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第175話 大地変成

 陣術。

 その名の示す通りに、『陣』を用いて行う術法の一種。


 地に魔法陣を記し、それ自体を術者とリンクさせることで外部術法式として扱う技術であり、

もっとも原始的な術法として世に知られている代物だ。


 その起源は神代のときにまで遡り、ラビーゼ族の始祖である術士がこれを用いて時空の扉を開いただとか、人族の英雄が魂源神アーマを呼び出しその身に宿らせた――いわゆるところの、神卸しというヤツだ――とか、その他諸々と……


 古くから世の術士に用いられていただけはあり、様々な逸話を各地に遺している。


「三形陣か……」 


 セレンの指示の元、フェレシーラとパトリースが杖を用いて荒れ地に刻んでいたのは、一辺20mにも及ぼうという巨大な正三角形の陣。

 陣術の基礎である『三形陣』という代物だった。


 陣の起点となる三箇所には、フェレシーラと俺、そしてパトリースが待機しており、その中心で、セレンが地に膝をつき呪文の詠唱を開始している……そんな状況だ。


「たしか、三形陣、四方陣、五星陣、六芒陣までは練習させられたっけ」


 陣を通して荒れ地にアトマの輝きが満ち始める最中、俺は『隠者の塔』での修行時代を振り返っていた。

 陣術は用いる陣の形式により、その術効に大きな差異が生まれる。


 いま地面に刻まれている三形陣は、そうした陣の中でも基本中の基本として用いられる物であり、比較的制御も容易である反面、効果も抑えられる傾向にある。


 しなしながら陣術という技は、実行する術者の実力や数、陣に用いる触媒、規模による影響も大きい。

 そのため、そうした部分で術効をカバーできる際には、安定性に秀でる三形陣や四方陣の採用率が高い傾向にある。


「まー、わざわざ手間をかけて陣の発動に失敗したら勿体ないもんな。主に触媒が」


 地面に刻まれた長大な陣――黒色の触媒が描く線を前にして、俺は呟いた。

 陣に用いられる触媒。

 その多くは霊銀盤を作成・加工する際の副産物として得られる霊銀の粉末と、他の霊的物質を混ぜ合わせて作られた顔料であることが殆どだ。


 敢えてはっきりとした色を付けているのは、目的・陣の種類に応じた触媒のランク分けを容易にするためであり、どういった色合いでランクが決まるかは触媒を作成した者次第、と聞く。


 そういや、マルゼスさんは当然のように赤い触媒を最高ランクとして扱っていたっけか。


 とはいえ、あの人が陣術を使うことなんて殆どなかったし、使うにしても俺の練習用としてだったから、黒っぽい低級触媒ばかりだったけど。


 なんてことを延々と思い返していたら、不意に遠くにいたフェレシーラと視線がかち合った。


「ちょっとフラム、なにぼーっとしてるのよ。もう陣の起動準備は終わっているんだからね。貴方も手伝うんだから、ちゃんと集中する」

「へーい。陣が術法の出力に耐えられずにブレたら、アトマで抑え込んで制御の補助に回るんだろ? その手のは慣れてるし、了解だ。しかし、これなあ……」 


 不安げな眼差しを送ってきた少女に返事を行いつつ、俺は周囲を見回した。

 セレンが用意させた三形陣は、かなり大掛かりなものだった。


「これ、本当にいきなりやっていいものなのか? セレンさんの口振りだと、教団から許可されてないぽかったけど」


 既に皆が術の発動に向けて集中する中、なおも俺は呟く。

 セレンは「見てのお楽しみ」といっていたし、そうおかしな真似をするつもりもなく、こちらの特訓のために術を使おうとしていること自体は、理解できている。


 だがしかし、その肝心要の術の効果が皆目見当もつかない状態だった。

 ちなみにだが、陣術自体は俺も扱うことは出来たりする。

 何故かといえば――っと!


「地より生まれしもの。不変の定め打ち破りしもの……」


 不意にセレンの囁きがその律動を増し、こちらにまで届いてきた。 


 呪文の詠唱。

 そしてそれに併せて跳ね上がる、地へと注ぎ込まれるアトマの脈動。


 陣術の起動。

 それが成されゆく中、視線を残る陣の一辺で構えていたパトリースへと送ると、緊張の面持ちで杖を握りしめる姿がそこにあった。


 おそらくではあるが、彼女は陣術の行使に関わるのはこれが初だろう。

 もしかしたら、術そのものを見るのも初めてかもしれない。


「流砂の使徒、泥濘の友。汝ら大地司る幻霊に、我は願い託す――」


 尚も続く、詠じの声。

 荒れ地に降りた黒衣の裾が、直下より吹き上げてきた不可視の力を受けて宙へと浮かび上がる。

 三形陣に、そこに刻まれた使命を発露させる瞬間が迫っているのだ。


 というかこれ……

 もしかして、思っていた以上に大掛かりな術じゃなかろうか?

 呪文の詠唱に聞き覚えこそないが、近しい意味合いと配列の構成詞なら、塔で読み漁っていた蔵書の中で見かけた覚えがある。


 だとすると、この陣の強度じゃ俺とフェレシーラはともかくとして――


「三形抱くかいな。底井戸浚うてのひら千尋せんじん穿つ巨人の鑿鎚のみつち以て……築け樹岩の根城!」


 こちらの思考を遮るかの如くして黒衣がはためき、術の行使が始まった。

 瞬間、ぐらりと足元が……否、大地そのものが揺さぶられる。


 「あっ、きゃあ!?」

 「……くっ!」

 「おっと」


 パトリースが悲鳴をあげつつバランスを取る。

 フェレシーラの表情が一瞬強張るとも、事無きを得る。


 うん。

 思ってた通りだ。

 デカイのくるぞ、これ……!


「パトリース! 陣の制御には無理に加わらなくていい! そこにいるだけで全体が安定する! そのまま杖立てて、しっかり踏ん張ってろよ!」

「わ、わかったわ! 杖を立てて……と!」

「フェレシーラ、もしもの時は神術でパトリースのフォローを頼む! 制御が途絶えてもこっちで補う!」

「その位置からここまでカバーできるっていうの? ……了解、それで!」


 二辺に向けて声を飛ばすと、それぞれ返答がやってきた。

 同時に右手で『探知』を作動させる。

 手甲の霊銀盤が微かに震えて、二人の身体からアトマの輝きが立ち昇るのが見て取れた。


 フェレシーラは当然として、パトリースもなかなかに力強いアトマを放っている。

 こりゃ素質があるって話は本当だな。


 そこまでを確認し終えて、俺は腕の中に収まっていたホムラへと声をかけた。


「わるい、ホムラ。起きて動けるか? ちょっと手が離せなくなりそうだ」

「ピピッ!」


 こちらがそう頼み込むと、ホムラが素早く宙に舞い上がり陣から距離をとってくれた。 

 流石に両手が塞がっていては不味い状況なので、ありがたい。

 昼飯直後のおねむタイムだったっていうのに、ごめんな。


「さて、あとは陣の効果が完了するまでしっかり……って、うっわ」 


 ここまでくれば後は陣が乱れぬようにフォローに回るだけ。

 そう思い視線を陣の中央に戻して、そこで俺は思わず声をあげてしまっていた。 


 陣術がもたらす効果は、まず間違いなく地形への干渉だ。

 それはセレンが用いていた呪文の詠唱詞からも予測出来る。

 なので、そこに関してはそこまでの驚きはない。


 俺が驚いたのは、他でもない。

 鳴動を続ける荒れ地の中心に座した、セレンのアトマ……闇よりも尚深き、黒一色の波動を前にして、うめき声を洩らしてしまっていた。


「マジか、なんだあのアトマ……! さっきまでほほ無色に視えていたのに、なんでいきなり……!」

「ちょっとフラム! 貴方また視てるでしょ! いまはそれよりも集中する!」

「あ、ああ……たしかにな……っ」


 フェレシーラの指摘を受けて、俺は『探知』の効果を解除する。

 まるでそれを見計らっていたように、次の瞬間、一際大きなうねりが荒れ地を駆け巡った。


「うおっ!」

「もう、言わんこっちゃない……!」 

「あ、うわたっ、あっ……あひやぁあぁぁ!?」


 ドン! と、縦揺れがきた。


 同時に陣全域が激しく明滅する。

 続けて黒色の触媒が一瞬で燃え散り、入れ替わるようにして漆黒の波動が場に満ちる。


 陣の効果により、爆発的に増幅されたセレンの魂源力アトマ――


 地より噴きあがったそれが、一つの巨大な顎と化して周囲の地物を呑み込んだ。



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