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第174話 愚者の塵銀

「んじゃ、今日のところはおれらはこれで退散するんで! フラムくん、あんまり張り切り過ぎて無理しちゃ駄目ッスよ~?」

「うむ。パトリース嬢も、白羽根殿に失礼のないようにな」


 昼食の後、フェレシーラとの手合わせを幾度か終えたところで、ミグとイアンニが別れの言葉を告げてきた。


 彼らは特訓の間、こちらの応酬――といっても、もっぱら俺は受けに回ってばかりだったが――を真剣な面持ちで食い入るようにみつめ続けていた。


「術具を常用する者の立ち回り、とくと学ばせていただいた。旅人改め、魔法短剣士フラムよ。また会おう」

「はい。今日はありがとうございました、イアンニさん。それとミグも。術士見習いであることを伏せていて、申し訳ありませんでした」

「良い。気にするな。誰にでも語りたくない過去はあるものだ」


 初めて扱う術具でフェレシーラの攻めを受け捌くという結果を残した故に、イアンニから術士であることを看破された俺だったが……

 結局は「独学で術法を学んでいた」というかなり苦しいこちらの言い訳にも、彼はミグと揃ってただ頷きを返すに留めていてくれた。


 二人揃ってサンドウィッチを詰め込んでいた網籠を手に帰路につく彼らを、俺は頭を垂れて見送る。

 彼らの口振りからして、今後も特訓の補助に出向いてくれるであろうことは明白だった。

 こちらは一方的に神殿側に世話になっておきながら、身の上話の一つも語れないというのに、だ。

 それが上からの指示、職務の一環であるにしても、ありがたいことに変わりはない。


 でも……魔法短剣士ってのは、微妙にダサくないか……!

 あと改めてないからな!

 誰もツッコミも入れないし、万が一定着でもしたらちょっとツライんですけど!


「さて。いつまでも悠長にしている暇はないぞ。ホムラくんが目を覚ます前に、始めるとしよう」

「セレンさん……え? 始めるって、フェレシーラとの手合わせの再開ですか?」

「それも悪くはないがね。ここは一つ、今後のためにもこの区画自体に手を入れておくのが賢明だろう。当然、キミにも協力してもらうよ」


 え、なんだろう。

 この場所に手を入れるって……

 まさか幾らここが荒れ放題で使いにくいからって、草むしりとか地ならしでもしとこう、ってわけでもないだろうし。


 不思議に思い辺りを見回すと、少し離れた岩地の上でフェレシーラとパトリースがなにやら話し込んでいるのがみえた。

 なにやら二人して、杖のようなものを手にして地面を指し示しているようだ。

 アレってもしかして……


精銀術シルバリーについては学んでいるかね」

「え……あ、はい。師匠から術法に関する一通りのことは教えてもらっていたので。基礎的な範疇のみ、ですけど……」


 背後から唐突にやってきたセレンからの問いに、俺は戸惑いつつも答える。

 そうしながらも、頭の中では『隠者の塔』で学んだ知識を引き出しにかかる。


 精銀術シルバリー

 またの名を、術具精錬術アーマズシルバリー


 多くの術具の基部であり核足る『霊銀盤』に用いる霊銀を、地上に存在するあらゆる物質から抽出、精製を行うためのすべであり……それらを扱う学問は、精銀学と呼称されている。


 一般的に纏まった量の霊銀を得るには、幾つかの入手経路が存在する。


 地中深くで結晶化した稀少な霊銀の鉱脈を、地道な試掘により引き当てるか。

 市場に出回っている霊銀を購入する等の方法で、少量ずつでも掻き集めるか。

 古代迷宮を代表とする人の手が及んでいない危険域から、命を賭して持ち帰るか。


 そうした手段で既に形成された物を手に入れるのが、通例となっている。

 中には犯罪行為に手を染めてまで奪取しようと目論む連中も少なくないようで、公国内ではその手の輩を取り締まるのも聖伐教団の役目だという。


精銀術シルバリーって、……たしか、ラグメレス王国時代はかなり研究されていたんでしたっけ。その頃はまだ、領地内で霊銀の鉱床が殆ど発見されていなかったとかで」

「その通りだね。14年前の魔人による争乱が収束して以降は、霊銀喰いシルバリー・イーターの破壊により大量の霊銀気化体が公国中に飛散した影響により、精銀術シルバリー共々、衰退傾向にある」

「霊銀の安定供給が進んだことで、精銀術シルバリーに頼る必要がなくなってきた、ってわけですね」

「ああ。しかしまだ、失われたわけではない。むしろ公国外では発展し続けている分野だ。故に労苦を惜しまねば、研究を進めることは可能だ。言っている意味がわかるかね?」


 セレンの問いかけに、俺はゆっくりとした頷きで返す。

 公国内では価値が薄まりつつある学問に、敢えて力を注ぎ続ける。

 それはこの黒衣の女史にとって、精銀術シルバリーという技術にはそれだけの価値がある、という証左に他ならない。


 様々な物質に溶け込んだ微量の霊銀を取り出し、撚糸ように紡ぎ合わせてゆく。

 それが精銀術シルバリーの、「本来の目的」だ。

 だがそれ以外にも、精銀術シルバリーには本来の目的とはまったく異なる成果が……霊銀精錬を目指す過程で行われた様々な実験、検証、そして論議考察の渦から生まれ出でた副産物が存在していたのだ。


 それは不治と言われた病を根治させる霊薬の創造であったり。

 この世のものとも思えぬ異形の怪物を誕生させる、忌むべき邪術であったり。

 はたまた、異界へと繋がる扉を開く禁忌中の禁忌ともいえる、神の領域へと踏み込む――正直、眉唾ものではあるが――の奇跡であったりと。


 精銀術シルバリーを扱う道すがら、余の術士学士が想定外に手にしていき、破滅へと至った事例は文献上にも山ほど遺されている。


 そうした副産物の中には、術法に関するものも存在しているわけなのだが……


「よろしい。では、キミにも手伝ってもらおうか」


 記憶の階段を下り続けていたところに、ふたたびセレンが口を開いてきた。

 みれば彼女は、フェレシーラたちが作業を続けている岩地へと歩を進め始めている。 


「手伝ってもらうって……まさか。さっきからパトリースになにか準備させていたのは、そのためだったんですか? でも一体、なにをするつもりなんですか? さっきはこの区画に手を入れる、とは言ってましたけど」

「それは見てのお楽しみ、という奴だね」


 こちらの質問に、セレンがくつくつと笑う。


「幸い、人手には困っていない。この面子であればさして苦労することもないだろう」

「いや、それはたしかですけど。やるって、アレですよね? いいんですか、教団の人に許可も得ずにそんな真似して」

「ははは。面白いことを言うね、キミは。私もその教団の人間だよ。なに、この程度のことは日常茶飯事……とまでは行かずとも、どうとでもなる」


 幾らなんでも不味いのではないかと。

 そんなこちらの心配をよそに、彼女は含み笑いを大笑いに変じさせながら、堂々と言い切ってきた。

 その心底楽しげな様子から察するに、計画を中止するつもりは更々ないのだろう。


 ダメだこの人。

 マジでやるつもりだ。


 とりあえず、おやすみモードのホムラはこっちで抱えておこう。

 一体なにをおっぱじるかはわからないし、この分じゃ聞いたところで答えるつもりなんてないだろうしな……!


「首尾はどうかね、白羽根殿。そろそろ始めたいと思うのだが」

「こちらは順調です。パトリースが良く動いてくれているので助かっています」

「きょ、恐縮です……あ、向こうも終わらせてきますね! もうコツも掴めたので……!」


 フェレシーラがセレンを迎え入れたところで、傍にいたパトリースがどこかに駆け出していくのがみえた。


 うーん、上手く逃げたなぁ……


 まあそれも仕方ない。

 彼女がキチンと説明を受けているのであれば、逃げ出したくなるのもわかる。

 むしろ精銀術シルバリーに関して知識もないだろうに、ここまでしっかりと協力していただけでも大したものだろう。


 きっとフェレシーラの教え方が良かったに違いない。

 てかアイツが一枚噛んでいるのなら、まあセレンがやろうとしていることも、そこまでヤバイ内容じゃないだろうしな。 

 というか、そう思いたい。


「ふむ。準備は万端、といったところのようだね。それでは、始めようか」


 バサリと黒衣をはためかせて、セレンがこちらへと向き直ってくる。

 そうして彼女は小さく整った唇をニヤリと歪めてきて――


「陣術の時間だ」


 その宣言と共に、荒れ地に命を吹き込み始めた。



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