「と、いうわけで。これより旅人改め魔法短剣士フラム君に、陣術についての解説をしてもらう。はい、白羽根殿にパトリース嬢。拍手で迎えてくれ給え」
「だから魔法短剣士はダサいからやめてくれ――じゃなくて!」
パチパチパチ……と机にちょっとお行儀わるく両肘をついての拍手が、学習室に響く中。
「なんでわざわざ部屋移動までして、俺が説明することになってるんだ……ですかっ。それにあの『大地変成』を使ったのはセレンさんですよね? 説明が必要なら、あなたがすればいいじゃないですかっ」
「はっはっは。些末なことを気にしていては、我が師バーゼルのように老け込むよ。というか、私は疲れているからね。今回はパスだ。君が働き給え」
「働き給えと言われてもですね……!」
四方に建つ壁の内、部屋の入口に最も近い壁面に配された大きな黒板を背にしながらも……
俺は教壇の上に手をつき、ホムラを抱えて椅子に凭れかかるセレンへの抗弁を試みていた。
「ちょっとフラム。セレン様がお疲れなのは貴方だってわかっているでしょう? パトリースだって待たせているし、やるならやるでとっとと始めなさい」
「ええと、ジンジュツについて……と。あ、セレン様、赤の術ペン持ってませんでしたか? 私、カルテ用の黒しか持ってきてなくて……!」
「ふむ。では特別に、試作品の完全アトマ充填型を貸してあげるとしよう。これまでの基材にアトマでの染色を行いインク替わりにするタイプとは違い、使用者のアトマのみで印字を行う優れ物だ。加減を間違うと紙が真っ赤になるゆえ、気をつけ給え」
「え――あっ!? か、紙が、かみがあああっ!?」
黒板と正対する形で配された横長の机よりあがる、女性陣の声。
こちらから見て左手側にフェレシーラ、真ん中にパトリース、右手側にセレン……という並びで着座を終えていた三人を前にして、俺は思わず溜息を吐かずにいれなかった。
誰がどう見ても講師と生徒という構図だ。
ついさっきまで、診療所で軽く陣術について話そうとしていただけだったってのに……
何が一体、何処をどうしてこうなった。
てか、術ペンっていうのかあの筆記用具。
パトリースがカルテを書くのに使っていたのと同型の術具ぽいけど、アトマのみで字が書けるって何気すごいな。
試作型ってことは、もしかしてセレンのお手製なんだろうか。
だとすると、陣術に術具作成にって……この魔幻従士さん、なんか色々とおかしくないか?
再現優先度が高かったのか、しれっと黒板まで作り出してるし。
まあ、あのバーゼルの弟子だっていうぐらいだし多芸も納得、って感じはするけど。
でもしれっと自分の師匠をディスるのは、弟子としてあんまり良くないと思います。
「ああ、フラム君はこれを使い給え。チョークもなしに黒板の前にいるのも寂しかろうからね」
「へーい……あざます」
会話の最中にセレンが投げ放ってきた物体を、俺は渋面となりつつもキャッチする。
「って、こっちは普通に石灰製なのか……受け取り損ねたら真っ二つですよ?」
「必要塗布面積と素材への乗りの良さの両面で課題が残っているからね。すべて術具頼りというわけにもいかんよ」
「なる。コスパは大事、ってわけですね」
言いつつ、俺は手にしたチョークで黒板を打ち鳴らす。
カッ、という短くも鋭い打筆の音が、教室内に静寂をもたらした。
それを確認して、俺は肺にゆっくりと空気を取り込む。
「では――」
女性三人の視線が壇上へと集まるのを「こいつらは野菜、こいつらは皆、ぜんぶ野菜」と念じて耐えきりながらも、
「これより陣術の授業を始めます」
俺は真新しい黒板の上へと、チョークの先端を踊らせ始めた。
結果からいうと……俺が中央大陸語でもって黒板にびっしりと記述を行っている間中、ずーーーっと大人しくしてくれていたホムラは偉かった。
マジで偉過ぎた。
「……ま、こんなモンかな」
陣術における、基本理念、そして基本理論。
超常神秘の業を、己以外の力を借りて強く大きく発露させる。
今現在は主流となっている魔術や神術といった術法が、まだ世の術士たちの間で浸透しきっていなかった大昔……
術法といえば、陣術。
陣術といえば、術法。
それがこの世界、サーシャルードに生きる者たちにとっての共通認識だったと言われている。
「ようは魔術や神術において術者の体内で練り上げられる術法式を、外部に準備した陣で強化、またはその殆どを依存するってのが陣術ってわけだ。術者以外に術法式の受け皿、器を用意して術を行使するって考えておけば間違いない」
陣の外周が器の外郭。
陣の面積が器の容量。
陣の形状が器の強度。
「ここに書いてある、この三点。ここの水準が高まるほど、比例する形で発現可能な術の効果や規模も高まっていく。注意すべきは、これだけだと大したことは出来ないってとこかな」
幾ら器そのものに力を入れたところで、満たすべきものが存在しなければ意味はない。
巨大な湖となりえる窪地を必死で造り上げたところで、そこにひっくり返すのがバケツを一杯では水たまりにもなりはしない。
「肝心なのは器の中身。そこで構成される術法式がお粗末な出来だったり、アトマが不足していると意味がない。その点、ここを造り出した『大地変成』は三形陣っていう最も簡易的な陣を用いたにも関わらず、とんでもない結果を叩きだしてるわけだが……」
触媒の良し悪し。
陣の行使に参加した術者の数と質。
そして術効への対価、エネルギー源として注ぎ込まれるアトマの総量。
「最後のは魔術なんかにも当てはまるけど。こういった部分でフォローが効くのも陣術の利点だな。とはいえ、バランスを欠くと上手く術法の発動に至らずに不発、または最悪暴走の恐れもある」
黒板の空きスペースに――我ながらヘッタくそな――図を描きつつ、俺は尚も続ける。
「なので、陣術を行使する上でメインになってそれを請け負う術士……さっきはセレンさんが担ってくれていたけど。軸になる術士が陣術の扱いに精通しているほど良い、って寸法になるってわけだ」
ちなみに今現在、俺たちが寛いでいる建物はオリジナルよりも構造材の芯の部分が金属成分で補強済みだ。
集めた地物にその手の鉱物が混じっていた場合、利用するようにあらかじめ陣に組まれていたので、そこは事前に把握している。
建物の耐久性に関して不安を抱えていたフェレシーラとパトリースに向けて、そうした点も図と口頭で伝えていき――
「てなわけで、陣術の基本についてはこんな感じでいいとして」
〆にもう一度、半分ほどに擦り減ったチョークをカッと打ち鳴らして、
「ここまでで、なにか質問あればどうぞ」
俺は三者三様の表情となりこちらをみつめていていた生徒たちに、一礼を行った。
「おおぉ……なるほど……教会の司祭さまの長話だとちっともわかんなかったけど。陣術ってそういうものだったのね……すごいですね、フェレシーラ様!」
「え、ええ……そうね。まあまあ、分かり易かったんじゃないかしら? 初心者向けとしては、ほぼ満点に近いと思うけど……構造材の芯を金属で補強って、下手をしなくても元の神殿より頑丈なんじゃないかしら……」
「ふふ。精通しているほど良いか。くふふっ……善いね。私は大変善かったと思うよ。君に任せて正解だったと云えるね」
気持ちゆっくりめに顔をあげると、聞こえてきたのはそんな声。
概ね講義は成功と、いったところだろうか。
てか、わりと頑張ったしそう思いたい。
そういや陣術といえば、マルゼスさんも七聖陣だかで『隠者の塔』を建てた、って話を昔してたっけか。
いきなり洞の中にでっかい塔を建てられて、古代樹さんもさぞかし驚いたことだろう。
最上階辺りとか、場所によっては壁面が思い切り露出してたしな。
一応注意したし木を傷つけてはいない、ってマルゼスさんも言ってたけど……あの人、雑なとこあるしなぁ。
「はー……よかった。緊張した……」
「ピッピィ♪ ピーッ♪」
「お、ホムラ。静かにしててくれて、ありがとな。お陰で集中できたよ。よーしよしよし……」
わざわざ横長の机の下を迂回して足元へとやってきたホムラに、俺は感謝の撫でつけで応えてやる。
「あ、そうだ。フラム先生に、一つ質問がありまーす!」
「う……!」
これでようやく一息つける。
そんな風に思っていたところに、元気の良い挙手が行われてきた。
パトリースだ。
まあ、質問が来るなら彼女だろうとは思ってはいたけどさ……!
「あー、はい……なにかな、パトリースくん。出来ればお手柔らかにお願いいたします……!」
「うん。フラムってさ。術法は使えない、って言ってたじゃない。独学だったからとかでさ」
「ああ、そういうそんな言い訳――じゃない。そう話してたな。それが、どうかしたのか?」
「うん。してるしてる。だってフラム、さっき思いっきりさ」
危うく口を滑らせかけたこちらに対して、パトリースは机に手をつき立ち上がり、
「セレン様が用意した陣を利用して、私の周りが崩れないように結界まで作ってくれてたでしょう? あんな真似ができるのに……なんで術法が使えない、だなんて言ってるの?」
そんな疑問を壇上へとブッ込んできたのだった。