「旅支度は揃ったわ。そろそろ行きましょうか。えっと……」
ふと、女の子の名前がないことを思い出した。お風呂場で名前を聞いたときは『わかんない』と言っていた。本当にわからないのか、言いたくなかったのかわからないけど。
女の子は私が話途中でとまったので、不思議そうに見上げた。
「……名前がなかったわね。私が名前をつけていい?」
勝手に名前を付けるのは気が引けるけど、名前がないと呼ぶこともできない。女の子はコクンと頷いた。
「私の名は、アルシュ。アルシュっていうの」
女の子の目線に合わせてしゃがんだ。本当はきれいな青い瞳なのだけど、目立ってはいけないので私の魔法はかけたまま。
「アルシュ……さん?」
女の子は首を傾げて、私の名を呼んだ。私は女の子に微笑んだ。
「アルシュ、で良いわよ」
アルシュさん、なんておかしい。これから一緒に長い旅をするのだから。
「あなたの名前は……。そうねぇ……」
私がしゃがんだまま、う――んと考えていると女の子は期待するような目をしていた。
「もし、嫌だったら言ってね?」
コクンと頷く。女の子を見て思いついた。
「【ルルシア】ってどうかしら?」
私がそう言うと女の子は、ニコッと微笑んで「うん!」と言った。どうやら気に入ってくれた? らしい。
「ルルシア……? ルルシア。ルルシア!」
自分につけてもらった名前を、何度か確かめるように言っていた。可愛い……。
「本当の名前を
私はルルシアに言った。もしかしたら何か事情があるかもしれないし、ないかもしれない。でも自分の名前は大事だ。ルルシアは少し戸惑ったが、頷いてくれた。
町を出る前に、お世話になったチーズサンドのお店に寄ってみた。
「へえ!? 相棒を連れていくのかい!」
チーズサンドのお店の店員さんは、ルルシアのことを相棒と言った。面白い。
「そうなの。あの宿を紹介してもらって良かったわ。次の町で、ここのお店を宣伝しておくわね」
そう言うとまた店員さんは、食べきれないほど大盛りにしてくれた。
ルルシアはもう普通の食事が出来るようになったので、量を加減して食べてもらった。
「美味しい……」「美味しいわね、ルルシア」
良かった。好みに合ったようだ。
「こんなかわいい子達に言ってもらえるとは、嬉しいね! これも飲みな!」と店員さんは、飲み物をおごってくれた。搾りたてのオレンジジュースだった。
「ありがと……」
照れながらお礼を言ったルルシアは、可愛いかった。
また持ち帰りにしてもらって、私達はお店を出た。お腹いっぱいになってゆっくりと歩きながら町を出た。
隣の町まで歩いていけば、一泊野宿して明日には着くだろう。野宿用のテントも買ったし、大丈夫だろう。予定外の、ルルシアと名付けた女の子との旅になったけれど、良かったかもしれない。寂しくはなさそうだ。
「ルルシア。一緒に旅へ出るけれど……」
ルルシアは私を見上げた。背は私の半分くらい。もっと高く、背が伸びて欲しい。
「嫌な事や辛いことは、我慢せずに言ってね? あと少しでも具合が悪いなら、隠さず言うこと! 早めの手当が必要よ。わかった?」
旅のルール。とくに体調や精神的なものは、我慢して良いことはない。
「はい」
短いけれど、しっかりとルルシアは返事をした。
「楽しみましょうね」
「うん!」
明るく返事をした。あんなことがあったので、ルルシアの精神面を心配していた。今は何ともなくとも後で思い出してしまうかもしれない。でももしそうなったとしても、私はルルシアの味方になってやりたいと思う。
この頃やっと、笑顔が多くなってきたばかり。口数はまだ少ないけれど、そのうち話してくれればいい。
お天気で良かった。このぶんだと歩くのは楽そうだ。旅人用のマントは雨風から守ってくれるけど、やはり晴れがいい。ルルシアの、余分な体力を使わなくても済む。
空は青く、風は気持ちがいい。
あの裏道の暗く清潔ではない場所で、袋に入れられていたルルシア。思い出すと誰があんなことをしたのか。許せない。もうあんな思いをさせたくないし、させない。
私はルルシアの手を繋いだ。
「体調は大丈夫?」
私がルルシアに聞くと頷いて笑った。
「大丈夫!」
よくあの状態から回復できたと思う。本当に良かった。あとは無理せずに体力をつけて、美味しい物を食べて過ごす。
私はルルシアと一緒の旅が、楽しいものになると予感した。