道を塞いでいる、灰色の袋の中に何が入っているのだろう? 私は用心深く近づいてみた。
ゴミが入っているにしても悪臭はしていない。
こんな裏道に置いてある、袋の中身なんてロクな物は入ってない。私は飛び越えて、道を進もうとした。
モコッ……。モコモコ。
「ひっ……!」
動いた! 気のせいじゃない。確かに袋が動いた! 袋の中で物が崩れて動いた? それとも何か、生き物が入っているのだろうか!?
私は身を硬くして、その灰色の袋を凝視した。
モコモコモコ……。
やっぱり動いてる……。生き物、捨て猫や捨て犬だったら助けなきゃ! 酷いことする者がいる。許さない。
私は急いでナイフをポケットから取り出して、中を傷つけないように布をたるませて慎重にザクザクと切っていった。
縛られた上から下まで切り裂いた。
「毛?」
切り裂いた袋から見えたのは、泥とほこりのかぶった汚れた毛のようなものが見えた。破った袋を左右に開いた。
「えっ!?」
私はまぶたを伏せた、青い目と目が合ってしまった。捨てられた犬や猫ではなかった。小さな
なんていうこと! 私は悲鳴をあげそうになった。だけど、早くこの人間の子供を何とかしてあげないといけない、と思った。
髪の毛は泥で固まって束になっているし、全身がかなり汚れている。あちこち擦り傷やケガをしている。
「痛いことはしないわ。きれいにしてあげるからきて!」
見捨てるわけにいかない。正直関わりたくないけれど、このままでは死んでしまう。それに袋に入っていたなんて、いったい誰がこんなことをした? 私は人間の子供の胴体を持って立たせた。
カクン……。
「あっ!」
弱っているのか膝から崩れ落ちた。転ばないように人間の子供を受けとめた。これでは歩けるどころか、まともに動けないかもしれない。
「あなたを抱っこして運ぶわ。いい?」
私は人間の子供の目を見て話しかけた。言葉がわかるか試してみた。
人間の子供は、コクンと頷いて見せた。良かった、言葉はわかるみたい。
「じゃあ、抱っこするわね」
よいしょと抱きあげてみた。……軽い。何歳くらいなのだろうか。食事を出来ていたか怪しいくらいだ。私は裏道から人間の子供を抱っこして宿屋へ向かった。
書いてもらった地図の場所の宿屋に着いた。私だけならいいが、こんな汚れた子供と一緒だったら追い出されるだろうか。意を決して宿屋の扉を開けた。
「いらっしゃ……」
宿屋のおかみさんだろうか? 元気な挨拶が途中でとまった。私は人間の子供を抱く腕に力がはいった。
「チーズサンドのお店の方の、紹介で来ました」
おかみさんは片眉をあげた。疑っているかもしれない。
「この子、倒れていたの。ケガもしてるし助けたい。宿泊代は倍を出すわ。泊まらせて下さい」
私は目を逸らさず、
「はあ……。まだ、争いの犠牲者の子供がいるのかい。いいよ! 早く手当してやりな!」
おかみさんは私達が泊まることを良いと言ってくれた。
「ありがとう!」
私がお礼を言うと、おかみさんがカウンターの下から何か取り出した。
「お湯を沸かしてやるから、外の井戸と使いな。その汚れじゃあ、一度や二度じゃ落ちないだろう。今日は天気が良いし、外で洗ってやりな」
カウンターの上に石けんとタオルを置いた。
「これはサービス。知り合いの医者を呼んでやるから、その子をとにかくきれいにしてやってあげて」
おかみさんが指を向けたほうを見ると、扉が開いていて裏庭らしき所に井戸が見えていた。
「ありがとう、使わせてもらうわ」
自分の荷物を宿屋の受付所の端に置いて、裏庭に向かおうとした。
「あんたの荷物は、部屋に置いておくよ」
私は歩きながら頭を下げた。
裏庭の端に井戸があった。その近く、敷地内を流れる小川を利用して生活に使っているようだ。
「まず、手と足を洗いましょうね」
私は人間の子供を下ろして座らせた。井戸の水をくみ上げて、置いてあったタライを使わせてもらって井戸の水を入れた。
言葉がわかっているようなので、頷いて身を乗り出して手を洗い始めた。手と手をタライの水の中で
「だいたい落ちたから、次は両足ね。片方ずつタライの中へ入れて」
私が人間の子供に言うと素直に従った。顔が歪んだので傷口が痛かったのだろう。だけどまずきれいにしないと手当もできない。
一人では足を洗うことはできないので、私が洗ってあげた。小さなちょうどいい木の椅子があったので、持ってきて人間の子供を座らせた。
「足を洗うから片足を上げて」
小さな細い足を、人間の子供は上げた。横にしゃがんで、ふくろはぎを持つとその細さが実感した。痛くないように優しく洗ってあげた。
「よいしょっと! はいよ。お湯が沸いたから持ってきたよ」
宿屋のおかみさんが体を揺らして、両手にたっぷりのお湯の入った桶を持ってきてくれた。
「ありがとう」
タライの近くに置いてくれた。さて次は、泥で固まった髪の毛をきれいにしなくては。
私は腕まくりをして、気合いを入れた。