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第169話 『双填』

 頭の天辺からぎらぎらとした日差しが照りつけてくる最中、本日四度目となる戦鎚ウォーハンマーの一撃がこちらの左横腹を殴りつけてきた。


「ああ……またやられちゃったじゃないですか……っ」


 遠くからやってきたパトリースの声を耳にしつつ、俺は声もなく地に膝をつく。

 荒れ地にフェレシーラの詠唱の声が響き渡る。


 これまた本日四度目となる神術の発露。


「かッ……は……っ!」 


 横腹にあたたかな『治癒』の光がやってきて、それようやく俺の肺と喉は正常な機能を取り戻すことが出来ていた。


「ふむ。これで五戦五敗、と。白羽根殿、そろそろ休憩を入れてはどうかね」

「ピ! ピピピッ!」


 貪るように呼吸を繰り返していたところに、セレンの提案がやってきた。

 どうやらホムラは彼女の元で大人しくしているらしい。

 そんなことを考えていると、目の前に見えていたブーツの爪先が視界から消え去った。


「いえ、私であればまだ大丈夫です」

「この炎天下で戦闘だけでなく、負傷の手当てにまでアトマを使い続けては消耗も激しい。それでは指導のレベルも下がる。フラム君は回復さえ受ければ気力の続く限り、といった感ではあるだろうがね」 

「……そうですね。たしかにそれでは元も子もありません。助言、感謝します」


 五戦五敗。

 右腕、左肩、腹のど真ん中。

 そしていま直撃を受けたばかりの、左脇腹。


 一戦目こそ無傷での降伏宣言で終えていたが、その後はそんな余裕すらなく……俺は白昼の日差しを受けて煌めく鉄塊の猛威に屈し続けていた。


「んー……折角調子があがりかけていたところに残念だけど」


 頭上より降り注いでくる少女の声に、言うほど未練の響きはない。

 ただ、彼女がまだまだ本気でないことはよくわかっていた。


 特訓開始から30分にも満たない時間の中で、嫌というほどわからされていた。


「休憩にしましょう、フラム。色々とレクチャーしたい部分も見えてきたし」


 正に余裕綽々。 

 そんな笑みと共に差し伸べてられきたフェレシーラの掌を支えに、俺はなんとか立ち上がることが出来ていた。





「あつつ……まだなんかあちこち痛むぞ。ばっちり『治癒』してもらったってのに、おかしいだろこんなの……」

「なに言ってるの。アトマの守りも含めて人より丈夫な体してるから、その程度で済んでるんじゃない」 


 修練場の自由区画フリースペース

 その片隅に群生した木々の根本で、俺たち四人と一匹は思い思いに休憩をとっていた。


 セレンはホムラと膝を抱えて芝生で寛ぎ、そこに身を隠すようにしてパトリースがこちらの様子を窺っている。


 かくいう俺はといえば、フェレシーラに膝枕をされてダウンしている状態だ。

 特訓開始早々、なかなかに情けない有様だが……

 コイツ、マジで容赦しないんだもんな。


 とにかくこっちが休む間もなく攻めまくってくるもんだから、気を抜く間もないのがほんと厄介極まりない。

 これでまだまだ本気じゃないってんだから、お手上げもいいところだ。


「アトマの守りねえ。そんなモンかな……自分ではよくわかんないけど。そんなにタフなのか? 俺って」

「何度も同じこと、言わせない。そうでなければ初めて組んだときに、いきなり囮役なんて頼まないもの」

「え。あれってそういう要素も加味されてたのか。それならそう言ってくれてもよかったのに」

「言うわけないじゃない、そんなこと。魔物と戦ったこともない子に『お前はタフだから安心して盾になれ』なんて言って万が一調子にでも乗られたら、困るのはこっちだもの」

「う……た、たしかに、ごもっともで……!」 


 呆れた口調となってきたフェレシーラの言葉に、今更ながらに納得してしまう。

 なるほど、影人の調査で俺に囮役を回してきたのには、そういう理由もあったわけだ。


 そしてそれを伝えて来なかったことにも納得がゆく。

 素人に毛が生えたようなヤツが正体不明の魔物に突っ込んでいきでもしたら――


 って、そういや初めて影人に出くわしたとき、普通に突っ込んでたな俺……

 思い返してみれば、相当にやばいヤツだ。

 よくあの時点でフェレシーラに見捨てられなかったもんだ。


 まあ、それはさておき……彼女の指摘通りに、俺が常人よりタフだというのは本当なのだろう。

 そうでなければ、今日はとっくにゲ――もとい、朝食を盛大にリバースしててもおかしくない筈だ。


 正直、あのごっついハンマーで二度も腹打ちをもらっていて奇跡かとも思う。

 しかし、そこはそれ。

 毎度即座に、且つ効果的に飛んでくるフェレシーラの『治癒』のお陰で、俺のお腹が持ちこたえていたことは想像に難くない。

 どこにどれだけダメージが入ったかは、ブン殴った当人が一番理解しているだろうしな……!


「あの、セレン様」 

「ん? なんだね、パトリース嬢。わるいがホムラ君は渡せんぞ?」

「いやいや、そうじゃなくてですね。あの二人、さっきまであれだけバチバチ戦っていたのに……なんかめっちゃナチュラルにイチャついてませんか……?」

「ふむ。羨ましいのかね? あちこちに頭を下げまくって疲れ果てている男なら、我がミストピア神殿にもいるが……気になるなら、夕方にでも顔を出してやれば良いのではないかね」

「な――な、なんで私がハンサなんかを気にしないといけないんですかっ!?」

「はて? 別に誰とまでは口にしていないのだが」

「……!」


 全身の力を抜いて横になっていると、足先の方からそんな会話が聞こえてきた。

 いやいや……

 これのどこがイチャついてるように見えるっていうんだよ。


 こっちは手も足も出ずにボコられて身動き一つしたくないってのに、なにを呑気なこと言ってくれてるんだかな。

 明らかに負傷者とそれを手当てする者の構図だろ。

 羨ましいってのなら、いますぐに変わって欲しいぐらいだ。

 もっともその場合、続く展開からの命の保証はまったく出来ないが。


「ところで……そろそろ感覚は掴めてきそうかしら?」

「ん。まあ、ぼちぼちってヤツかな。少なくともいきなりもらって、おじゃんってことはなさそうだ」


 不意に呼び掛けてきた少女を見上げて、返答を行う。

 降り注ぐ木漏れ日に透明な輝きを覗かせていた亜麻色の髪が、くすりと揺れた。


「そう言えるなら、大したものね。たった五回の手合わせでそんなことを言ってきたのは、貴方ぐらいよ」

「そりゃ光栄なことで。大口叩いただけ、ってオチにはしたくないもんだな」


 そう言いつつこちらが身を起こすと、その輝きがするりと遠ざかっていった。

 ほらみろ、パトリース。

 全然イチャついてなんかいないぞ。


 ひっそりと溜息を吐きながら、俺はその場に立ち上がる。

 フェレシーラはといえば、既に戦鎚ウォーハンマーを手にしてこちらから離れ始めていた。

 ここまでの結果は、彼女からしても想定通りといった感じだろう。


 それを確認して、俺は合皮の手甲の内側へと指を伸ばすと、セレンへと向けて頷きを送ってみせた。


「え……まさか、もう再開するんですか……!? あれだけずっとやられっ放しだったのに……無茶ですよ、こんなやり方……!」

「おや。珍しく意見があったね、パトリース嬢。まあ、例え続いたところでこのままではただの痛めつけ……所謂ところのシゴキに等しいからね。そう言いたくもなるだろう」

「それがわかってるなら、なんでセレン様も止めないんですか! チビ助も、呑気に欠伸してない! あんたのご主人様が、虐められてるのよ!」

「ピ?」

「こらこら、ホムラ君に当たるな。もう少し黙って見てい給え。この特訓が始まる前に私がなんと言っていたのか、もう忘れたのかね」


 やいのやいのと騒ぐパトリースの腕をやんわりと払いのけて、セレンが立ち上がる。 


「忘れたのか、って……」


 茫然とする声を遮り、黒衣がはためく。

 金縁の刺繍が入れられた袖口が、こちらへと向けて振るわれる。

 銀色に輝く棒状のなにかが、くるくると放物線を描き飛来してくる。


「白羽根殿以外、彼と勝負になる者はいない」


 合わせて二つ、俺はそれを右手を素早く翻して受け取った。

 既に左右の手甲に追加されたスリットは解放してある。


「君もそれを、きっとこれから理解することになる」 


 その宣言に合わせるかのようにして、霊銀盤の装填が完了した。



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