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第186話 まだ、そこまでは

「まず、立ち給え。いつまでもそうしていられては、ホムラくんが落ち着かない」


 セレンの言葉に従い、俺とフェレシーラはのそのそとその場から立ち上がった。

 そんなこちらの様子を、パトリースとホムラが心配そうにみつめてきている。


 はっきりいって、めちゃくちゃバツが悪かった。

 特訓の立会人を買ってでてくれていたセレンの到着を待たずして、突然フェレシーラと戦い始めたこと。

 勢いのままに『光線』と『熱線』を打ち合って試合場を損壊させたこと。

 オマケにその後、互いに武器を構えて距離を詰め、決着をつけにいっていたこと。


 セレンによる「待て」の声がかかっていなければ、一体どうなっていたことか……

 というより、ほぼ確実にこっちがぶっ飛ばされたいた筈だ。

 頭に血が昇っていて『探知』も使わずに突っ込んでいってたので、ほぼ間違いなくそうなっていただろう。


 しかしまあ、こう言ってはなんだけど……


「申し訳ございませんでした、セレン様。今回の件は、私が一方的にフラムに勝負を仕掛けた結果です。非はすべて、こちらにあります」

「はて。私はいま、謝罪よりも事情の説明を求めた筈だが?」

「それは……その」


 セレンの指摘に、謝罪を重ねていたフェレシーラが口籠る。

 だがそれも仕方ない。


 おそらく原因はこちらにあるとはいえ……

 傍から見てみれば、フェレシーラがしでかしたことは立派な問題行為。

 暴走にも等しい行動だ。


 勿論、それに応じてしまった俺も同罪ではある。

 しかし彼女の場合、戦いの最中に観戦に及んでいたセレンたちを、あろうことか攻撃術法の射線上に巻き込みかけている。

 こちらを追い込む為の駆け引きの一つだったとしても、流石にやりすぎだと言わざるを得ない行動だ。


 あそこで俺がそれに気づかずに、その場で『光線』に対処していたら……フェレシーラが術法の行使を中断していたかどうかは、正直いってわからないところだった。


「あの――」

「なんだね」


 居ても立っても居られずに声をあげると、セレンが一瞥をくれてきた。

 それを受けて、俺は結局口を閉ざしてしまう。


 フェレシーラを擁護する。

 それ自体は簡単だった。

 俺が彼女と揉めてしまい、怒らせてしまったのだと言えばこの場は収まるからだ。


 プライベートで拗れてしまい、結果それを特訓に持ち込んでしまった。

 最悪特訓は中止となるかもしれないが、揉めた原因にまではセレンも踏み込んでこないだろう。

 もっともその場合、呆れてこちらに愛想を尽かす可能性は高いが。


 しかしそれは出来なかった。

 というか、俺自身がしたくなかった。

 ならばここは、一体どうすることが筋であるか。


「セレンさん、パトリース――」 


 それを自問しながら、俺は二人にあらためて頭を下げた。 


「どうか、フェレシーラと一度二人で話をさせてください。お願いします」


 地を見つめていたところに亜麻色の髪が視界へと入ってきて、ややあってから頭上より、頷きを交わす気配がやってきた。





「ふぅ……流石にアトマも使い過ぎて、少し疲れちゃったか。なあ、フェレシーラ」 


 真新しい間仕切り布が張られたばかりの診療所にて、俺はどかっと丸椅子に腰を下ろした。

 それに倣う形でフェレシーラもまた着座してくる。

 微妙に離れた位置取りに、ではあったが。


 そのなんともいえない距離感に頬を掻いていると、やや俯き加減で言葉が返されてきた。


「怒らないのですね、フラムは」

「怒る理由がないからな。聞きたいことはあるけどさ」

「それは……なんでいきなり、私があんな真似をしたのか、ですよね?」

「だな。本当は俺が、勝負を受けなければ良かったんだろうけどさ。なにか理由があるんだろうなーって。まあそもそもの原因は、昨日の夜のことなんだろうけど」


 フェレシーラの問いかけに自然早口気味になってしまうが、こればかりはどうしようもない。

 まるで果し合いにも等しかったあの戦いの最中。

 俺はずっと、フェレシーラを怒らせてしまったのでは、と気になって仕方がなかったからだ。


「で……どっちだったんだ?」

「どっちって、なんですか……」

「ああっと――うん。風呂場で俺が言ったこととさ。寝室で俺がしたこと。どっちに怒ってたのかなぁって。まー、両方合わせてなんだろうけど」


 昨晩、風呂に入っている際に口にした「誰よりも強くなる」という言葉。

 そしてその後、俺が与えられた寝室で立ち去ろうとした彼女を、力づく引き留めたこと。

 そのどちらもが、彼女の気分を害していたとしてもおかしくないと、いまは思えていた。


 そんな俺を、フェレシーラは微妙に顔を俯かせたまま、上目遣いで「じぃっ」と見つめてきていた。


「なぜ私が、それで怒らなくてはならないのですか」

「え。違った……のか? 俺はてっきり、お前より強くなってみせるだとか、居なくなろうとしたのに引き止めたから、怒らせたのかなー……って思ってたんだけど。あ! そういや、俺が教師役になったら出番が減るとか気にしてたもんな。そっちだったか……!」

「違いますよ。まったく関係ないとまではいいませんが。そこではありません」


 ついには「ぷぅ」と頬を膨らませてきながら、彼女は言葉を続けてきた。


「いいましたよね、貴方は。白羽根の聖女の……私の傍に在り続けると」

「あ、ああ。それも確かに言ってたな。あれ? もしかして、それが不味かったのか?」


 フェレシーラと共にゆく。

 その意思表明をあらためて行っていたことに、なにか問題があったのかと思い首を捻ると「はぁー……」という盛大な溜息が真正面からやってきた。


「だーかーら。私が言いたいのはそうではなくて。なんであんな大事なこと……他の人がいるときに、言ってきたんですか」

「へ――」

「へ、ではありません! あの時、パトリースが私の隣でどんな顔をしていたのかわからないのですか!? 彼女、ありえないぐらいのニヤケ顔で私のこと見てきたんですよ!? しかもその後小声で、おめでとうございますーって……!」

「お、おめでとうって……あ!?」


 そこまでフェレシーラに言われて、俺は一つの仮定に辿り着いていた。


「え、もしかして……パトリースのヤツ、俺がお前に求婚したと思ったのか……?」

「きゅ……!? きゅうこんって……ち、ちがいます! まだ、そこまでは……!」

「あれ? なんだよ、また違ったのか? ていうかそろそろはっきり言ってくれよ、お前もさ。さっきから妙に引っ張ってないで」

「ひっぱ……ええ、そうですね! 引っ張ってしまって、申し訳ございませんでしたね!」


 いい加減に答えを知りたくなりそれを口に出すと、フェレシーラがキレてきた。

 いや本当にわけがわかんないぞ、さっきから。


 ずっと一緒にいたい、って口にしたことを「結婚してくれ」と伝えたと勘違いされたっていうのなら、そりゃあフェレシーラにとってもいい迷惑だろうから、怒るのもわかるけどさ。


 そうではなく「これからも一緒に旅をし続けたい」って意味でパトリースが受け取っていたのなら、フェレシーラにとって一体なんの不都合があるというのか。

 これがわからない。

 まるで意味がわからなかった。


 ていうかこれ、なんかコイツ誤魔化そうとしてるだろ。

 流石にこの答えだけじゃ、ガチめにバトった理由として弱すぎるもんなぁ。



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