「あの、セレンさん。なにまた笑ってるんですか」
「い、いや気にするな。気にしないでくれ。それよりも、白羽根殿がお待ちかねだ。ホムラ君はこちらでデータ収――もとい、面倒をみておこう」
背の高い広葉樹を日傘代わりに、セレンがそんなことを言い出してきた。
こちらが特訓に臨んでいる間、ホムラの世話をしてくれる。
実にありがたい申し出だ。
というか、ぶっちゃけ彼女にはそれを期待して同席を頼んだ部分がある。
まだ信用しきれるとは言いがたい部分はあるにせよ……
俺の知る限りのホムラの預け先としては、魔幻従士であるセレンは非常に頼りになると思えたからだ。
「助かります、セレンさん。ホムラ、しばらくあの人と一緒にいるんだぞ?」
「ピ!」
短めの羽に覆われた喉下の部分をくすぐりつつ声をかけると、ホムラが元気いっぱいの鳴きと共に俺の肩から飛び立ち、セレンの足元へと舞い降りた。
なかなかにスムーズな動きだ。
ちょっと前までは、一生懸命に翼をバサバサさせないと飛べなかったのになぁ。
子供の成長は早いとは言うけど、なんかちょっと感慨深いものがあるぞ。
「ま、しっかりやり給え。面白いものが見れたら推薦状の一つも用意してやろう」
「推薦状? なんのですか?」
「なんの、といわれてもね。幻獣保持許可証の発行推薦状に決まっているだろう。もっとも、推すにしても白羽根殿をという形にはなるがね」
「え、マジですか。思いつきでからかってるわけじゃないですよね? ていうか、そんなことで推薦状って出せるんですか」
「答えは『いいえ』と『はい』だよ。そんなことよりも、レディーを待たせるのは関心しないな」
「……了解です」
セレンの真意を測りかねつつも、一礼してその場を後にする。
足元には生え茂る無数の草花。
それに足を滑らせぬようにして踏み進み、俺は荒れ地の聖女と向かい合った。
「セレン様に同席を頼んだのですね」
「ん。今朝お願いしてみたら、二つ返事で引き受けてもらえたよ。あ、もしかして職務とかの関係で不味かったか?」
「いえ。診療所等の医療関係で神殿側の人員が不足した際は、教会側からの補充が行われるのが常ですので。問題はないかと思います」
それよりも、と付け加えてからフェレシーラが質問を行ってきた。
「もう一人、あまり見かけない方が先ほどからこちらの様子を窺っているようですが。心当たりはおありでしょうか」
「あー、パトリースか。うん、それも俺が頼んだ。昨日、診療所で起きたときに少し話してたからさ。特訓期間中の、ちょっとしたお手伝いさんとしてお願いしてみた」
「なるほど。たしかにここだと補給も受けにくいですからね。こちらでも一応手配はしていましたが、その方にも加わってもらいましょう」
う……!
しまった、もうフェレシーラの方からも手伝いを頼んでたか。
そうりゃそうか。
彼女のいうとおりに、この
水分を補給したり、昼食をとったりするだけでも物資を届けてもらう必要がある。
無論、歩いて食事に行くなどはありえない。
こちらにはただでさえ時間が残されていないのだ。
可能な限りのサポートを得て、特訓に集中する。
そうした準備をフェレシーラが行ってくるのは、当然といえば当然だろう。
「理由があるのですよね?」
「あー……はい。そうです。彼女、ちょっと自分の希望に反して教会所属にされちゃいそう、ってことでさ。どうしても神殿に残りたいっていうから、いい勉強になるんじゃないかって思って。それで特訓期間中、可能な限りこっちの手伝いに回ってもらえないか頼んでみた」
「配属絡みですか? それはまた……しかし、パトリースですか」
こちらの説明を聞き終えると、フェレシーラが小さく眉の根を寄せてきた。
呆れたような、困ったような、微妙な表情だ。
これはもしかしたら、本格的にやらかしたかもしんないな、俺……!
「そういうことであれば、仕方ないですね」
「……って、へ? よ、よかったのか? 勝手なこと頼んで、不味かったとかなかったのか……?」
「パトリース・マグナ・スルス」
予想外の許諾の返答に戸惑っていると、彼女の口からパトリースのフルネームが飛び出てきた。
「思い出しました。たしか、このミストピア領主エキュム・スルス伯爵の七女でしたね。公都アレイザに構えられた伯爵邸に押し込められていると聞いていましたが……まさか神殿従士になられたとは、驚きです」
「ああ、それで難しい顔してたのか。てか、詳しいんだな。正確には神殿従士見習いってことらしいけど」
「ちょっと有名な方ですから。名前だけは、友人から聞き及んでいます。話した感じでは、中々大変だったのでは?」
「あー……うん。たしかに、ちょっとな」
指摘を認めて頷きを返すと、フェレシーラが「やはり、噂どおりの方のようですね」と呟いてきた。
噂通りって、なんかちょっと不穏だな。
印象としては「貴族のわがまま娘」って感じはあったけど……
もしかして、結構な問題児だったりするんだろうか。
そうだとすると、俺のやったことは完全な安請け合いってヤツだったのかもしれない。
いやまあ、問題がある子だと決まったわけじゃないけど。
ちょっと怖くて、踏み込んだことまでは聞けない。
「まあ、七女とはいえ仮にも一領主の子女が神殿従士を目指すというのですから。学びの場とするには、今回の件はそう悪くないと思いますよ。勿論、彼女自身の頑張り次第ですが」
「わるい……そう言ってもらえると助かります……!」
おそらくはこちらの焦りぶりが顔に出てしまっていたのだろう。
フェレシーラが発してきたフォローの言葉に、俺はありがたく便乗させてもらっていた。
「では、そういうことで――パトリース。今日から四日間、こちらの指示に従いサポートに回られてください」
「あ――は、はいっ!」
荒れ地の上よりくるりと振り向いてなされた呼びかけに、近くにあった岩場の向こうから裏声気味の声が返されてきた。
目の粗い、大小無数の岩石の群れ。
その中でも一際大きな、2mほどの岩塊の影より、白衣に身を包んだ小柄な少女が姿を現してきた。
その装いと淡褐色のセミロング、そして黒い瞳には見覚えがある。
パトリースだ。
「わ、わたし……じゃない。じ、自分は、見習い神殿従士パトリース・マグナ・スルスであります! 本日は、ハンサ・ランクーガー副従士長から許可をいただき――」
「いいですよ、そう畏まらず楽にされて。私は貴方の上官ではありませんので」
「そ、そうは言われてましても……!」
ガチガチの敬礼をとってきたパトリースをみて、フェレシーラが軽く溜息をついてきた。
あれ、この感じって……
「変に緊張されても困る、って言ってるの。わかったらセレン様のところで待機していて。用があれば声をかけるから。それまでは見学に徹しておくこと。いい? わかったら、返事」
「へ……? あ――は、はい! 了解、しました……っ」
腰に片手を当ててのズバズバとした物言いに、パトリースが一瞬混乱しかけながらもそれに従う。
それを見届けるでもなく、彼女は
「よ、遅かったな」
「なによそれ。おかしいでしょ?」
片手を軽くあげての挨拶には、呆れた風な忍び笑いが返されてきて、
「それじゃあ、始めましょうか。今日から四日間。死に物狂いでついてきてね」
純白の胸甲を覆い隠すように持ち上がってきた