「あなた! 女の子が倒れているわ!」
女性の声で気が付いて薄目を開けた。ぼやけた視界には人間の女性と男性。
人間……。私は酷いことをされるのかしら……。動かない体。もうこのままでいいかなと思ってしまった。
「こりゃ、もしかして北の森の……」
北の森? エルフの森を知っているの? あなたたちは……。顔を持ち上げようとしても上げられなかった。
「う……」
言葉も出せなかった。それだけ私は弱っていた。
「あなた! この子、生きてるわ! 早く手当してあげましょう!」
女性が焦ったように男性に声をかけた。……私の手当してくれるの? 人間なのに。そのあと私はまた意識を失くしてしまった。
どれだけ眠っていたのだろうか? 気がつけば、私はどうやらベッドに寝かされているらしい。部屋の中はあたたかい。顔を横にしてみるとストーブの上に
もしかして、あの夫婦らしき人間に助けられたのか。あちこちに薬草が貼られていた。この懐かしい匂いは、エルフの森でも使われていた塗り薬ぽかった。
カチャ……。静かにドアが開いた。
「あら? 起きたのね」
部屋に入って来たのは、意識を失う前にうっすらと見た女性。この人間が助けてくれたようだ。
「あなた、二日も眠っていたのよ」
そう言って、色々なことを教えてくれた。――北の森のエルフたちとは交流があったこと。私に使った薬草はエルフから物々交換したもの。
そして……。
「北のエルフの森が襲われたのは旅をしている商人から聞いたの。……ごめんなさいね。私達は戦えないから助けにも行けなくて」
そう言い、目頭をハンカチで押さえた。
人間でもエルフと交流があって、こうしてエルフを思って泣いてくれるのか。私は初めて知った。
「何人かは逃げ出せたと聞いたわ。希望を持ってちょうだい」
何人かは逃げ出せた? 私は人間の女性の顔を見た。そうしたら私を優しく抱きしめてきた。驚いたけど、母と同じようなハーブの香りがこの人間の女性からした。
「うっ……、ううっ……!」
私は人間の女性にしがみついて泣いてしまった。
「今まで我慢していたのね。思いっきり、泣いてしまいなさい」
優しく言われて、私は声を上げて泣いた。
人間の夫婦、男性はナッシュ、女性はアリアと名前を教えてくれた。
「あなたは?」
名を聞かれて私は真の名は言えなかった。そうエルフの皆に教えられていたから。
「……アルシュ」
名を言うと、二人は喜んでいた。
私はこの夫婦と一緒に、暮らすことになった。二人は私に人間の暮らしの色々なことを教えてくれた。――驚いたのは、人間は魔法が使えないらしい。
水を魔法で出して顔を洗おうとしたら、かなり驚いていた。なので、なるべく人前では魔法を使わないようにと約束をした。
それに、今は人間の国では争いがやっと終結して、ゴタゴタしているときと教えてくれた。大きな街に行くのは、もう少ししてからがいいと言ってくれた。しばらくお世話になろうと思う。
エルフはあまり森から出ないことが多い。エルフは珍しいらしい。警戒して隠せるならば耳を隠したほうがいいと心配されたので
エルフの父や母、仲間はいないけど、人間の夫婦のナッシュとアリアは私の家族のようだった。
そうして人間の暮らしにも慣れた頃、ナッシュが寝たきりになってしまった。
「もう私は年を取った。そろそろお別れだ」
ベッドで横たわり、静かに話しかけてきたナッシュの言っていることが初め、理解できなかった。
「アルシュ。人間はエルフと違って、短い寿命がなのよ」
アリアに言われて思い知った。一緒に暮らしているうちに、二人がだんだん老けていくのが不思議だった。
「そうなの?」
「ええ……」
エルフは長い長い時を過ごしていく。それが当たり前だった。
「アルシュ。お前に会えて、一緒に暮らせて楽しかったよ」
そう言い、ナッシュは目を閉じた。
「アリア、ありがとう。愛している……」
ナッシュのまぶたは……、二度と開かなくなった。
二人で、家が見える丘へナッシュを埋葬した。周りにナッシュの好きだった、花の種を植えた。人間の寿命って短い……。私はナッシュのお墓を見て思った。
アリアはナッシュが亡くなって、細い体がさらに細くなっていった。
ナッシュとアリアに助けられてから、この家で暮らして何十年がたったのだろう。
ナッシュが亡くなって、アリアもベッドから起き上がれなくなった。もうすぐ死期が近いのだろうか。私は、そんなことは考えたくなくて頭を振った。
「うちへ来たときはまだ子供だったのに、もうすっかり大人の女性だわね……」
アリアは私の頬を撫でてしみじみと言った。
ナッシュとアリアに出会ったのは子供の姿。私は成人して母の面影が残る女性に成長した。
「きれいな女性になって、私は嬉しい」
しわが深くなったアリアは微笑んだ。私を撫でる指も細く、弱々しかった。
「私もアリア母さんとナッシュ父さんに助けられて、一緒に暮れせて良かった」
アリア母さんと私は呼んだ。アリア母さんの両手を私の両手で包んだ。
「この家はアルシュ、あなたにあげるわ。自由に使ってちょうだい」
「え……? でも」
私は戸惑った。実の娘でもないのにもらってもいいのだろうか?
「私達には子供がいなかったの。だからあなたがもらって」
反対にアリアの手が私の手を包んだ。
「もう、国は安定したわ。私が亡くなったら、外に出て世界を見て来なさい。そうして土産話をしてね」
アリア母さんは、息を苦しそうにして私に話をしてくれていた。
「はい」
「いつ戻ってきてもいいわ。広い世界を見て、色々な人や物を見て来なさい。約束ね」
「アリア母さん!」
辛いのか、手の力がゆるんできた。
「できたら。私が亡くなったら、ナッシュの隣に眠らせてね……愛しいアルシュ」
――ナッシュ父さんに続いて、アリア母さんまで帰らぬ人となった。
それから私は、ナッシュ父さんの隣にアリア母さんのお墓を建てた。
「ナッシュ父さん、アリア母さん。ありがとう……」
ナッシュ父さんが亡くなった時、植えた種の花が咲いて満開だった。私は涙を拭って、ナッシュ父さんとアリア母さんのお墓を優しく撫でた。
「私、行くね」
アルシュはアリア母さんの約束を胸に秘めて、旅立った。