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第163話 『疑問の目』

 背筋がゾワゾワとする感覚を覚えながらも、俺は叫んでいた。


「え……もしかしてあの川の中に、魔蟲種のお仲間がいたってことなのか!?」

「ですね。それもあってます。中々賢いですね、フラムくん。先生として鼻が高いです」 


 まさかまさかの嬉しくもない正解。

 それを耳にして、フェレシーラが満足げに微笑む。


「誰がフラムくんだよ――って、そうじゃなくてなぁ!」 


 そんな彼女へと向けて、俺は声を大にして叫んでいた。


「そんな危険なヤツが川にいたんなら、教えてくれたっていいだろ! 命に関わる相手なんだろ!?」


 ここミストピアに立ち寄る直前のこと、なだらかな渓流の岸辺でのひと時。

 旅の脚となってくれたフレンを労い、河原の小虫をついばむホムラを眺めてくつろいでいたあのとき……


 俺は靴を脱ぎ、川の中へと素足を突っ込み涼んでいたのだ。

 そんな場所に魔物が潜んでいたとも露知らず、呑気にも――ていうかだ!


「お前、なんでそんなところで水浴びしにいってんだよ! なにかあったら、危ないだろっ」

「それは当然、平気だからですよ」


 続くこちらの叫びにも、フェレシーラは平静そのもの、といった口振りで返してきた。 


「先ほど説明したではないですか。幼子はアトマを殆どもたない。だから魔蟲のような小さな魔物ですら危険なのです。重篤な病、感染症などにかかりかねませんから。でも……」


 これまでの話……『魂源論アーマトロジー』に根差した話を繋げる形で、法衣の少女の言葉が続いてゆく。


「私たちほどのアトマがなくとも、しっかりと心身共に成長した人間であれば。小さな虫型の魔物程度に噛まれたり刺されたとしても、大事にはなりません。もちろん、腫れたり被れたりぐらいはありますが……肉体、アトマの両面で子供とは比較にならないほどの頑健さを獲得していますからね」

「それは……なるほど、だけどさ」


 その説明に、俺は寝台の上から乗り出しかけて体をひっこめて、言葉を詰まらせた。

 言われてみれば納得のいく、簡単な話だった。


 体が成長するように、アトマもまた月日を重ねるごとに成長してゆく。

 そこに鍛錬を重ねることで、更に頑健、鋭敏なものとする。

 そうして培ったものが、外敵から身を守ることに繋がる。


 5歳前後からアトマの総量が伸び始めるという話は、体の中にある臓器――所説あるが、おそらくは脳や心臓といった器官が、アトマの過多に強く影響を与えているためなのだろう。


 もしかしたら、肉体の成長に連動しているわけではなく、逆にアトマの成長に引き摺られる形で、肉体が活性化している可能性もあるのだろうが……


 いや、いまはそんな話は置いておこう。

 いま大事なのはもっと別の部分、この話で最初に抱いていた疑問についてだ。


 一度はのぼせかけた気持ちと頭を落ち着けて、俺は再度、目の前の少女に問いかけることにした。


「小さな子はアトマが少ないから、小さな魔物相手でも危険。逆に大人はアトマも増えているから、それなりに安全。アトマの過多が、生き物の生命力、物の頑丈さに密接に絡んでいるっていう話は、よくわかったよ」


 俺としては「アトマで攻撃された際は、気合を入れてアトマを集めて対抗」という――例えば腹を殴られるなら、腹筋に力を入れて耐える――程度の認識しかなかったわけだけど。


「でもそれで……一体なんで、単眼巨人サイクロプスにも通用するだなんて馬鹿げた強度で撃つ必要があったんだ? あの『鈍足化』の神術を」


 そう。

 結局はそれだ。

 そこだった。


 フェレシーラと森の中で初めて出会い、命の危険を感じて一目散に逃げだした俺に、何故そんなにも過剰な術法強度で『鈍足化』を放つ必要があったのか。


 これがわからなかった。 


「別に馬鹿げてなどいませんから」


 しかしフェレシーラは、首を捻る俺に対して「さも当然」とばかりに告げてきた。


「馬鹿げてないって……え?」

「え? じゃありませんよ。というかこの流れも前にやりましたね。あの時はいい加減に猫をかぶるな、などと口にしてしまいましたが……本当に自覚がないのですね」


 こちらがいつまでも要領を得ないことに、呆れてしまったのだろうか。

 微かな溜息と共に、神殿従士の少女が言ってきた。


 猫をかぶるな。

 そのフレーズには聞き覚えがあった。

 たしか、シュクサ村で風呂釜の術具を使ったときのことだ。


「何度でも言いますね。馬鹿げてなどいません。それだけ術法強度を引き上げなければ、貴方は私の『鈍足化』を無効化すると判断した上で、そうしたまでのことです。それだけ人並外れているんですよ、フラムのアトマの力強さは」


 俺のアトマが人並外れている。

 その言葉に、今度は別の場面を思い出す。


 力強い、燃えるようなアトマの光に驚かされたと。

 マルゼスさんのアトマに、生き写しのようにそっくりだと。


 それ程のアトマに溢れていると、彼女に言われたときのことを……俺は思い出していた。 


「私には、万物が秘めるアトマの輝きが視えます。小さな頃は、視えすぎていらぬトラブルを引き起こすこともありましたが……いまはある程度意識的に視え具合をコントロールすることが出来ます。あまりに長く多くの光を視ていると、体調を崩してしまうこともあるので」

「え……なんだそれ、初耳だぞ」


 その言葉を思い返していると、不意にフェレシーラが自身に関することを口にしてきた。


「無用な心配をおかけしてしまうので、黙っていただけから。気になされないでください」

「気にするなって言われてもな……あ!? いまの話だと、もしかしてお前――」


 アトマを見続けていると、具合が悪くなる。 

 だとすると、それって……!


「もしかしてお前、俺のことずっとみていると具合が悪くなったりするんじゃないか!?」

「それは……大丈夫です。申し上げたとおりに、大きくなってからは加減が出来るようになったので。大丈夫ですよ」


 自分でも気づかないうちに、フェレシーラに無理をさせていたのかもしれない。

 そのことに気づき焦りの声をあげると、やわらかな笑みとゆったりとした口調での返事がやってきた。


 見る者の気持ちを落ち着かせる、温かな声音と表情だが……

 それが俺には、こちらを気遣ってのものに思えて仕方がなかった。


「本当なんだな? 嘘ついたらおこるぞ。胸当ての付け外しも、もう手伝ってやらないぞ?」

「はい。貴方を……フラムを見ていてつらいなどということは、絶対にないです。誓って、ありません」

「そっか。そういうことなら信じるよ。ありがとう、フェレシーラ」


 変らず穏やかに、しかしはっきりと断言を行ってきた少女に向けて……俺はようやく安堵の息を溢していた。


「はぁ、驚いた……てかいま、なんの話してたっけ。衝撃が大きすぎて度忘れしちゃったぞ」

「貴方のアトマがはっきりと視えていたので、私も全力で術法を仕掛けていた、という話ですね。思ったより話が長くなってしまい、申し訳ありませんでした」

「ああ、そっか。そうだったな……別に、謝らなくてもいいっていうか、俺も色々とためになったからそこはいいとしてさ」


 どうやら、こちらの心配は杞憂というヤツだったらしい。

 一連のやり取りを経て謝罪を行ってきたフェレシーラに、俺は言葉を区切り、指で頬を掻き、


「お前のその……アトマ視ってヤツ。訓練次第で、俺にも使えるようになれるのかな」 


 ふと湧いて出たそんな疑問を、彼女に向けて投げかけたいた。



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