フェレシーラは、なにか隠し事をしている。
その内容を強く追及するつもりは、はっきりいって俺にはなかった。
というかはっきり言ってくれと伝えた結果、彼女は丸椅子の上でご機嫌斜めになりながらも両手を膝の上に起きつつ、その癖妙にそわそわと落ちつかない感じで拗ねた表情となっていた。
試合場であれだけ激しくやりあった後だっていうのに、元気なヤツだ。
俺なんてすぐにでも、
久しぶりの不定術法。
それを利用した無詠唱モドキの『熱線』発動。
及び、それらを持続使用しての、フェレシーラが放ってきた『光線』との撃ち合い。
そこに至るまでの攻防もさることながら、やはりもっとも神経をすり減らしたのはそこだった。
攻撃術法と攻撃術法のぶつかり合い。
いままで頭の中では何度となく、想像してみたことこそあれども……
実際にやってみた経験などある筈もない俺には、貴重な体験であると同時に、綱渡りもいいところな博打同然の行動だった。
その割には、結構上手くできたかなーなんて調子に乗っていたりもするが。
そこはそれ、相手が相手。
フェレシーラとの真っ向勝負で、引き分けに近い状態に持ち込めたのだ。
たまには自分を褒めてやってもバチは当たらないだろう。
「……なにを先程から、ニヤニヤとされているのですか」
「へ? あ――いや! ち、ちがうぞこれは! あ、あの程度でお前と渡り合えてただなんて、思ってないからな!」
ジト目となってのフェレシーラからの指摘に、俺は慌てて首を横にブンブンと振り否定の意を露わにする。
どうやら考えていたことが、思いっきり顔に出てしまっていたらしい。
だが――
「いえ。そうですね。たしかにあの時点では互角に等しい展開でしたので」
意外なことに目の前にいた神殿従士の少女は、こちらの言葉を肯定しにかかってきていた。
「渡り合えた、という形容は間違っていないかと思います。試し撃ちはされていたのでしょうが、短剣でのアトマ光波もものにしている様子でしたし。反動制御なしの『光弾』を利用しての急突進も躱しきられてしまいましたので」
「あー……あれか。あの
彼女に認められたことで、気を良くしてしまったのだろう。
俺はついつい、フェレシーラとの戦いの、とある一場面を振り返ってしまっていた。
「その前に撃ってきた盾からの『光弾』連射。あれもかなり驚いたなー。勿論、相手をしっかり見れていないから命中率に難はあるんだろうけどさ。魔物の群れに先陣切って飛び込むときとか、有効ぽいよな」
「ま、魔物の群れにって――幾ら私でもしませんよ、そんなこと粗っぽい真似は! たまにしか……と、とにかくですね!」
やんのかよ、たまには。
などと内心でツッコミを入れていると、丸椅子をガタンと揺らして少女が立ち上がってきた。
「今日のところは、セレン様には私から説明をしておきますので。そういった話はまたそのうちやっていきましょう。出来れば今後は、二人きりのときに……」
「え、それでいいのか? さっきお前、なんかすごく話しにくそうにしてただろ? あの二人に話にくいっていうのなら、無理しなくていいぞ。俺から適当に説明しておくからさ」
「適当にって……や、やめてくださいっ! そんな誤解を招きそうな真似……セレン様にまで、おめでとうと言わせるおつもりですか!? そんなことをされでもしたら、すぐに教団を伝わって公国中で噂になりますよ!?」
「公国中をって。またそんな、大袈裟な……」
うお……マジですか。
フェレシーラの激しい反発に若干物理的に身を引きつつも、俺はふと真剣に考えてみた。
フェレシーラと俺が、噂になる。
まあそんな勘違いされたところで、どこの馬の骨とも知れない俺なんかと、いいとこ育ち(だと思われる)フェレシーラが結婚するだなんて話、誰も信じないと思いはするが……
いや、違うか。
そもそも、そういう話が噂になるってこと自体が問題だもんな。
神殿どころか、冒険者ギルドでもコイツ結構人気があるっぽいし。
まあ、あれだ。
ハンサとの一戦から、俺が勝手に「彼女の傍にいるんだ」って盛り上がってたとこはあるよな。
前にもこの街の教会で教えてもらったけど……
フェレシーラが俺の面倒をみてくれているのは、飽くまでも。
彼女が教団の依頼として対応した『隠者の森』の影人討伐に起因するのだ。
放置するには危険すぎると判断された俺の、術法的不能を解消する。
更には俺が影人となんらかの関係性があるとの推測から、聖伐教団の総本山である神殿都市アレイザを目指す。
あとはもう、気持ちの問題。
中途半端はいや。
危なっかしくて、なんだか放っておけない。
そう言ってフェレシーラは、俺をこんなところにまで連れてきてくれていたのだ。
それはきっと彼女の性分だとか、優しさだとかが、させていることなのだろう。
ちょっとおっかなかったり、可愛いところはあるけれど……皆に聖女と呼ばれる彼女の、気紛れにも等しい優しさに、俺は甘え続けているだけなのだ。
だから俺はそれで十分なのだ。
これ以上思い違いをしてはいけない。
白羽根神殿従士フェレシーラ・シェットフレンは、俺なんかとはきっと――
「……フラム?」
「いや、なんでもないよ。ほんと大袈裟だなって思っただけでさ。でも、お前の心配ももっともだからな。これからは人に聞かれて、フェレシーラに迷惑になりそうなことは口走らないように心がけておく」
「べつに、迷惑だなどとは思っていませんが……そう、ですね」
可能な限りはっきりと己の意志を伝えてみたところ、フェレシーラもそれに賛同してきた。
その反応に、俺は内心胸を撫でおろす。
うん。
これでいい。
これで問題はないし、これが一番だ。
俺がまず一番にやるべきことは、今後控えているミストピア近辺に出没する影人討伐の達成であり、そのためにフェレシーラの足手纏いにならないことが大事なのだ。
特訓が少し上手くいったぐらいで、そこを勘違いしてはいけない。
周りからしても、俺は影人調査を見届けたいだけの依頼主で、彼女はそれを引き受けただけの間柄に過ぎないのだ。
そのことを再確認していると、先に立ち上がっていたフェレシーラが踵を返しにかかっていた。
「それでは試合場にもどって……いえ、たぶんもうセレンさまとパトリースも、他のへやにいどうして――」
言葉の途中、目の前で亜麻色の髪が大きく揺らめいた。
瞬間、俺はそこに向かって腕を伸ばす。
「あ、あれ……?」
ゴトンという、なにかが派手に転がる音がした。
椅子だ。
俺の座っていた丸椅子が、ごろごろと音を立てながら石床を転がり、寝台の脚に当たって制止した。
同時に、腕の中には胸当ての硬い感触。
「すみません、なんだかいきなり、からだが」
「喋るな!」
びくんと少女が身を竦ませるのが身体の前面に伝わってきた。
しかしいまの俺には、そんな彼女を気遣う余裕もない。
「このまま寝かせるぞ。動かず、じっとしてろ。手甲で『体力付与』をかける。それからセレンを呼ぶ。大声で呼べば、ホムラがすぐに気付いて異常を報せてくれる筈だ」
「す、すみません……」
「だから喋るなって。大丈夫だからさ」
言いながら俺はフェレシーラの身体を、肩と膝下に腕を差し込む形で支え抱える。
そして出来るだけゆっくり、そっとその場を振り返り、寝台の上へと彼女を下ろした。
フェレシーラは真っ青な顔でなにも言わず、こちらをみつめてきていた。
「起きよ、承けよ、結実せよ……我が息吹は汝の吐息なり。我が命は、汝の生なり――」
フェレシーラがこれまで何度か口にしていた詠唱と、馬車に積まれていた『体力付与』の術具に刻まれた術法式を思い返しながらの、見様見真似。
正式な神術とは較べるべくもない、稚拙な体力譲渡の術法もどき。
であれば、俺は採るべき選択はただ一つ。
その稚拙な癒しの術を、実行し続けるのみだった。