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第183話 挑む者、望む者

 それは特訓二日目の朝のこと。


「あれ。みかけないとおもったら、ここにいたのか」


 食堂での朝食を終えてから自室であれこれと準備を済ませた後、特訓場の試合場(ややこしい)を訪れると、既に先客がいた。

 それも一人と一匹の、珍しい組み合わせだ。


「おはよう、パトリース。ホムラもここにいたんだな。見かけないから心配したぞ?」 

「あ、おはようございます。フラムさん。ほらチビ助、ご主人様が来たわよ」

「ピ? ……キュピ! ピィー♪」 

「うおっと……!」


 白衣姿のパトリースの足元より飛び立ったホムラが、右肩へと舞い降りてきた。

 そしてそのまま走竜の肩当を止まり木代わりにきてくるが……


 ぶっちゃけちょっと……いや、かなり重い。

 食欲旺盛なこともあってか、最近のホムラは猫サイズを越えて犬サイズの域に踏み入り始めている。


 羽根の色艶も良く、白茶のコントラストも鮮明になってきているし、額から伸びる赤い流星の如き刻印もルビーの様な輝きを放ち始めている。

 猫科のしなやかさを感じさせる後ろ足も太くがっしりとなり始めているし、鈎爪を備えた前足は既に立派な猛禽類のそれだ。


 未だ幼さを残すのは丸みを帯びた嘴ぐらいのもので、そこだけは正に「くちばしの黄色いヒヨッコ」といった印象だ。


「ほんとお前、どんどんでっかくなるよなぁ……羨ましくなってくるぞ……!」

「ピ? ピピィ……!」


 日一日と成長してゆく友人に妬みがましい視線を送ると、小首を傾げてからのびっっっみょーーーーーな鳴き声が返されてきた。

 位置的にも見事な上から目線。

 ちょっとホムラさん、近頃調子に乗りすぎじゃありませんかねぇ……!


「あのー……フラムさん。まだお時間があるなら、少しここの陣を見て欲しいのですが」

「ん? ああ、そっか。試合場の壁の補強作業、任されていたんだったな。どれどれ、と……」


 すっかり丁寧語で話しかけてくるようになったパトリースの呼びかけに、俺はホムラとのじゃれあいをストップさせて歩を進める。


 見習い従士の手には、術ペンが一本。

 昨日彼女が筆記用具として用いていたものより、太く長くやや捻じれている。

 俺が使っている短剣とそう変わらぬ大きさで、ペンというよりは短杖ワンドに近い。


 試合場の壁には黒と白、二色の線。

 両端が突き出た短杖ワンドの形状から察するに、片方で黒、もう片方で白い線を刻むことが可能なのだろう。

 その二色でもって描かれていたのは、大小無数菱形の陣。


 四方陣。

 陣術の中では二番目に学ぶもので、安定性のわりに術効の強度もそれなりと、扱いやすい代物だが……


「ええっと……もしかしてこれ、パトリースが一人で全部やってるのか? フェレシーラやセレンさんのヘルプなしで」

「はい! もう少しで一周するところで、そこから仕上げ作業に入れますよ! セレン様から触媒になるインクを預かっているので、追記していきます。黒が耐久力向上用の防御陣、白が自己修復用の回復陣なので、強度を確保するために黒優先で強化の予定でした」

「なるほど……理にかなってるな。あ、黒に手を入れるならアトマ耐性に振った方がいいぞ。たぶん、そっち系のダメージが多く入るからさ」

「了解です!」


 パトリースに声をかけると、短杖ワンドを握りしめてのハキハキとした返事がやってきた。

 昨日までの彼女とは、見違えるほどの溌剌さだ。

 きっと皆で朝食を終えたあとにすぐにここに乗り込み、昨晩からの作業の続きに取り掛かっていたのだろう。


 しかしそれにしても、これは本当に凄いな。

 壁に記された陣の数と、そのバランス。

 アトマ文字による術法式の配列処理。

 陣術の基本を習ったばかりの者が組んだものだとは思えない、見事な出来栄えだ。


 まだ幾分、式に粗い部分が散見されるとはいえ……十分実用に耐えるであろうことが一目で見てとれる。


「ていうかコレ、もしかして……本物の試合場の壁にあった『防壁』の術具を参考にしてるのか? たしかあそこのヤツって、こんな感じの術法式で構成されてた気がするんだけど」

「おお……さすがはフラム師匠……! パクっちゃったのバレてましたか! そうなんです、セレン様からお借りしてた参考書の『防壁』陣の組み方より、そっちの方が条件的にほぼ同じだったので試しているところでした! ……もしかして、駄目でしたか?」

「いや。こっちの方がいいと思う。俺もチラッとみたけど参考書のヤツはもっと狭い、術者の周囲をカバーするだけの練習用の陣だったしな」


 勝手な真似をしでかしたと、勘違いしてしまったのだろう。

 急にしょげ返ってきたパトリースに対して、俺は陣の刻印を指でなぞりつつ、フォローの言葉を投げかけた。


 条件に則した陣を作成するために、見様見真似で術具の式を参考に四方陣を構成してのけた、ということ自体驚くべきことなのだが……


 うん。

 やっぱり良くできている。

 俺がマルゼスさんに陣術を教えてもらって、初めて陣を組んだ時よりも良い出来栄えだ。

 大きな注意点があるとすれば、一つだけ。


「ただ、この規模と強度で三日分の効果を得るとなるとアトマの消費量が嵩むから、手合わせ中にだけ発動させていく必要はあるな。その点も術具と同じでオンオフさせていけるように式を追加しておくよ。術具だとその部分は大体量産品のパーツが使われているから、起動箇所に隠れていて見えなかっただろうし。その短杖ワンド、もう一本あるか?」 

「あ、はい! 予備がありますので……ありがとうございます、師匠! 学ばせていただきますね!」


 おっと、早速技を盗みにくるとは中々気の抜けない生徒だ。

 ていうか、師匠って呼ばれるのはなんかこそばゆいものがあるぞ。


 ……教える側としてはちょっと嬉しいから、敬語含めて止めろと言えない自分のセコさが悲しくなるが。


「――よし。これでオンオフも可能になったな。まだスペース的な余裕はあるし、追加で触媒の使用許可がもらえたら随時補強も考えていこうか。お疲れ様」

「えへへ……ありがとうございます! ――と、言いたいですが。まだ肝心の陣術の発動が控えてますからね。テストしてきます!」

「おー。調子にのってアトマの注ぎ込みすぎで、折角書いた陣ぶっ壊すなよー。リミッターの組み方も、今度教えてやるからさ」

「う、それは予想していませんでした……! 了解でっす!」


 威勢よく駆け出したパトリースを、俺はひらひらと手を振る。

 その勢いにつられたのか、ホムラが「ピ!」と一声鳴いて後を追う。


「さて、と……」


 一人と一匹を見追って、俺はその場を振り向く。

 視線の先、石床の上には真横に走る白線。

 その中心には直径2mほどの真円が描かれている。


 試合開始に用いられる、開始円。

 そこに向けて、一人の少女が進み出てきた。


「おはよう、フェレシーラ」

「おはようございます、フラム。気づいていたのですね」


 右手には戦鎚ウォーハンマー。左手に小盾ラウンド・シールド

 その身を包むは、一片ひとひらの羽根に傾く天秤が描かれた白き胸鎧ブレストプレート


 見慣れた姿と、別れたときと変わらぬ口調で、白羽根の従士がそこにいた。 


「まあな。さすがに気配でバレバレっヤツだ。てか、入口からずっと覗いてただろ? 俺がここに来たときからさ」

「……申し訳ございません、後をつけるような真似をして」

「なに言ってんだよ。後をつけるもなにも、ここが目的の場所だぞ。あやまる必要、あるか?」


 苦笑を浮かべてのこちらの返しに、しかしフェレシーラはこうべを垂れるのみ。

 努めて気にせず、俺は言葉を続けた。


「それにあまり大勢で教えても、パトリースだってパンクしちゃうかもだからな。俺より先に来ていたら、お前が見てくれてただろうし」

「それは……そうですが」

「なんだよ。朝から煮え切らない感じだな」


 つい口を衝いて出かけた「お前らしくないな」という言葉はなんとか飲み込むも、やはり会話は続かない。


 はい。

 ぶっちゃけめっちゃ怖いです。

 今日のフェレシーラさんは、朝からピリッピリのシリアスモード全開の模様。


 まあ、心当たりはありまくりだ。

 昨日の夜、あんな真似してそのまま別れてたしなぁ……

 パトリースの様子からしても、あのまま女性陣は全員普通に就寝していたのだろう。


「フラム・アルバレット」


 不意にその名を呼ばれて、俺は彼女を見つめる。


「白羽根神殿従士、フェレシーラ・シェットフレンが相手を務めます。今日は本気でかかってきなさい」


 一度は捨てると二人で決めた名を口に昇らせた、少女が構える。


「いざ尋常に」


 知らずの内に、右手が短剣を抜き放つ。


「勝負」


 その言葉を合図に、互い共に真円の中へと踏み入り――


 壁面を駆け巡ったアトマの輝きが、斬打の応酬を包み隠した。



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