やや腰を低くしての前傾姿勢となると、背後から声がやってきた。
「な、なななな……な、何故いきなり、白羽根様がやる気になって構えてるのですか!?」
「ふむ。疑問かね、パトリース嬢」
「ピ!」
パトリースとセレン、そしてホムラの声だ。
「あ、当たり前ですよ! フラムの特訓っていうから見学に来ましたけど……こんなの、相手になるわけがないじゃないですか! しかも練習用の武器ならともかく、あんな物騒なハンマーまで持ち出して!」
「手加減する様子もないようにみえる、と。なるほどな」
「ピピッ!」
スタンスをやや広く取るために、左足を踵から半歩前にスライドさせる。
標的までの――
「新調したんだな。武器も防具も」
「ええ。といっても、胸当ては補修だけどね。他は貴方の戦いを見ていて、ちょっと思うところがあったから」
「なるほどな。盾を構えているところをみるのは、久しぶりだ」
こちらの問いかけに、フェレシーラが答えてくる。
じりじりと削られる間合いに対しては、動じる気配もない。
いつでもかかって来い。
言葉ではなく立ち振舞いで、彼女はそう告げてきていた。
「ま、嬢の言いたいこともわからんではないがね。私はこの選択も一つの正解だと思うよ」
「正解って、なにを呑気な……! 訓練の相手をするっていうのなら、別に白羽根様でなくてもいいじゃないですか! 幾ら神術が使えるからって、万が一だってありえるでしょう!?」
「正論だね。では、物分かりの良いパトリース嬢に私から質問だ」
「し、質問……?」
「ピ……ピィ?」
さて。
さすがに無手ってわけにもいかないか。
あちらは既に武器を構えている。
左肩、ホルダーに収められた短剣の柄へと俺は右手を伸ばす。
フェレシーラ相手に、武器を抜く。
そのことに対して、心の何処かで抵抗を感じないわけではなかった。
「仮にだよ。仮に白羽根殿以外で、フラム君を鍛えてやるとしたら。全うすべき職務を投げ出しても良いとして、他者は適任者はいるのかね」
「そ、それは……それは、ハンサとかでいいじゃないですか! それとイアンニやミグでも! ハンサとはいい勝負としたらしいって皆も噂してたし、イアンニたちとも接戦だったんでしょ!?」
随分と口調の崩れてきたパトリースの声を背に、俺は覚悟を決める。
残る距離は4mといったところ。
間合いとしては、やや遠い。
ただしそれは、接近戦のみにおいての話だが。
「ふむ。それが君の答えか。なるほど、悪くはない。しかし……おそらく勝てないね。いま名前を挙げた三名では。鍛錬にならない、とまでは言わないが」
「へ……? か、勝てないって、だれが、だれに……?」
「フラム君に、我がミストピア神殿が誇る三従士だよ」
セレンの言葉に、パトリースが絶句する気配が続く。
その会話から、俺は昨日の取り決めを思い出す。
フェレシーラ側は、頭部などの一撃で致命打となりえる部位は狙わない。
攻撃するのは、飽くまで他の部位に限定する。
負傷の度合いが大きい場合は一時特訓を中断して、神術での回復を行う。
疲労具合をみて休憩適宜挿入していき、そのタイミングで改善点を探っていく。
『それ以外は、もてる手段は総動員させてって形で。私は加減とレクチャーをしつつ、貴方は本気で挑んで来る……って感じで、どうかしら?』
『レクチャーの仕方は、手合わせした結果をみつつ決めていく、ってことか。オーケー、それでお願いだ』
フェレシーラとの、特訓に関する話し合いを経ての取り決め。
それは昨日、俺が彼女に用意してもらった食事を摂っている間に話し合っていたことだった。
昨夜、就寝前にも想像していた彼女との戦い。
白羽根神殿従士フェレシーラ・シェットフレンとの攻防は、既に頭の中で組み立ててある。
内で燻る熱を鎮めるようにしてゆっくりと息を吐き漏らすと、フェレシーラが溜息をついてきた。
「どうしたの? そっちがかかって来ないっていうのなら……」
彼女の構えは変わらない。
盾を前に、得物は下げて隠したまま。
その姿に俺は思い出す。否が応でも思い出してしまう。
フェレシーラと初めて出会ったときのことを……
「それなら――
宣言と共に、フェレシーラがこちらに向けて突進を開始する。
無意識のうちに、短剣の柄を握っていた右手に力が篭る。
奇襲を警戒しすぎたことで、別の形で先手を打たれた。
即座にプランを変更する。
短剣による投擲攻撃。
狙うは突進に対するカウンター。
迷っている時間は皆無に等しい。
俺の知る限りフェレシーラは『防壁』の神術を無詠唱では発動できない。
出来たとしても、そこに隙が生じる。
投じれば、ほぼ確実にヒットする。それが例え彼女が構えた盾であれ構わない。
そしてそこから繰り出される
まずはそれを食い止める。
あちらにペースを持っていかれては、勝負にならない。
こちらからのフェレシーラに対する急所狙いは有りとなっている。
頭部を狙い、盾でガードさせる。
そこから視界を制限した後に、死角を取り懐に飛び込んでの格闘戦へと持ち込む。
密接してしまいさえすれば、こちらに分がある。
『たださ……』
狙い澄ましての投擲攻撃――それに及びかけた瞬間、俺の脳裏を掠めたのは昨晩のやり取りの、その続きだった。
『特訓期間中、ずっとお前と
『あら。なにを言うかと思えばそんな心配?』
腕組みをしての不敵な笑み。
それを思い出したところで
「くっ!」
知らずのうちに口から呻き声が漏れて、同時に俺は短剣を抜き払う。
蒼い刀身が眼前で光を両断する。
「きゃあっ!?」
「おいおい……勘弁してくれ給えよ。二人同時に面倒をみるのは骨なのだがね」
「ピーッ!」
背後で悲鳴と苦情の声、そして僅かに遅れて蒼鉄の短剣に両断された『光弾』の着弾音とがあがる。
「そっか……そういや『
「うん。まあ、そういうことね。私の
先手を取られたばかりか、カウンターの好機すらフェイクであったことを理解して横へと逃れようとと試みるも、追い縋ってきたのは満面の笑顔。
「前に貴方のピンチに見せてあげてたのに……忘れちゃっていたみたいで、私、悲しいわ」
「お前なぁ……ぐっ!?」
溜息に合わせて振るわれてきた
合皮のベストに打たれた留め金の鋲が、火花を撒き散らしてはじけ飛ぶ。
共に新品同士のぶつかり合い。
当然というべきか、それはこちらの惨敗で終わっていた。
「こんの……俺だって、折角のおニューの装備が壊されて悲しいぞ!?」
「あら、それはごめんあそばせ。でもそれ……私が買ってあげたわけじゃなもーん。ただのオマケだしぃ」
「んな……てめ、おっさんの好意の品だぞ――って、ぐ、ふっ!?」
気が付けば俺はいつの間にやら、白き槌撃に追い立てられてしまい――
「ほーら、だから言ったでしょ? この私と正面切ってやりあえるようなら……大抵の多数戦なんてどうとでもなる、って」
にんまりとした笑みを浮かべた神殿従士の少女に馬乗りの態勢に持ち込まれて、口をへの字に曲げていたのだった。
「ピピーィ♪」
いやホムラ、ここは喜ぶところじゃないだろ、お前!
フェレシーラもフェレシーラで、ドヤ顔で跨がるのはフレンの上だけにしてくれよな……!