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第176話 解説代行、プチ神殿にて

「ふぅ……」

 背凭れのない木の丸椅子の上より、安堵の息を吐く。

 やや股を開いて姿勢を楽にして、円状に形成されたピカピカの木の板に掌を触れさせてみる。

 するとそこから、確かな木材の手応えが返されてきた。

 うん。

 椅子だ。

 椅子で間違いない。

 それも記憶に新しい、特訓開始の今朝目にしていた椅子とそっくりの代物だ。

 軽く裏拳を打つようにして、それを叩いてみる。

 コンコンという音と感触。

 はい、木の椅子ですね。しつこいようだが、やはり間違いない。

 マジか……凄いぞこれ。

「フラム、パトリース、お疲れ様。久々にとんでもないモノみちゃったわね」

「び、びっくりしました……いえ、いまもびっくりしてますけど……つかれたぁ……」


 俺と同じく椅子に腰かけて口を開いてきたのは、フェレシーラとパトリース。

 共にぐったりとした様子で休憩をとっている。

 自由区画フリースペースでの昼食をすませてから、そう時間も経っていないというのにだ。

 しかしそれも仕方ない。 

 窓のない室内でより、俺たち三人は思い思いに室内を見回す。

 木製の事務机に寝台が四つ。

 椅子は俺たちが腰かけているものと同じタイプの物が、これまた四つ。

 背凭れつきのがっしりとした四脚の椅子が一つ、こちらは机の前に配されている。

 見たところ、布製の間仕切りやシーツ、毛布などは見当たらないが……

 木製の調度品や扉、床や外壁といった石材から成る物は一通り存在している。

 その構造にもまた、見覚えがある。

 ミストピア神殿内、兵舎と修練場に挟まれる形で設けられていた診療所。

 俺は昨晩お世話になっていたその場所と『構造的には』同じ代物だ。

 ただし、周囲にある物すべてが『出来たてほやほや、新品の』ではあったが。

「ふむ……一通り見て周ったが、まあまあといったところかな」

「……あ、セレンさん。お疲れ様です」

「ピッ! ピピィ♪」


 しばらくの間なにをするでもなく三人でぼーっと寛いでいると、そこにセレンが姿を現してきた。

 その足元ではホムラが嬉しげにクルクルと駆け回っている。

 どうやら揃って辺りを見回ってきたようだ。

「ええと。たしか、この診療所と寝室、あとは食堂と寝室にミーティングルームに学習室……でしたっけ」

「それに浴室と倉庫が二つずつだね。流石に利用期間も短いし、調理室までは設けなかったが……今後も神殿の者が活用するようであれば、増設も検討してみよう」


 驚き半分、呆れ半分でセレンに問いかけると、淡々とした――それでいて、密かな達成感が見え隠れする――声音でもって彼女は補足を行ってきた。


「十全とは言い難いが……即席急造にしてはわるくない出来栄えだ。三人とも、協力ご苦労。感謝する。ゆっくりと休んでくれ給え」

「そう言われてもですね……ちょっと落ち着きませんよ、この状況は。いきなり崩れてきたりしませんよね、これ……」


 セレンの謝辞にそわそわと辺りを見回しながら、パトリースが声をあげてきた。

 その様子は正におっかなびっくりといった形容が相応しく、いざという時の脱出口となる窓が存在しない造りにも不安を感じているようにも思えた。

 まあ、そこらは元になった診療所にもなかったもんな。

 変にコピー元から弄ると、構造的なバランスが狂ってそれこそ一気倒壊とかしかねないし。

 ここを生み出したセレンとしても、手を加えにくかったのだろう。 


 いってしまえば、ここってミストピア神殿にある各種施設のいいとこ取り、プチ神殿みたいなもんだからな。

 さすがにアーマ神の祭壇まではないみたいだから、ちょっと語弊があるかもだけど。


 なんにせよこの場所が、陣術によって造り出された建造物であるいう事実に変わりはない。

 ちなみにリソースは荒れ地に存在した岩や樹木、大地そのものに俺たち四人のアトマ、そして少量の触媒だ。


 三形陣という基礎中の基礎にあたる陣術で、ここまでの代物を捻出する。

 それ成せる時点で、セレンの技量が相当にぶっ飛んだ域にあると理解したわけだが……

 そんな離れ業に加担させられたお陰で、こっちも結構なアトマを持っていかれている状況だ。

 そういう理由もあり、俺たちは揃ってふたたびこの空っぽの診療所休憩をとるに至っていた、という次第だ。


「そうね。パトリースの心配ももっとも、って感じ。流石にここまで大掛かりな物となるとね」

「うん? なんだよフェレシーラ。お前までそんなこと言い出すなんて、意外だな」

「意外って。貴方は不安じゃないの? セレン様の技量を疑うわけではないけど……」 


 こちらがのんびりと寛いでいると、フェレシーラがパトリースの意見に賛同してきた。


 あれま。

 これは本当に意外だ。

 術法に関しては、素人に毛が生えた程度の知識しかもたないパトリースはともかくとして……

 まさかコイツまでそんなことを口に出してくるなんてな。


 チラ、とセレンに視線を飛ばすと、彼女は気にした風でもなく背凭れつきの椅子に腰かけて寛いでいた。

 己の仕事ぶりに大満足、といったご様子だ。

 うーん……この分だと、こちらへの対応はあんまり期待出来そうにもないな。

 仕方ない。

 ここは彼女に代わり、フェレシーラたちへの説明を行う必要があるだろう。

 俺は皆の足元をうろうろとして「あそぶ? あそぶ?」といった風に首を傾げていたホムラに手招きをして呼び寄せると、口を開きにかかった。

「いやまあ、大丈夫なんじゃないかな。そんなに心配しなくてもさ。突然ここがどうにかなる可能性はかなり低いとおもうぞ」

「可能性がかなり低いって。なんでそこまで言い切れるのよ、貴方」


 両手でホムラのお腹を抱えてのこちらの回答に、フェレシーラがふたたび疑問を呈してきた。


「なんでって……そりゃセレンさんが組んだ陣術の術法式がしっかりしてたからだよ。お前だって陣の形成に参加してたし、視えてただろ?」

「視えるって……え? ちょっとなに言ってるのか、よくわかんないんだけど。……どゆこと?」


 俺からの反問に、フェレシーラが首を傾げてきた。

 コイツ、こっちの口調はどんどん崩れてきてんなぁ……

 まあそこは一緒にいる俺の影響でもあるか。

 これから説明するっていうのに、堅っ苦しすぎるのもなんだしな。 


 しかし一体、さきほどセレンが見せた術法――『陣術』に関して、どう説明したらいいものか。

 人に物を教えたり、解説した経験がほぼないからちょっと迷うが……


 うん。

 ここはパトリースも同席していることだし、フェレシーラにはわるいけど基礎的な内容も絡めていこう。

 ちょっと話が長くなるかもだが、術法に関する説明をしておく予定もあったし、丁度よかったかもしれない。 


「ええと。まず、セレンさんの陣術……『大地変性』のアッパーアレンジ版かな? 俺たち三人で、あれのサポートをやってただろ。そのときに陣の式構成を解析したんだよ」

「解析って、あの状況で? かなり揺れが酷かったけど」

「いや、始まる前に時間的な余裕はあったし、予めな。式の構成を把握しておいた方がアクシデントが発生した時にも、スムーズに対応できるだろ? それでパトリース側の制御も手伝えたしさ。さすがにお前のサポートまでは必要なく視えたから、任せきりだったけど」


 陣術はその形態上、大掛かりな代物となる場合が多々ある。

 特に『大地変容』のように、周囲の自然物を取り込み再構成を行うタイプの術は、規模に応じて難易度も乗算的に跳ね上がる傾向にあるのだ。


 ここまでの反応と口振りからしても、フェレシーラとてそうした基礎的な事柄は十分理解しているだろう。

 問題は、そこから先の話だった。


 というかこの流れ……セレン先生、マジで説明する気ないな……!

 アンタがやらかしたことだし、それこそ手伝ったお返しにフォローの一つぐらい欲しいんですけど!?

  こっちのためだってのは、重々承知の上ってヤツだけどさ!


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