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第3話 人間の夫婦に 


「あなた! 女の子が倒れているわ!」

 女性の声で気が付いて薄目を開けた。ぼやけた視界には人間の女性と男性。


 人間……。私は酷いことをされるのかしら……。動かない体。もうこのままでいいかなと思ってしまった。

 「こりゃ、もしかして北の森の……」

 北の森? エルフの森を知っているの? あなたたちは……。顔を持ち上げようとしても上げられなかった。

 「う……」

 言葉も出せなかった。それだけ私は弱っていた。


 「あなた! この子、生きてるわ! 早く手当してあげましょう!」

 女性が焦ったように男性に声をかけた。……私の手当してくれるの? 人間なのに。そのあと私はまた意識を失くしてしまった。



 どれだけ眠っていたのだろうか? 気がつけば、私はどうやらベッドに寝かされているらしい。部屋の中はあたたかい。顔を横にしてみるとストーブの上にやかんケトルが湯気を出していた。

 もしかして、あの夫婦らしき人間に助けられたのか。あちこちに薬草が貼られていた。この懐かしい匂いは、エルフの森でも使われていた塗り薬ぽかった。


 カチャ……。静かにドアが開いた。

 「あら? 起きたのね」

 部屋に入って来たのは、意識を失う前にうっすらと見た女性。この人間が助けてくれたようだ。


 「あなた、二日も眠っていたのよ」

 そう言って、色々なことを教えてくれた。――北の森のエルフたちとは交流があったこと。私に使った薬草はエルフから物々交換したもの。

 そして……。

 「北のエルフの森が襲われたのは旅をしている商人から聞いたの。……ごめんなさいね。私達は戦えないから助けにも行けなくて」

 そう言い、目頭をハンカチで押さえた。


 人間でもエルフと交流があって、こうしてエルフを思って泣いてくれるのか。私は初めて知った。

「何人かは逃げ出せたと聞いたわ。希望を持ってちょうだい」

 何人かは逃げ出せた? 私は人間の女性の顔を見た。そうしたら私を優しく抱きしめてきた。驚いたけど、母と同じようなハーブの香りがこの人間の女性からした。


 「うっ……、ううっ……!」

 私は人間の女性にしがみついて泣いてしまった。

 「今まで我慢していたのね。思いっきり、泣いてしまいなさい」

 優しく言われて、私は声を上げて泣いた。


 人間の夫婦、男性はナッシュ、女性はアリアと名前を教えてくれた。

 「あなたは?」

 名を聞かれて私は真の名は言えなかった。そうエルフの皆に教えられていたから。

 「……アルシュ」

 名を言うと、二人は喜んでいた。



 私はこの夫婦と一緒に、暮らすことになった。二人は私に人間の暮らしの色々なことを教えてくれた。――驚いたのは、人間は魔法が使えないらしい。

 水を魔法で出して顔を洗おうとしたら、かなり驚いていた。なので、なるべく人前では魔法を使わないようにと約束をした。

 それに、今は人間の国では争いがやっと終結して、ゴタゴタしているときと教えてくれた。大きな街に行くのは、もう少ししてからがいいと言ってくれた。しばらくお世話になろうと思う。


 エルフはあまり森から出ないことが多い。エルフは珍しいらしい。警戒して隠せるならば耳を隠したほうがいいと心配されたので遮蔽しゃへい魔法で隠すようにした。

 エルフの父や母、仲間はいないけど、人間の夫婦のナッシュとアリアは私の家族のようだった。


 そうして人間の暮らしにも慣れた頃、ナッシュが寝たきりになってしまった。

 「もう私は年を取った。そろそろお別れだ」

 ベッドで横たわり、静かに話しかけてきたナッシュの言っていることが初め、理解できなかった。

 「アルシュ。人間はエルフと違って、短い寿命がなのよ」


 アリアに言われて思い知った。一緒に暮らしているうちに、二人がだんだん老けていくのが不思議だった。

 「そうなの?」

 「ええ……」

 エルフは長い長い時を過ごしていく。それが当たり前だった。


 「アルシュ。お前に会えて、一緒に暮らせて楽しかったよ」

 そう言い、ナッシュは目を閉じた。

 「アリア、ありがとう。愛している……」

 ナッシュのまぶたは……、二度と開かなくなった。



 二人で、家が見える丘へナッシュを埋葬した。周りにナッシュの好きだった、花の種を植えた。人間の寿命って短い……。私はナッシュのお墓を見て思った。

 アリアはナッシュが亡くなって、細い体がさらに細くなっていった。


 ナッシュとアリアに助けられてから、この家で暮らして何十年がたったのだろう。


 ナッシュが亡くなって、アリアもベッドから起き上がれなくなった。もうすぐ死期が近いのだろうか。私は、そんなことは考えたくなくて頭を振った。

「うちへ来たときはまだ子供だったのに、もうすっかり大人の女性だわね……」

 アリアは私の頬を撫でてしみじみと言った。


 ナッシュとアリアに出会ったのは子供の姿。私は成人して母の面影が残る女性に成長した。

 「きれいな女性になって、私は嬉しい」

 しわが深くなったアリアは微笑んだ。私を撫でる指も細く、弱々しかった。

「私もアリア母さんとナッシュ父さんに助けられて、一緒に暮れせて良かった」

 アリア母さんと私は呼んだ。アリア母さんの両手を私の両手で包んだ。


 「この家はアルシュ、あなたにあげるわ。自由に使ってちょうだい」

 「え……? でも」

 私は戸惑った。実の娘でもないのにもらってもいいのだろうか?


 「私達には子供がいなかったの。だからあなたがもらって」

 反対にアリアの手が私の手を包んだ。

 「もう、国は安定したわ。私が亡くなったら、外に出て世界を見て来なさい。そうして土産話をしてね」

 アリア母さんは、息を苦しそうにして私に話をしてくれていた。

「はい」


 「いつ戻ってきてもいいわ。広い世界を見て、色々な人や物を見て来なさい。約束ね」

 「アリア母さん!」

 辛いのか、手の力がゆるんできた。

 「できたら。私が亡くなったら、ナッシュの隣に眠らせてね……愛しいアルシュ」


 ――ナッシュ父さんに続いて、アリア母さんまで帰らぬ人となった。



 それから私は、ナッシュ父さんの隣にアリア母さんのお墓を建てた。

 「ナッシュ父さん、アリア母さん。ありがとう……」

 ナッシュ父さんが亡くなった時、植えた種の花が咲いて満開だった。私は涙を拭って、ナッシュ父さんとアリア母さんのお墓を優しく撫でた。


 「私、行くね」

 アルシュはアリア母さんの約束を胸に秘めて、旅立った。
















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