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第181話 成長条件

「あ、フラム。そっちの籠に肩当以外の防具は入れておいてね。明日また新しいのが『貪竜の尻尾』から届く手筈になってるから」

「へーい。籠、籠と……お、コイツか――って、ホムラ。お前なにこんなところに隠れてるんだよ」

「ピ? ピィ♪」


 フェレシーラの指示に従い脱衣所で籠を探し当ててみると、急にホムラが首から生えてきた。

 さっきまで食堂でグースカピーしてた筈なのに、なんという行動力と機動力。

 成長期って恐ろしいな……!


 などと思いつつも、小さな逃走犯を見事お縄にして籠のスペースを確保して、正方形の編み籠に合皮製の防具一式を押し込む。


 ちなみに籠の素材に使われているのは、湖水竹と呼ばれる青い木の外皮を加工したものだ。

 俺が暮らしていた『隠者の森』にはなかったツルッとした樹木で、細く長い幹と笹と呼ばれる独特の葉を茂らせる珍しい植物だ。


 硬質な外皮と規則的な節目が目を引くが、切り出してみると中身は空洞という中々にびっくりな構造をしている。

 節目を両端に残して穴を空けて水筒として用いたり、半分に割って簡易的な食器にしたり、細かく分けて屋台料理の焼き物の串として活用したり、ほぼそのまま横倒しにして洗濯竿にしてみたりと、その用途は非常に幅広い。


  特に食器としては、素人でもわりかし手軽に入手加工できることから、携帯用としての需要が高く、外食ではこれを持ち込み容器代を浮かせるというケースが多いらしい。


 ちなみに暑さも真っ盛りのこの時期は、掌サイズの棒状の加工したものに穴を複数あけて紐で繋ぎ、扇状にスルッと開くようにした扇子という物が人気らしい。

 一度宿に備品として置かれていた物を使ってみたが、コイツをパタパタと扇ぐとめっちゃ涼しい上になんだか優雅な気分に浸れるという優れものだった。


 ここミストピアが接する貪竜湖周辺のみに群生しており、新芽の部分は極々短い期間ではあるが食用としても用いられ、美味珍味として公国貴族内でも人気がある。


 なんでも以前『隠者の塔』の書庫でみかけた文献によると、中央大陸の東方、海を隔てた場所にある鬼人族の国シンレンが原産とのことなのだが……

 近年交易で根ごと持ち帰ったある商人が庭に観賞用に植えてみたところ、地質的なアトマを含めた周囲の気候と性質が合致したのか、あれよあれよと地中で根を伸ばしていき、あっという間に湖周辺に湖水竹が生え茂っていったという経緯があったりする。


 最初の頃はその奇異な特性もあり住民に不気味がられていたところに、挙句の上に民家の石床ごと突き破って生えてきたりと色々問題になったことで、その商人も罪に問われかけたという逸話がある。

 しかしその後、地面を伝って増える特性が地表の結束に繋がり、結果として雨季に発生しがちな土砂崩れを防ぐ効果が認められたことで事無きを得た、という。


 あまり放置しても際限なく増え続けて鬱陶しいので、定期的に術法を用いて根切りが行われているらしいのだが……

 俺の見立てでは、貪竜湖以外ではそうそう増えまくることもない気がしてる。


 案外というべきか、当然というべきか。

 動植物の生育には、土地の持つ地質的なアトマの影響が大きい。

 ちょっと気になって湖水竹に『探知』を使って確認してみたところ、水のアトマが循環しまくっていた形跡もある。


 そして聞くところによると、公国内でも貪竜湖周辺ほど水のアトマが色濃く出ている地域はないという。

 そんな貪竜湖の周辺のみで群生しているとなると……湖水竹は他の場所ではアトマ不足でまともに育ち切らないのでは、という推測が立つのだ。


 たぶん。

 おそらく。

 そうなんじゃないかな……?


「しっかしまた、派手にやられたもんだなぁ……初日でこんなにズタボロとか、先が思いやられるぞ」

「ピィー……」

「なにさっきからブツクサ言ってるのよ。あ、霊銀盤を抜いておくのを忘れないようにね。間違って廃棄でもしたら目も当てられないわよ」

「ん。そこは真っ先に済ませておいたよ。ま、これがあれば少しは直撃も減らせるか……あ、ところでパトリースはどこいった? まだ学習室に籠ってるのか?」 


 竹籠とホムラを抱えて脱衣所を後にすると、フェレシーラも同様に洗い物をもって通路に出てきたので、そのまま会話へと雪崩れ込む。


「んー……食堂で貴方に説明されたあと、早速実践してみるって息巻いてたし。いまは試合場にいるんじゃないかしら。あそこの壁もやっぱり防護の術具までは再現されてなかったし、練習ついでにお願いしておいたから」

「え。練習って、陣術のか? たしかに触媒はセレンさんが大量に持ち込んでいたし、いまのうちに保護してもらえたら明日以降助かるけど……マジでか?」 

「マジマジ、おおマジ、大真面目にって奴よ。あの子ほんと、貴方のいったように才能の塊みたいね。ここに来る前に簡易的な『防壁』の陣術の仕組みを教えてみたら、発動直前まで漕ぎつけていたし。私、陣術は数種類しか使えないから。あの分だとすぐに追い抜かれちゃうかも」

「そこは向き不向きだと思うけどさ。しかしそれにしても、凄い話だな……」 


 ピカピカの石床の上を二人と一匹で進みながらも、俺は言葉を続ける。


「俺がマルゼスさんに陣術を教えてもらったときも、感覚を掴むまで丸々一日は使っていたぞ? あんな掻い摘みまくった説明で陣が組めるなんて驚きだな」 

「一日注ぎ込めば陣術のコツが掴める、っていうのも大概ふざけた話だとおもうけど……あの分だと、直に神術も使いこなせるようになるでしょうね」

「だな。魔術に関しては、あまり聖伐教団では使い手が歓迎されない傾向があるんだっけ? 勿体ないなぁ……しっかり教えてやるヤツが絶対に伸びるのに」

「そこはね。先に従士として戦えるようになるのが先決だもの。あまり脇道に逸れたら本末転倒だし」

「ごもっともで。ま、『大地変成』で地面が揺れまくってたときも大騒ぎしてたわりに上手くバランスとって陣のサポートまでやってたからな。お転婆娘っていわれるだけあって、運動神経も良さそうなんだよなぁ」


 天は二物を与えず、なんて言葉もあるが……どうやらパトリースという少女に限っては、それも通用しないらしい。


 術法の資質に、恵まれた運動神経。

 柔軟な吸収力と高い集中力。

 そして「このミストピア神殿にて、一人前の神殿従士になる」という、確かな目標。


 現状では見習いであり、まだ己の能力にいまいち自信が持てずにいるからか、取り乱しがちなところがあるとはいえ……

 彼女の才能は、出会って間もない俺の目からみても光輝くものがあった。


 天賦の才の持ち主っていうのはこういう人を指して言うんですよ、ハンサ副従士長。

 もっとも彼の場合、戦士としての素質に目がいって当然だから仕方ないんだろうけど。

 今後パトリースが努力しまくったとしても、そこがミグやイアンニ並みに伸びるかどうかの保証はないしな。


「私があの子の手本になる……って貴方が言い出した聞いたときは、一瞬首を傾げたけど。どうやらあながち間違いでもなさそうね。あーあ、フラムくんは指導者の素質もあるのかぁ……お姉さんの出番が減っちゃいそうで、ざーんねん」

「指導者の素質って。なに大袈裟なこといってるんだよ、お前。それにパトリースに術士の才能があるって気付いていたのは教会の人なんだろ? 俺は単に、それを確認しただけだよ。話を聞いてもいないのに気付くなんて無理だって」

「そうかしら」


 会話の最中、フェレシーラが足を止めてきた。

 それにあわせて俺も歩みを止める。

 腕の中からは、ホムラが小首を傾げる気配が伝わってきた。


「構成詞に発動詞……そして術法発動後に用いる、補強用の増幅詞。幾らアトマ文字を習得しているとはいえ、ずぶの素人って奴に等しい子を相手にそれだけを教え込んでモノになるってわかるだなんて。普通、基礎からみっちりと、手取り足取り教えるようとする筈だもの」

「うん? いやまあ、そうかもしんないけどさ」


 フェレシーラの物言いには、なんとなく引っかかるものがあった。

 それを感じて彼女へと向き直る。


「かもしんないけど……なんですか」


 見れば神殿従士の少女は、悲しげな――


 いや。

 寂しげな面持ちでもって、俺を見据え問いかけてきていた。



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