ミストピアの街を遠巻きに囲む、初夏の背高き連峰。
その向こう側へと陽も落ち始めた頃合いに、俺たち四人は
「すみません、セレンさん。この袋ってどこにもっていけばよかったですか?」
「青二号か。それなら第二倉庫だな。ついでにこの赤六号も頼むよ……ああ、パトリース嬢、黒四号には触れないように。急ぎだったので封印が甘いからね。吸い込みすぎたら、最悪廃人になるよ」
「ふぇ!?」
「ええと、白一号と青五号は寝室へ、と。あ、フラム。倉庫にいくならこれもお願い」
「へーい。てかフェレシーラ、それ重いだろ。寝室なら通り道だし途中まで持つぞ」
荷車に積まれた無数の麻袋は、前もってセレンが神殿側に手配させていたものらしい。
赤、青、白、黒で色分けされたそれの中身は、その殆どが簡易的な寝具や小物といった日用品で占められている。
中には物騒な代物もあるにはあったが、そこはセレンがチェックしているので大丈夫なようだった。
というか、大丈夫であってくれ。
「しかしセレンさん……昨日の今日だったっていうのに、よくこんなに手早く準備出来ましたね。神殿の人たちに相当無理させてませんか、これ」
「ん? ああ、時間ならそれなりにあったよ。なにせ君たちがここに参殿した時点で手配させていたからね。パトリース嬢の分だけは昨日の夜に特訓に参加すると聞いて、追加をかけていたが」
「参殿した時点って、カーニン従士長から連絡を受けたとかですか?」
「いや、ホムラ君を一度検疫に出しただろう? その時さ」
「ホムラを検疫に……ああ、なるほど。そこで既に興味が湧いていた、ってわけですね」
「名答。よくわかってるじゃないか、キミ」
こちらの推測を受けて、セレンが「はっはっはっ」と愉快げに笑ってきた。
いや、本当になるほどって感じだ。
おそらくだが、こちらが幻獣であるグリフォンの雛を連れてきた時点で、彼女にとって俺たちは『興味の対象』としてロックオンされていた、ということなのだろう。
魔幻従士として立場からのアドバイス。
陣術を用いたプチ神殿、特訓場の生成。
必要物資、人員の手配。
単純な好意によるものとしてはあまりに大きすぎる支援の数々も、「興味が湧いたから」という理由であるなら納得できる。
魔幻従士セレン・リブルダスタナは、そういう人物なのだ。
ちょっと変った人ではあるが、裏表はない。
たぶん。
「ありがとうございます。ぶっちゃけ、めっちゃ助かってます。毎日宿舎とかの神殿の施設をお借りしていたら、移動なんかの手間も馬鹿にならないですから」
「うむ。それでは君たちを観察している時間も短くなるからね」
物資搬入と整頓の傍ら礼を述べると、彼女はホムラを膝に抱えて年季の入った安楽椅子に身を沈めつつ、そう答えてきた。
観察時間が短くなる、ときましたか。
どうやらセレンにとっては、一連のサポートは礼を言われるようなものでもないらしい。
いや言わせていただきますけど。
「ただ、己がために……ってとこか。やっぱ似るもんなのかな、師匠と弟子って」
「なにブツブツ言ってるのよ、フラム。寝室まで付き合ってくれるんでしょ?」
「ん。ちょっとバーゼルのことを思い出してさ。さて……あと少しだし、片付けちまうか……!」
フェレシーラの呼びかけを受けて、俺は残る作業に取り掛かった。
「ふぃー……つっかれたぁ……」
寝台に傍付けられた丸テーブルの上へと装備の類を投げ出して、脱力する。
フェレシーラとの手合わせに始まり、突然の陣術の解説に、果ては物資の搬入整頓にと。
そこまで終えてたところで、今度はフェレシーラに「疲れているところにわるいけど、お風呂沸かしてきてちょうだい。私、夕ご飯受け取りにいくから」と言われて、やたら大きな風呂釜へと薪をくべ終えて……
そこでようやく、俺は一人用の寝室へと辿り着いていた。
ちなみにホムラはアトマやりも終わったので、女性陣の寝室に遊びにいっている。
こっちは一人部屋なのに、あちらは団体用の大部屋ってズルくないか?
とはいえ女同士で話したいこともあるだろうし、フェレシーラと一緒がいいだなんて我儘は言わないけど。
「それにしても、術具式なら風呂焚きも楽だったんだけどなぁ……さすがにそこまでは陣術じゃ再現不能か。ま、ここまでの建物を造れるだけでも十分どうかしてるんだけどさ」
一日中酷使した体に伸びをうちながら、ついついそんなボヤきが口をつく。
そのまま厚手の布を敷いた寝台に身を投げ出したいという誘惑に駆られるが、そこはぐっと我慢。
「ま、風呂に入れるってのはありがたい話だよな。毎日思いきり体動かすとなると、水浴びや桶にお湯張って済ませ続けるわけにも――っと」
いつもの癖で独り言を繰り返していると「コッコッ」という、ノック音が聞こえてきた。
反射的に、俺は部屋の入口へと振り向く。
「こんばんはー……」
「ありゃ。パトリースか」
片開き式の扉の奥から顔を覗かせてきたのは、神殿従士見習いの少女だった。
チラリと覗くレースの刺繍が入った袖口をみるに、先に風呂を済ませてきたのだろう。
と、いうことは……
「風呂、呼びにきてくれたのか? フェレシーラとセレンさんも一緒だったんだろ?」
「うん。いま入ってきた。セレン様は髪を乾かしているところ。フェレシーラ様は――」
「ここよ」
パトリースに続き、ぴょこんとフェレシーラが顔を覗かせてきた。
二人して扉から生えてるのちょっと面白い……じゃなくて、だ。
「なんだよ、わざわざ二人して呼びにきてくれたのか。もしかして、薪の番でもしてくれるのか?」
「あれ、なんでわかったんですか」
「なんでって……え? マジで?」
「マジよ。だって貴方、陣術の講義の後に彼女に説明してなかったじゃない」
「あー……あれか。講義っていうほどのもんでもなかったけどさ。ん? もしかして、俺に風呂に入りながらその話をしろってことなのか?」
話の流れから二人に問いかけてみると、揃って無言での頷きが返されてきた。
昼間の
というかですね、御二方。
「説明するにしても、風呂沸かしながらってダメだろ。幾らいまが夏でも、そんな真似したら一発で風邪ひくぞ? 二人とも風呂上りなんだろ」
「そこはご心配なく。話してる間は冷気耐性に振った弱め長めの『防壁』を張っておくもの。それにパトリースにも作業を手伝ってもらうし」
「が、がんばります……!」
えー……マジですか、フェレシーラさん。
わざわざ『防壁』の神術にそんなマニアックなアレンジをしてまで話を聞きたがるとか、どんだけなのこの人。
なんにせよ、こうなるとコイツも中々引き下がらないもんなぁ……
とくに今回はパトリースもいるし、これで無理でした、ってのもバツが悪いだろうし。
「ったく……ホムラはセレンさんがしっかり見てくれてるんだよな?」
「そこはバッチリです。二つ返事で引き受けてくれました!」
「なら、問題はなさそうか……って、なんでパトリースまで俺に敬語使い始めてるんだよ」
「あ、いえ。なんとなく、陣術の話を聞いてたしていたら。フラムってすごいって感じで、自然と」
こちらの疑問に、パトリースが敬礼のポーズで返してきた。
その後ろではフェレシーラが満面の笑みを浮かべている。
準備は万端だから、四の五のいわずに早くしろ、といわんばかりだ。
「そんなに聞きたいもんかな、人の昔話なんて」
「はい、聞きたいです!」
「だ、そうよ。生徒の要望には答えてあげないとでしょ、フラム先生」
「いやいや……お前が乗り気なだけだろ。さっきから顔に出てるぞ? てか、入る前に回復してくれよな! さっきから俺、めちゃくちゃ眠いんだぞ……!」
「オッケオッケ。『体力付与』でもなんでもサービスしてあげるから、そうと決まればとっととにお風呂にいきましょ」
こちらと同じ特訓に臨んでいたフェレシーラに安請け合いで返されてしまい、仕方なく俺は部屋の入口へと向こう。
ぶっちゃけ風呂に入ったら、湯船で爆睡してしまいそうな気もするぞ。
まーそうなったとしても、こっちの話に耳を澄ませている薪当番が二人もいるなら、溺れ死になんてことにはならないだろう。
いや頑張って起きておく努力はするけどさ。
てかこの聖女様、朝からずっと動きまくってたのにどんだけタフなんですかね……!