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第9話 女の子の名付け

「旅支度は揃ったわ。そろそろ行きましょうか。えっと……」

 ふと、女の子の名前がないことを思い出した。お風呂場で名前を聞いたときは『わかんない』と言っていた。本当にわからないのか、言いたくなかったのかわからないけど。


 女の子は私が話途中でとまったので、不思議そうに見上げた。

 「……名前がなかったわね。私が名前をつけていい?」

 勝手に名前を付けるのは気が引けるけど、名前がないと呼ぶこともできない。女の子はコクンと頷いた。


 「私の名は、アルシュ。アルシュっていうの」

 女の子の目線に合わせてしゃがんだ。本当はきれいな青い瞳なのだけど、目立ってはいけないので私の魔法はかけたまま。

 「アルシュ……さん?」

 女の子は首を傾げて、私の名を呼んだ。私は女の子に微笑んだ。

 「アルシュ、で良いわよ」

 アルシュさん、なんておかしい。これから一緒に長い旅をするのだから。


 「あなたの名前は……。そうねぇ……」

 私がしゃがんだまま、う――んと考えていると女の子は期待するような目をしていた。

 「もし、嫌だったら言ってね?」

 コクンと頷く。女の子を見て思いついた。


 「【ルルシア】ってどうかしら?」

 私がそう言うと女の子は、ニコッと微笑んで「うん!」と言った。どうやら気に入ってくれた? らしい。

 「ルルシア……? ルルシア。ルルシア!」

 自分につけてもらった名前を、何度か確かめるように言っていた。可愛い……。


 「本当の名前を言ってね?」

 私はルルシアに言った。もしかしたら何か事情があるかもしれないし、ないかもしれない。でも自分の名前は大事だ。ルルシアは少し戸惑ったが、頷いてくれた。


 町を出る前に、お世話になったチーズサンドのお店に寄ってみた。

 「へえ!? 相棒を連れていくのかい!」

 チーズサンドのお店の店員さんは、ルルシアのことを相棒と言った。面白い。

 「そうなの。あの宿を紹介してもらって良かったわ。次の町で、ここのお店を宣伝しておくわね」

 そう言うとまた店員さんは、食べきれないほど大盛りにしてくれた。


 ルルシアはもう普通の食事が出来るようになったので、量を加減して食べてもらった。

 「美味しい……」「美味しいわね、ルルシア」

 良かった。好みに合ったようだ。

 「こんなかわいい子達に言ってもらえるとは、嬉しいね! これも飲みな!」と店員さんは、飲み物をおごってくれた。搾りたてのオレンジジュースだった。

 「ありがと……」

 照れながらお礼を言ったルルシアは、可愛いかった。


 また持ち帰りにしてもらって、私達はお店を出た。お腹いっぱいになってゆっくりと歩きながら町を出た。

 隣の町まで歩いていけば、一泊野宿して明日には着くだろう。野宿用のテントも買ったし、大丈夫だろう。予定外の、ルルシアと名付けた女の子との旅になったけれど、良かったかもしれない。寂しくはなさそうだ。


 「ルルシア。一緒に旅へ出るけれど……」

 ルルシアは私を見上げた。背は私の半分くらい。もっと高く、背が伸びて欲しい。

 「嫌な事や辛いことは、我慢せずに言ってね? あと少しでも具合が悪いなら、隠さず言うこと! 早めの手当が必要よ。わかった?」

 旅のルール。とくに体調や精神的なものは、我慢して良いことはない。


 「はい」

 短いけれど、しっかりとルルシアは返事をした。

 「楽しみましょうね」

 「うん!」

 明るく返事をした。あんなことがあったので、ルルシアの精神面を心配していた。今は何ともなくとも後で思い出してしまうかもしれない。でももしそうなったとしても、私はルルシアの味方になってやりたいと思う。

 この頃やっと、笑顔が多くなってきたばかり。口数はまだ少ないけれど、そのうち話してくれればいい。


 お天気で良かった。このぶんだと歩くのは楽そうだ。旅人用のマントは雨風から守ってくれるけど、やはり晴れがいい。ルルシアの、余分な体力を使わなくても済む。

 空は青く、風は気持ちがいい。


 あの裏道の暗く清潔ではない場所で、袋に入れられていたルルシア。思い出すと誰があんなことをしたのか。許せない。もうあんな思いをさせたくないし、させない。

 私はルルシアの手を繋いだ。


 「体調は大丈夫?」

 私がルルシアに聞くと頷いて笑った。

 「大丈夫!」


 よくあの状態から回復できたと思う。本当に良かった。あとは無理せずに体力をつけて、美味しい物を食べて過ごす。

 私はルルシアと一緒の旅が、楽しいものになると予感した。














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