「まあ、いまの白羽根殿――いや、フェレシーラ嬢の説明を踏まえて、補足させてもらうが」
芝生の上で俺がフェレシーラの背中を支えているところに、セレンが口を開いてきた。
あれ?
さっきの説明、皆して首を横に振ってなかったか?
ていうか、この話ってそんなに大事なことなのか……?
「大なり小なり、術具を扱うには相応の集中、負担を要する。連続的、もしくは持続的な使用であれば、その負担を維持する必要もある。先ほどまでの手合わせでフラム君が使っていた『探知』の術具は、後者の使用法にあたるね」
「ふむ……それは相当な曲芸ですな。よし!」
セレンの捕捉を受けて、今度はイアンニが立ち上がってきた。
なんであんたはまたバケツ兜姿なんだよ。
しかもミグがつけてたミニバケツまで持ってるし。
「ミグよ、試しに旅人を抱えて白羽根殿と手合わせを申し込むとするか! 旅人がどれほどの負担の中で訓練に臨んでいたのか、証明してみるとしよう!」
「ちょ――なにいってるんスか、パイセン!? それ普通に棒立ちで動けないまま殴打されて死ぬッス! というかなんでさっきの例にあったパトリースからフラムくんにすり替わってるんスか!?」
「なにを
「増えてる増えてる。イアンニ、それ負担増えてるどころじゃないから。ていうか二人とも聞いてよ……訓練の途中から、フラムがさ!」
突如盛り上がり始めた凸凹ンビのやりとりに、パトリースが加わっていく。
どうやら彼女は、俺とフェレシーラの特訓の内容を誰かに話したくて堪らなかったらしい。
「ほへー……それでいまは術具を使って受けに徹していれば、フェレシーラ様にボコられずに済んでいる、ってわけッスか。術具が楽に使えるって便利ッスねえ」
「そうだね。それ自体が強烈なアドバンテージといっても過言ではない。もっとも、いまの使い方ではアトマの消費が嵩みすぎではあるがね。なにせほぼ常時、『探知』を発動させていただろう? フラムくんは」
「へ――あ、はい。たしかにさっきまでは、使いっぱなしでやってましたけど」
ミグからセレン、そして突然こちらへと話を振られて、俺は慌ててフェレシーラとの訓練内容を思い返しにかかっていた。
「いまのところ、『探知』でアトマの流れがどれぐらい把握できるか試したかったんで、そうしてますね。それとフェレシーラは無詠唱の『光弾』がバンバン使えるんで。オフにしちゃうと、そこら辺に対応出来ずに追い込まれるかなってのもありますよ」
「そうねえ。まだ持続使用でないと、限界まで短縮した『鈍足化』も察知出来なかった可能性は高いかもしれないわね。あ、そういえばあの『鈍足化』への対処法だけど……あれ、危なかったわよ」
「危なかったって……あー」
セレンへと向けた回答に、今度はフェレシーラが乗っかってきた。
話があちこちに飛んでる気がしないでもないが、まあ今は一旦特訓内容を振り返るターンってことなのだろう。
延々戦っていれば効果的、ってこともないしな。
むしろこうして、反省点を見つけつつ特訓方法をブラッシュアップしていくのが大事、ってところはある筈だ。
「まあ、あれだろ、さっきのが危なかったのって。本来防御に回すアトマを、ほとんど蹴りに注ぎ込んで術の相殺に持ち込んだからさ。読みが外れたらもろに『鈍足化』の効果を受けてたし……あれが攻撃術ならもっとヤバかった、ってとこだよな?」
「ん。わかってるなら、よろしい。練習も兼ねて試しにやってみたっていうのはわかるけどね。間違っても常套手段にしたらダメよ。詠唱が必要な術法や、起動に時間のかかる術具での切り返しと違って、即座にいける強みがあるのはたしかだけど。リスキーすぎるから」
フェレシーラからの指摘に俺は素直に頷く。
流石というべきか、当然というべきか。
直に稽古をつけてくれているだけあって、そこら辺もよくわかっていらっしゃる。
最近は戦闘についても考え始めたから、ちょっとわかるようになってきたことなのだが……
どうもアトマってものは、術法や術具以外にも使い道があるものらしい。
昨日も診療所でフェレシーラに教えてもらっていたが、自然と身体に纏っているアトマが様々な外敵からの攻撃に身を守ることに繋がるだけでなく。
身体の内から放出したアトマで、そうしたマイナス効果を打ち消す、もしくは軽減することも可能になる、という寸法なのだ。
たぶんだけど、ミグやイアンニのような所謂ところの戦士・前衛系の人たちも、無意識でこれをやっている部分はある筈だ。
なんでわかるかっていうと、実はさっきからちょいちょい右手側の『探知』を発動させて、二人がじゃれ合ってるのを観察した結果として『視えて』いたりするからだ。
ミグがイアンニにちょっかいを出しているときは、相手に向けて微かにアトマが……ミグの場合、緑っぽいオーラがイアンニの(こちらは黄色っぽい)アトマに向けて吹きつけている。
そして逆にイアンニが、ミグに向けて拳骨を落とそうと試みると……
ミグのアトマが一瞬頭部の周辺に立ち昇って、それから回避して事無きを得る、という光景が繰り返されているのだ。
つまり彼は、万が一イアンニの拳骨を受けた際に頭部へのダメージをアトマの守りでの軽減を試みつつ、被弾を避けているということなのだろう。
よくよく観察してみれば、避けの動作に移行した際に一瞬足先でも緑色のオーラが弾けているあたり、もしかしたら守りだけでなく、動作そのものを補強する効果があるのかもしれない。
だとすると……脚の筋肉でもって瞬発力を得ているところを、アトマで増強している、といったところか。
「ちょっと、フラム。貴方さっきから視すぎよ。ちょこちょこ『探知』してるでしょ」
「あ、や……バレてたか。そういやお前にはずっと視えてるんだもんな。術具なんて使わなくても、皆がアトマを使ってるところがさ」
「うん。そういうこと。だから貴方が無理してるときは大体わかってるもの。意識的にやめれば、視ずに済むけどね」
「なるほどなぁ……お見通しってわけか。でもそれって……結構負担があったりするんじゃないか? 術具を使ってるときみたいにさ」
芝生の上に腰を落として問いかけると、それに倣うようにフェレシーラが肩を寄せてきた。
「そうね。先生の話だと小さなころは、無意識にアトマ視を使い続けちゃって熱を出して寝込んだりとかもあったみたい。大きくなってからは慣れてきたみたいで平気だけど。あまり強いアトマを直視し続けていると、ね」
コツン、とフェレシーラが頭をこちらにぶつけてきた。
いてえ。
いや、物理的に痛くはないんだけど。
ちょっとチクッと来たぞ、いまのは。
「わり……それって、俺が必死なときとか結構視てるのキツかった、ってことだよな? ちょっと気が回ってなかった。お前が視れるってのは最初から聞いていたのにさ」
「そこはちゃんと説明していなかった私のせいでもあるもの。いまもいったけど、この眼の力は切ろうとおもえばいつでもオフに出来る能力だし。それに……」
そこまで言って、彼女は不意に声を潜めてきた。
反射的に、体が前に動いていた。
「ピ!」
フェレシーラの腕の中にいたホムラが、一声、甲高く鳴いて飛び立つ。
その勢いと唐突さに、その場にいた者たちの視線が幼いグリフォンへと集中する。
俺とフェレシーラを除く、だが。
「いまは貴方と同じ世界が視えているのだもの。そうわるい気分では……ありません」
「……ん」
背中側からの声と心地よい重みに、俺は同意を示す。
頭上高く舞い上がったホムラへと向けて、バチリと片目を瞑ってみせながら。
「俺も、嬉しいよ」
「ピピィー♪」
今度こそその場にいた皆の注目を受けて、小さな幻獣が一際大きな羽ばたきをみせてきた。
ありがとうな、ホムラ。