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第170話 少年、白蛇を一蹴す

 断続的にこちらに打ち込まれてくる、拳大の『光弾』――


「これって……これって、一体どういうことなんですか……セレン様!」


 それが荒れ地を抉り爆ぜる音の向こうから、驚愕の響きに満ちた声がやってきた。


「どういうこととは、具体的にどういうことかね。パトリース嬢」

「こんなときに、茶化さないでくださいよ……!」


 3mほどの距離を保ちこちらと相対したフェレシーラが、またも『光弾』を放ってくる。

 今度のそれも無詠唱によるものだ。

 威力自体は高くはないが、それでも被弾すれば無傷では済まない。


 緩いカーブを描いて飛来するそれを、俺は余裕をもって躱す。

 休憩を経ての、本日六回戦目。

 放たれてきた『光弾』の数はとっくの昔に二桁に達している。


 これまでは攻めの起点に始まり、戦鎚ウォーハンマーの一撃からの追撃、もしくは強振の隙をフォローするための連撃として……

 フェレシーラの『光弾』はここぞという場面で放たれており、その熟練した運用法の前に俺は幾度となく敗北へと追い込まれていた。


 だがしかし、先ほどから彼女が放ってくる『光弾』はこちらの身体を掠めるどころか、体勢を崩すにも至っていない。


「流石に、十八番だっていうだけはあるよな……!」


 獲物を狙う鷹の如き眼光を前にしても、そんな言葉を吐く余裕すらある。

 先ほどの一発以降、『光弾』による攻撃は止んでいる。


 幾らフェレシーラが優れた神術の使い手であろうと、術法の連続使用による消耗は避けられない。

 ましてやそれが無詠唱によるものであれば、猶更だ。


「こうして視ると、ハンマーのみでの攻めなら捌けない、ってほどでもないか」

「随分と余裕ね」

「ん。ま、お陰様で――うおわっと!?」


 小盾ラウンド・シールドを押し出しての突進攻撃を、俺は慌てて横っ飛びで躱す。

 そうしている間にも、短剣を構えた右手に意識を集中しつつ神殿従士の少女を観察し続ける。


 やはり『光弾』による追撃はない。

 来ない事が、いまの俺にはわかっていた。


「また白羽根様の攻撃をキレイに避けた……さっきまで、全然いいとこナシでボッコボコにされまくってたのに。なんでいきなり、あんなに避けられるようになってるのよ……」


 最早呆れ声と化したパトリースの声も、しっかりと聞き取る余裕すらある。

 ていうかわるかったな、ボッコボコ続きで……! 


 しかし、まあこうも見事に――


「まさか、『右』だけでここまで対応されるだなんてね。ちょっと予想外だったかな……」

「お、奇遇だな。いま俺もそう思ってたとこだ。それと、こうして視るとわかってくることも案外多いな」 

「ふぅん? わかってくることって、なによ」

「えーと、だな。ちょいまち。いま言語化する」


 平静とした面持ちで問うてきたフェレシーラに、俺は待ったをかける。


 白羽根神殿従士、フェレシーラ・シェットフレン。

 その強さ、戦闘力の根幹は一つ一つの行動、攻防全てに渡すレベルの高さであると俺は考えている。


 戦鎚ウォーハンマーによる猛撃。

 小回りの利く小盾ラウンド・シールドを活かした攻防一体の動作。

 十八番である『光弾』を始めとした、様々な神術の行使。

 それを支える鍛え抜かれた肉体と、多大なアトマ。


 それら全てを連携させての、『攻めへの連携』に特化した戦闘スタイル。

 高次元に纏まった万能手オールラウンダーでありながら、飽くまで基本は攻撃主体。


 どれだけ手早く、効率的に敵を撃ち崩せるか。

 いかに消耗を抑えて戦闘を継続可能か。

 結果的に、勝利をもぎ取れるか。


 それはおそらく、長年の単独行動より染みついた代物なのだろうが……


「ま、ソロ前提の動きだよな。いまのお前のやり方ってさ」


 気づけば俺は、彼女のことをそんな風に評価してしまっていた。


「へぇ――」


 どちらかというと独白に近かったそれを、聞き逃さなかったのだろう。

 フェレシーラがその整った眉をピクリとさせて、にこやかな笑みを浮かべてみせてきた。 


「ちょっと様子見してあげたぐらいで、貴方、随分と知った風な口をきくじゃない」 

「あ、いや……いまのはちょっと言い方が――っとぉ!」


 会話の最中、突如フェレシーラの左手が突き出されてきた。

 それを『視て』俺は、右方向にサイドステップを刻みかけたところで、


「……!」


 それまでとは僅かに異なる『揺らぎ』を視認して、意識をアトマの操作へと切り替えた。


「緩慢なる抱擁よ!」


 そこにフェレシーラの一手がやってくる。

 突き出された掌にアトマの輝きが満ちる。


 発動詞のみで撃ち出された『鈍足化』の神術。

 それが、まるで地を這う白蛇のように滑らかに、こちらの足元へと絡みついてくる。


「その手は――」 


 右手側にバランスをもっていきかけたところへの、転倒、もしくは拘束狙うの妙手。


「食うかっ!」


 それに対して、俺は気合一閃。

 迫る白蛇の頭を、アトマを収束させた左足で蹴り弾いていた。


「!」 


 フェレシーラの瞳が驚きに見開かれる。

 当然だろう。

 彼女には己が仕掛けた『鈍足化』の術法がこちらに抵抗……


 否。

 アトマによる抵抗ではなく、こちらの一蹴りで迎撃されたの光景がフェレシーラにも・・『視えて』いたからだ。


「ちょっと。なによそれ。人の術法を蹴り飛ばすだなんて、非常識にも程があるんじゃない?」

「いやいや……お前と違って『防壁』が使えるわけじゃなし、ハンサに光波を打たれた時もこんな感じで打ち消してただろ。あの時は足じゃなくて、手だったけどさ」 


 一旦は構えを解き抗議の声をあげてきたフェレシーラに、俺は指摘の声で応じる。


「お前こそ、いまの『鈍足化』はなんだよ。発動詞のみって、ほとんど無詠唱じゃねーか。危うくまた引っかかるところだったぞ」

「私だって、修行を欠かしているわけじゃないですよーだ。もう、驚かせてやろうと思って練習してたのに……」

「なにブツブツ言ってんだよ。こっちが視えてるのは、お前だってわかってた筈だろ。昨日はこっちも色々と考える時間もあったからな。一通りの対策ぐらい、用意してるって」

「むぅ……可愛くないっ」

「なんだそりゃ。わけわかんねーぞ」


 戦闘中だというのに腰に手をあててプイと横を向いたフェレシーラに、俺は半ば呆れ声で返す。


 そんな無防備な体勢で、短剣投げつけられてきたらどーすんだよ。

 まあ万が一凌がれたら後が怖いし、しないけど。


「本当に、どうなっているんですかアレ……いま、なにかフラムが蹴っ飛ばしていたように見えたんですけど。アレも白羽根様が仕掛けた術ですよね?」

「ああ。そうか。発動の瞬間に無効化されていては、嬢の『眼』では見えなくて当然だね。まあそれがわかるだけでも中々だが……」


 気づけば、ホムラを足元に連れてセレンがこちらにやってきていた。

 その後ろでは、おっかなびっくりといった感でパトリースがついてきている。


「どうかね。右手側の使い勝手は」

「いい感じですよ。サイズのわりに発動も早いし、効果範囲も中距離戦までなら問題なさそうです。肝心の視え方も、フェレシーラが選んでくれただけあって、分かりやすいですし」

「ふむ。どうやら重畳なご様子だね。私としては、アトマを食いすぎるだけの失敗作だったのだが……使い手が現れてくれて、喜ばしいよ」


 セレンと言葉を交わす最中、フェレシーラが一瞬きょとんとした視線を向けてきて、またすぐに拗ねたような表情となった。


「あのー……さっきから、全然話が見えないっていうか、理解がおいついてないんですけど。いまいってた右手側ってなんなんですか。いい加減に教えてくださいよ、セレン様」

「術具さ」


 おずおずと後ろからやってきたパトリースの質問に対して、セレンの返答は簡潔さを極めていた。


「術具って……え? どこにですか? え、あ、右手側って……そういう!?」

「ぎりぎり名答だね。そう、フラム君の希望と白羽根殿の目利きにより選び抜かれた、我が師バーゼル・レプカンティ死蔵の――じゃない、秘蔵の術具が一つ」 


 ばさりと、唐突に黒衣の裾をはためかせて――


「超小型携帯式『探知』術具による術法効果……それにより、彼は疑似的に『アトマ視』を得ていたのだよ」


 魔幻従士セレン・リブルダスタナは、まったく自分とは関係なさそうな分野でのドヤ顔を見せてきたのだった。


 ていうか、どうせなら種明かしはこっちにさせて欲しかったな……!



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