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第173話 昼下がりの食い違い

 自由区画フリースペースの片隅にある、芝生の上。

 そこ昼食を終えたところで、その話題は飛び出した。


「とりあえず、この調子だとなんとでもなりそうッスね。安心したッス」


 食後の柔軟運動を行いつつ、ミグが突然そんなことを言い出してきたのだ。


「安心って……なにがだ?」

「そりゃあ討伐依頼の件に決まってるッスよ。フラムくん、受けたんでしょ? 冒険者ギルドで……ええと、なんでしたっけ、あれ、あれッス。最近、街の周りに湧いてでるあの灰色でぐにゃぐにゃしたキモイの」

「影人、だね」


 いまいち要領を得ないミグに変わり、ホムラを寝かしつけたセレンが言葉を継いできた。

 食後、なにやらパトリースに指示を出していた彼女だが、こちらの話に興味をもったようだが……


「え。影人が、灰色でぐにゃぐにゃした、ですか?」

「うむ。今現在、ミストピアの周辺に散発的出没している魔物がその名で呼ばれているよ。もっとも姿形に関しては、目撃者によって差異が大きいがね」 


 マジか。

 冒険者ギルドで簡単な説明は受けていたけど、この話は初耳だ。

 思わず隣にいたフェレシーラに視線を向けると、彼女も話に聞き入っていたらしく、神妙な面持ちで頷きが返されてきた。


 灰色でぐにゃぐにゃの魔物。

 俺とフェレシーラが『隠者の森』で見かけた黒い人型のヤツとは、外見が違うことになる。

 こっちの思い込みで、見た目について依頼にきた男の人に確認してなかったわけだが……


 となると森で出くわしたヤツの近親種か、最悪、同じ名前で呼ばれている別種の魔物という可能性も出てくる。

 ていうか、セレンの口振りだと彼女も口伝で耳にした感じぽい。

 影人について知識があった風のバーゼルの弟子ということもあり、てっきり既知の魔物なのだとばかり思ってのに、当てが外れた状況だ。


「ごめんなさい。こんな基本的なことを確認をし損ねるなんて……」

「いや、お前だけのミスじゃないだろ。俺だってあの場にいたわけだし。それに同じ名前で呼ばれていたら、誰だって勘違いすると思うぞ」


 恐らくは似たようなことを考えていたのだろう。 

 申し訳なさげに告げてきたフェレシーラに、俺はきっぱりと言ってのけた。


「それに森にいた影人だって、姿はどんどん変わっていってただろ。ここに出るヤツだって、見た目に関して個体差があるみたいだしさ。同じように変化するってのなら、そこも特徴が被るし。色だって食性や取り込んだアトマで変わるのかもしれないしさ」


 同種であっても、摂取する食物により体色が変わるなんてのは、よくある話だ。

 それに森にいた影人は既になんらかの手段で――あまり思い出したくない話ではあるが――俺の姿を模倣していた可能性が非常に高い。


 そうなると、あの影人の素体ベースが元々どんな姿形をしているのかは、皆目見当もつかなくなる。

 鳥頭と化した個体がそうであったとは思うが、それも憶測に過ぎないしな。

 あまり決めつけて考えるのも良くないだろう。


「それにさ。元々、影人って名前なだけで放置は出来なかっただろ? なら気にする必要はないって。俺がお前に頼んだ、影人調査の一環扱いになることには変わりないんだしさ」

「それは……いえ、そうね。貴方の言うとおりよ。ちょっと複雑に考えすぎていたみたい。ありがとう、フラム」

「どういたしましてだ……ていうか、ミグ。どうしていきなり、討伐依頼がなんとでもなる……なんて話になったんだ?」


 フェレシーラとのやり取りを終えて、俺はふたたびミグに問いかけた。

 以前出くわした影人との戦いは、最終的に熾烈を極めるものとなっていた。

 その経験からすると、彼の言い様は少々楽観視が過ぎる気もする。


「どうしてって言われても……大体、影人なんて大した相手じゃないッスからねえ。頭か心臓のあたりをツンツンすれば溶けてなくなる程度じゃないッスか。俺っちはフラムくんがウチで訓練するって説明を受けたとき、てっきり戦闘経験の殆どない新米冒険者さんが来たのかと思ってたぐらいッスよ?」

「それは……まあ新米は新米なんだけどさ」

「いやー、ないッス。アレで新米はないない。冗談キツイッス。ねえ、パイセン」

「うむ。貴公が敗れ去るまで、私もそう思っていた。それが二人して頭突きに敗れ去るとはな……しかし次は負けぬぞ。この兜がある限り、我らに敗北はない!」 


 ミグとの会話の途中、話を振られたイアンニが角付きの兜を誇示してきた。

 ちょっと待てい。


 その角は頭突き対策なのか?

 そもそもそんな分厚そうなバケツ相手に、幾ら俺でも頭突きなんてしないぞ?

 あと一々装着しないでいいからな? 

 ていうかアンタら、それを言うために昼飯届けに来ただろ絶対。


 いや、めっちゃ有難いし美味しかったけどさ……!


「――と、思っていたのだがな」


 内心でシャイなツッコミを入れていると、イアンニがバケツを脱ぎ去ってきた。

 木々の合間をすり抜けてきたそよ風に淡い金髪がそよぎ、薄緑色の瞳が露わとなる。

 ほんと、普通にしていればガチの美丈夫イケメンなんだけどな、この人。


「今日の話を聞いて、それが大きな思い違い、驕りであったと理解した。このままでは再戦を申し込んだところで、私に勝ち目はなかろう」

「いや、さすがにそれは……ちょっと俺の過大評価し過ぎですよ、イアンニさん。あの模擬戦だって、ほんと博打続きでギリギリもギリギリだったわけですし。そもそも得意な武器も使っていなかったじゃないですか」

「過大評価などではない。得意な分野で戦いに臨んでいなかったということであれば、それは貴公とて同じであろう」


 ……ん?

 なんだろう、イアンニのこの口振り。

 俺が得意分野で模擬戦に臨んでなかぅたって、まるで――


「まさか、旅人の本業が術士だったとはな」 

「ぶっふぅ!?」

「ちょ、フラムくん! 兜脱いだとこにいきなり吹き出してきて、汚いッスよ!」

「あ、わ、わるぃミグ……じゃなくてさ!」


 イアンニによる突然の暴露に、俺は周囲を見渡した。


 まずはセレン。

 彼女は首を竦めて苦笑している。

 直感的に彼女ではないと思えた。

 なんで笑ってるかはわかんないけど。


 お次はパトリース。

 こちらは首をブンブンと横に振って「私、言ってない!」と主張してきている。

 まあ、信じておこう。


 最後にフェレシーラ……は、確認するまでもない。

 コイツがペラペラと俺の素性を人に話すわけがないもんな。

 あるとすれば、それは確たる理由があってのことだろう。


 ……あれ?

 じゃあ誰がイアンニに、俺が術士だっていったんだ?

 いやまあ、実際には見習いというか志望者止まりなんだけど……


「答えは簡単だよ」

「へ?」 


 戸惑うこちらに声をかけてきたのは、セレンだった。


「初めて使う術具を問題なく操り、見事白羽根殿の攻めを凌いでみせる……そんな真似は術士としての修練を積んだ者にしか不可能だ。まさか、そこに関しても自覚がなかったのかね?」

「……あ」 


 術具を扱うには、アトマ文字の習得が必要不可欠。

 そして以前俺がシュクサ村の村長宅で風呂釜の術具を使用した際の、霊銀盤の内容解析。

 そこからくる術具性能の把握、及び習熟具合。


 それらの速度に、フェレシーラが驚嘆していたことを今更思い出して――


「まあ、次からは無理に素性のすべてを隠そうとしないことだね。流石に色々と無理があるよ、キミは」 


 俺はようやく、黒衣の女史が苦笑いとなっていた理由を察することができたのだった……


 というかフェレシーラさん。

 ここはしおらしく「私もうっかりしてた」って言ってきてくれていいんですよ?



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