嫌なんて悪くならないのに、私のことになると喜怒哀楽が激しい。
まずは二人の寝室になる部屋のベッドのシーツや使っていたものを外して、新しい物に変えた。眠る所は早めに、きれいにしておいてすぐ眠れるようにしておく。
「私が寝室のインテリアをそろえていい?」
ルルシアが寝室のインテリアをそろえたいと言ったので「いいわよ」と返事をした。どんな感じになるか期待したい。
個人部屋に旅の途中で買った、お気に入りの物を部屋に置いていく。机の上にはポーションや薬草を使って作る道具を置いた。これで心置きなくポーション作りや魔法の研究ができる。宿屋ではあまり、匂いのキツイ物は作れなかったので嬉しい。夜遅くまで作っていると、眠ろうと私をベッドまで引っ張ってくることもなくなるだろう。
私は部屋に乾燥ハーブや薬草を紐で吊るした。旅で見つけた魔法書などを本棚に入れたりと、宿屋ではできないことをして満喫していた。
そういえば……。使ってないもう一つの部屋があった。そこをお店にしてみたらどうだろうか? その部屋の壁に一つ、入り口を作れば外から出入りできそうだ。
「ルルシア、使ってない部屋なんだけれど……」
私はルルシアがいる寝室に入ってみた。お店のことで相談しようと思った。
「えっ!?」
以前、育ての父と母が使っていたはずの寝室が、見違えるほどにきれいになっていた。もともと天蓋付きのベッドだったけれど、そこに白いレースのカーテンがつけられて床にはふかふかの絨毯。白と薄い桃色と金色のアクセントの、おしゃれな寝室に変わっていた。
「どうかしら?」
ルルシアがやり切ったように、すっきりした顔をしていた。だいぶ頑張って、きれいにしてくれたらしい。
「え、ええ。すごいわ……」
あまりの変わりように私は、嬉しさよりも驚きが勝ってしまった。するとルルシアが私を見て落ち込んだのがわかった。
「あんまり……気に入らなかったかしら……」
「違うの! 変わりすぎてて驚いたの! ありがとう! 嬉しいわ、ルルシア!」
素敵になった寝室へと、変えてくれたルルシアにお礼を言った。
「良かった! ずっと考えていたの。私とアルシュの一緒の寝室はこんな風にしようって!」
ルルシアは私にそう話した。そうか……ずっと考えてくれていたのね。
「眠るのが、楽しみね」
私は何気なく言ったけれど、ルルシアは嬉しかったようだ。
「あ、トイレとお風呂場とキッチンに案内するわね。お茶を淹れて少し休みましょう」
「ええ!」
私とルルシアはリビングでお茶を飲んで、今後のことを話しして楽しんだ。
「リビングの反対側の、使ってない部屋を店舗にするのはどうかしら?」
私はルルシアに相談してみた。まだ十代半ば(16~17歳位?)だけど、年の割には頭が良いし一緒に暮らしていくならば、色々相談していかなければいけないと思ったからだ。
「良いと思う。リビングとは壁で仕切られているし、外側の壁を何とかすれば出入り口にもなりそう」
意見は一致したようだ。
「じゃあ、使ってない部屋は店舗にしましょう」
あの部屋は板張りの床なのでそのまま使えそうだ。カウンターを置いて……。ポーションや薬草を置いて。私はお店に置くものを考えていた。
「ルルシアも何か作って、置きたいものがあったら言ってね」
私のだけじゃなく、ルルシアの作ったものも置きたい。
「え、いいの? 嬉しい」
ルルシアは嬉しそうに私に言った。何を作ってお店に置くのかしら?
「何を置きたいの?」
興味があってルルシアに聞いてみた。だけどルルシアは桃色の唇に人差し指をあてた。
「出来たらいうね。ないしょ」
ルルシアはナイショと言って、教えてくれなかった。