それは
合わせて九戦目のフェレシーラとの手合わせを終えた直後、野草の絨毯の上で休憩をとっている最中のことだった。
「ちーッス! ミストピア神殿印の宅配便でーッス!」
「ぬ? 宅配というには家屋が見当たらぬぞ、ミグよ。もしや配送ミスではあるまいな」
うん。
まあ、そうじゃないかと思ってた。
フェレシーラも特訓に関する雑務をこなす人を手配してる、って言ってたしな。
「お疲れ様です。その兜はイアンニさんですね。そっちはミグ……だよな? なんでお前までバケツ……じゃなくて。兜かぶってるんだよ。しかも角付きのやたらゴツイのを」
「おぉ。旅人フラムではないか。では、ここが我らの目的地に相違なし。このような荒れ地が住まいとは、流石は旅人を名乗るだけあるということか」
「ういッス、フラムくん! これ、パイセンの子供時代のおさがりなんスよ! どういうわけか、これで街に見回りにいくとチビッ子たちに大人気なんで! 拝借したッス!」
いやここ街中じゃないだろ……
というか、イアンニさん子供の頃からバケツメンだったとかマジか。
なんてツッコミは、時間の無駄なんでやめておくとして。
両手いっぱいに網籠を抱えてきた二人に向けて、俺は胡坐をかいた体勢で頭をさげていた。
「お疲れ様、二人とも。こちらの特訓への協力を申し出てくれて、ありがとうね」
「うっわ……なんて凸凹ンビがここに来るのよ。アンタら、ハンサ代わりに新人の指導に回るんじゃなかったの?」
「新人の指導なら、まあここで間違っていない気もするがね。なあ、ホムラ君?」
「ピ? ピピ……ピィ♪」
そこに、フェレシーラとパトリースに続き、セレンとホムラまでもが声をあげてくる。
総勢6人と1匹。
この特訓場も、中々の大所帯になってきた感がある。
「皆の指導であれば、カーニン従士長が出向いてくださっている。我らは模擬戦の結果から、ご指導を受けることは叶わなかった……という次第だ」
「ま、それも建前ッスけどね! 事実上のお目付け役ッスから、俺ら二人は!」
そう言って、男二人が四つの網籠を近場の平地へと降ろしてきた。
乾燥させた大きめの木の葉で編まれたそれは、昼食を運ぶための物に間違いないだろう。
木々の合間を駆け抜けてきた夏風に微かに混じる、香ばしい小麦の匂いがそれを証明している。
「お目付け役って……誰のだ?」
くんくんと鼻を鳴らしつつ発したその言葉に、イアンニとミグがこちらに向き直る。
ツインヘルムでシンクロしてこっち向くのやめろよな。
吹くぞ普通に。
子供に人気って、絶対そういう意味だろ。
「誰のって。そんなのフラムくんのに決まってるッスよ」
「うむ。あれだけのアトマ光波を打ってみせたとあってはな。カーニン従士長も放置はできん」
「う……! そ、そういやそうでした……その節は、大変申し訳ございませんでした……!」
胡坐をといての平謝りに、しかし二人は同時に首を横に振ってきた。
だから吹くって真面目に謝ってるのに。
吹き出せる話の内容じゃないけどさ……!
「あれに関しては貴公が気に病む必要はなかろう。責は光波まで持ち出したハンサにある」
「そーそー。流石に副従士長もやりすぎと思ったのか、『責任は全て俺にある』って言い出して、自分がやったってことにしたんスよ。従士長も納得の上ッス」
そういうと、彼らはようやく兜を外してきた。
流れ的にも籠から覗く大量のサンドウィッチの群れからしても、二人も一緒にこのまま昼飯も済ませていくのだろう。
俺はもう一度だけ深く頭をさげて、二人の言葉を受け取った。
そうして顔をあげると、ミグがニカッと笑い、イアンニが涼やかな笑みを見せてきた。
「ま、そういうわけで……皆でメシにするッスよ!」
底抜けに明るい宣言を皮切りに、その場にいた皆が口を開いた網籠へと手を伸ばし始めた。
「なるほど。アトマを視認することで術法の初動を察知出来るとは……」
昼食開始から
物の見事に空となった網籠を片付けながら、イアンニがそんなことを口にしてきた。
「流石は魔幻従士殿の
「いや、それがそうとも言えなくてね。師の腕前を悪しざまに言うつもりないが……欠陥品の部類だよ。あの『探知』の術具はね。それと私のことはセレンでいい」
「欠陥品って……これまたなんでッスか、セレンさん? さっきまでフラムくんが使ってたんスよね?」
「うむ。携帯性を極限まで追求してサイズの縮小を図った反動で、アトマの消費が馬鹿にならないのも欠点ではあるがね」
シンプルな陶製のカップへと縦長の水筒から紅茶を注ぎつつ、セレンがミグの疑問に答える。
「そもそもだ。普通、術具にアトマを流し込み使用するとなれば……かなりの集中、労力を必要とするものだ。特に術法式の構成面でバランス的に無理がある際は、使用者への負担は大きくなる」
「負担が大きくって……具体的にはどれぐらいなんスかね」
「中々に難しい質問だが……まあ、そうだな。ミグ殿がアトマ文字を理解可能だとして仮定して。パトリース嬢を抱えて歩く、程度の負担はあるだろうね」
「なんでそこで私が例えに――って! それってめちゃくちゃ負担が大きくないですか!? フラムって、そんな大変なことしながら白羽根様と戦っていたの!?」
「ピ! ピピ!」
「あ、いや……いきなりこっちに振られても……! ああっと、フェレシーラ、ヘルプ!」
突然、やいのやいのと盛り上がり始めた会話の矛先を向けられて、俺はついつい隣で寛いでいた神殿従士の少女へと助けを求めてしまう。
そんなこちらの慌てぶりがおかしかったのか、彼女は口元に手をあて、苦笑を見せてきた。
「はいはい。それじゃあ皆……一旦静かにして、ちゅうもーく」
スッと差し上げられたフェレシーラの右手へと、全員の注目が集まる。
そういう人を纏めるようなところって、コイツほんと自然にこなすよな。
単独行動ばかりしてたっていうのに見事なもんだ。
「そもそもの話ね。術具ってものは、霊銀盤に刻まれているアトマ文字が読みさえ出来れば使用可能、あとはアトマがあれば大丈夫、って認識されがちだけどね」
そこまでいって、彼女はスルリとその場に立ち上がってみせた。
「使ったことがある人にはわかると思うけど。例えるなら術具の式を実行しているとき、ってこんな感じに近いものなの」
言いながら、今度は白いブーツの踵を軽くあげて片足立ちとなってみせる。
「イメージとしては、片足分の動きを術具側に割いてる感じ。これが術具で大掛かりな術法を使うほど……」
その説明に合わせて、ブーツがじわじわと持ちあがり角度が……って!
「ちょ、おま……ストップ! それ以上、脚あげんな!」
「はーい」
バランス諸々含めて危険な状態となりかけた所にこちらが立ち上がると、フェレシーラはすんなりと動きを止めてきた。
くっそ、コイツいま俺が焦ると思って、わざとやってただろ……!
調子にのって倒れでもしたらどうすんだよっ。
なんてことを思っていたら、周囲から一斉に「んんっ」という咳払いの音が聞こえてきた。
ホムラまで「ピピッ」って合わせて、なにやってんだ皆して。
「まあ、いまので
呆れつつも、俺が純白の胸甲の背面を片手で支えていると――
「ここにいる、彼を除いての話だけどね」
「ピピッ!」
何故だかホムラを抱えた神殿従士の少女が、渾身のドヤ顔でもって話を〆てきた。
いやいや、フェレシーラさんや。
それってお前が自慢するような話じゃないだろ……!
皆も黙りこくって、首横に振ってんだろっ。
自信満々で説明に失敗してんじゃねーか!