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第165話 孤独ならざる翼

「今日を入れて四日間、か」


 神殿内の各所に枝葉を伸ばす、白亜の回廊。

 手を軽く握りつつ身に付けた防具の感触を確かめながら、俺はそこを一人歩いていた。


「お、注文通りに加工してもらえてるな。これならすぐにでも試せるか」


 合皮製の手甲に仕込まれた新たな空間。

 不定術法式用の霊銀盤の、その隣に設けられたスリットを確認して呟く。


 金具式のボタン留めを試しに付け外ししてみると、パチパチという小気味の良い感触が指先へと返されてきた。

 右手を走竜の肩当に伸ばし、その左肩に取り付けられたホルダーより短剣を抜き放つ。

 まだ朝靄に満ちていた回廊の空気を、シュカッというこれまた小気味良い音が切り裂いた。


 既に何度か試してはいたが、鞘ごとホルダーから抜けることもない。

 再び蒼鉄の刀身を肩当に収めて、俺は歩みを再開した。


 向かうは訓練区域に配された試合場――ではなく、その片隅にある自由区画フリースペース

 整地済であるが、外れた場所にあるので放置気味となっている場所とのことだ。


 模擬戦でも利用した、試合場が使えればベストとのことだったが……

 そちらは俺がアトマ光波で屋根に大穴をブチ開けてからずっと、補修作業の真っ最中だった。


 朝一番で診療所を抜け出して謝罪に出向いたところ、作業の指揮を執っていた聖伐教団のお偉いさんぽい人たちは口を揃えてこう言ってきた。


 「素人同然の若者にこんな真似を仕出かす副従士長が悪い。白羽根殿の監督不行き届きでもある。君に非はない」


 カーニン従士長からの説明により、やらかしの張本人が俺であることを知らされていなかった彼らは皆優しく、ぶっちゃけ死ぬほど居心地が悪かった。


 しかしそれも、責を被ったハンサとフェレシーラと比べればなんの罰にもなりはしない。

 出来ればハンサにも会って謝っておきたかったが、模擬戦に関する事後処理に追われているとの話でそれは叶わず終いだった。 


「まさか聞けず終いのままで特訓開始とはなぁ……」


 次に思い出したのは、当然ながらフェレシーラに関してのこと。

 昨日は結局あれから彼女が診療所に姿を見せることはなく、どこからともなく舞い戻ってきたセレンの口より今日の日程を聞かされてから、就寝に至っていた。


「ま、訓練の合間にでも聞いてみればいいか。今日どっちの・・・・アイツが出てくるのかは気になるところだけど」


 パトリース、セレンとの出会いに続き、フェレシーラとの話し合いを経て、いよいよ今日からは特訓が開始となる。


 なんだか妙にこの神殿に来てから間が空いた感じがするが……

 そこは模擬戦で二度もぶっ倒れた影響なのだろう。


「そういや子供ガキの頃は、ちょくちょく倒れて記憶が飛んでたもんなぁ。そう考えるとこれでも随分マシになった方か」


 魔術士になる為の訓練の、無理が祟ってだったのだろうか。

『隠者の塔』で気を失い、目を覚ませば師匠の――マルゼスさんの泣きそうな顔が視界に飛び込んできていた、というのが毎度お決まりのパターンだった気がする。


「結局、この癖は抜けなかったな」


 日を追うごとに薄れ始めてゆく記憶に寂しさを覚えつつも、俺は自身の悪癖について言及していた。


 昔からの独り言の多さ。

 自分ではそれを「言葉にすると考えが纏まるから」なんて言い訳をしていたが……いまとなっては根っこの理由が別にあることはわかっていた。


 幼い頃は、マルゼスさんも塔を留守にすることが多かった。

 古代樹の洞に構えられた住まいは、幼子のみで時を過ごすには少々広くすぎたのだろう。


 俺が度々独り言を口にしていたのは、寂しさを紛らわすための手段の一つに過ぎなかったと……いまは理解している。


「――って。幾らなんでも朝からしんみりしすぎだろ、俺」


 なんて自分自身にツッコミを入れてみるも、どうにも気持ちが晴れない。

 これからフェレシーラとの特訓に臨むというのに、我ながら気合が足りていない。

 とはいえ、焦っても仕方がないこともわかってはいる。


 残り四日間。

 期間としては非常に短い。 

 普通に体を動かし訓練にあてたところで、大した成果は望めないであろうことは明白だ。


 だが、これは特訓――『特別訓練』なのだ。

 限られた時間を最大限に活用し、可能な限り最大限の能力向上、技術の獲得、鍛錬を目指す。


 日々積み重ねてきたものを成果として発露させる、という意味では実戦に近い意味合いを持ち、また、そこで力を遺憾なく発揮するためのものでもある。


 フェレシーラが初日に俺の基礎能力のテストから取り掛かっていたのも、そうした特訓の内容を詰めていき、ベストな課題を導きだすことこそが目的だったのだ。


「まあ、ちょっとばかり熱が入り過ぎた感は否めないけどな。俺もアイツも」


 ミグ、イアンニ、ハンサと続いた神殿従士との三連戦。

 気づけば俺もフェレシーラも、何故だか本気で彼らとの戦いに没頭してしまっていた。


 始めは負けて当然、異なるタイプの近接戦の巧者からデータが取れれば十分……といった腹積もりで挑んだ戦いだったというのに、である。


 しかしまあそれも、そう悲観しすぎることもない。

 調子に乗り過ぎた感はあるが、それでも三人の神殿従士を相手に想定していた以上の結果を残せたのだ。

 そこから得た経験は大きく、今度の実戦においても必ず活きてくると断言できる。


 アトマ光波を含めた新たな技の体得も、かなりの収穫といえるだろう。

 元々アトマの持ち腐れ、みたいなところがあった俺には、現状打ってつけの使い道とも言える。

 一応魔術士を目指している身としては、言っててちょっと悲しくなるけどな!


 まあ、そこに関しても考えはあるにはある。

 伊達に半日以上寝台に転がっていたわけじゃないからな。

 ここは一つ、今日の特訓で早速――


「ピイィッ――!」


 あれこれと思考を巡らせていたところに、甲高な鳴き声が周囲に響き渡る。


「お……!」


 それはこちらが回廊を抜けて、修練場へと続く目の粗い芝生の上へと踏み出した瞬間のこと、


「来たな……ホムラ!」


正面に見えていた石壁のその直上で、誇らしげに翼を広げた小さな幻獣が姿を現してきたのだった。



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